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スペシャル 2016年9月12日放送

“世界遺産”スペシャル 世界に誇る、日本の魂 日本料理人・奥田透/和紙職人・鈴木豊美/文楽人形遣い・桐竹勘十郎



守るために、攻める

2013年に無形文化遺産に登録された「和食」。世界的に高まる和食ブームとは裏腹に、家庭では作る機会が減るなど、和食離れが進んでいる。「このままでは、10年後に和食はなくなるかもしれない」と危機感を抱くのが、日本料理人の奥田透(47)。奥田は30年間、食材が持つ旬や素材の力を最大限に引き出す和食の神髄を突き詰めてきたスゴ腕だ。その奥田が和食の未来のためにと、3年前にフランスに乗り込んだ。「食の都・パリで和食が認められれば、もう一度日本でも和食が復権するはずだ」。パリのど真ん中に店を作り、現地で採れた魚や野菜など限られた食材を使い、王道の和食を再現した。しかしその一方で奥田は、日本の店で7年連続で獲得してきたミシュランの3つ星を、2つ星に落とした。それでも未来のためにと、フランスでの挑戦をやめることはない。
そんな奥田に千載一遇のチャンスが舞い込んだ。「フランス料理の革命児」と称される3つ星シェフ、パスカル・バルボが店にやって来る。奥田が勝負の品と決めたのが、チュルボというヒラメの一種。これを日本の伝統技術「活け締め」を使い、鮮度を保ちながら身の熟成を進め、刺身や塩焼きであえてシンプルに提供する。和食を守るためにこそ、攻める。それが奥田の“世界遺産”を守るための流儀。
「(和食が)嫌いなわけではないと思うんですよ。ただ日本人の意識として、なんかあんまり大事にも思っていないんじゃないかなと。だから、問題提起していかないと、気がつかないうちに(和食は)なくなって終わっちゃうものになっちゃうのかなと。どんなに欧米化が進んでも、残さなきゃならない文化は十分あるんじゃないかなと。そこにちゃんとした価値と値打ちをつけるには、やっぱり海外に進出してきちんとしたものを出して、評価されることが一番の近道になるんじゃないかなと」。

写真「王道こそ最上」 素材の持つ力を徹底的に引き出す奥田
写真フレンチの革命児、パスカル・バルボとの一騎討ち
写真「究極」と称される奥田のアユの塩焼き


未来への、歯車に徹する

2014年に無形文化遺産に登録された「和紙」。その中でも、美しく、薄くて丈夫だとされるのが、岐阜県美濃市ですかれる「本美濃紙」だ。通常、和紙は縦方向にすかれることが多いが、美濃では横方向も重視してすかれるため、長い繊維が良く絡み、丈夫な和紙になる。1300年前に正倉院に納められた和紙が、今もきれいに残っているほどだ。
その中でも、極薄で美しい和紙をすくのが、鈴木豊美(63)だ。その和紙は、スミソニアン博物館など海外で文化財の修復に使われるほど評価が高い。
鈴木の元に、今回特別な依頼が舞い込んだ。重要文化財の掛け軸の修復に使うための巨大和紙をすいてほしいという。通常の2倍ほどの大きさの和紙は、この地方でも過去にすかれていたが、今はその技術は途絶えている。伝統の復活をかけ、和紙職人である夫と二人三脚で挑むことになった。 未来に技術を残すために、歯車に徹する。それが鈴木の流儀。
「過去にはすいていたので、それを中間の自分がすいて、また若い人たちにも残していかなきゃいけない。変哲もない白い紙ですけど、すいてみたっていう実感が湧いて(次の世代の人と)話ができるのが、ちょっと楽しみかな」。

写真1300年の伝統を受け継ぐ、鈴木の技
写真最大のポイントは、「水を気持ち良く動かす」こと
写真途絶えていた巨大和紙の技術の復活に、夫と共に挑む


「遺産」とは、言わせない

2008年に無形文化遺産に登録された、人形浄瑠璃文楽。太夫の語りと三味線の音に合わせ、人形を操っていく芝居だ。しかもその人形は、三人一組で操られ、世界でも類をみない形式だ。足を操る「足遣い」、左手だけを操る「左遣い」、右手と頭を操る「主遣い」、それぞれが呼吸を合わせひとつの人形を操っていく。
人形遣いで「今最も華がある」と称されるのが、三世・桐竹勘十郎。息づかいや微妙な間接の動きまでディテールに徹底的にこだわる表現は、生身の人間以上に感情を訴えかけてくるという。高度な技術が必要とされる人形遣いは、「足遣い10年、左遣い15年」と言われ、技術の伝承は困難を極める。それでも勘十郎は、技術だけではなく、その人形が持つ「性根」と呼ばれる役の生きざまを考え抜き、常に新しい表現を模索し続けている。
「『遺産』っていうと動いていないもの、活動していないもの、死んでしまったものみたいなイメージもちょっとあるんですよね。ずっと一度も絶えたことがない、文楽はね。300年以上ずっと続いてるもので。ずっと変わらないやなしに、ちょっとずつ進化をしながらいまだに生きている芸能。これからも進化を少しずつながら、進化をしながら生き続けると僕は信じてますので。一日一日、一舞台にかけるみんなの気持ちと、文楽を愛する気持ちが強ければ僕はなんとかできると思いますけども。それでも普通にやっていただけでは、あきませんわ」。

写真50年間、毎日伝統の技を突き詰めてきた
写真「文楽を進化させる」。 本番直前まで台本を読み込む
写真「『遺産』とは言わせない」。弟子とともにもがき続ける


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

「その仕事で最高を目指す高い志、自分の仕事を愛し、真剣に向き合う姿勢、それを毎日毎日維持していく強い精神力、プロフェッショナルとはそういうものを持っている人のことを言うんじゃないすかね」。(日本料理人 奥田透)「いつまでも一年生という気持ちを持ちながら、ありがとうっていう感謝の気持ちをもちながら仕事をしている人だと思います」。(和紙職人 鈴木豊美)「どんな状況でもふだんどおりのことができる人ですかね。やる時は最高の自信をもってやる。しかし、それをすぐに疑問に思える人。満足しないってことですかね」。(人形遣い 桐竹勘十郎)

日本料理人・奥田透/和紙職人・鈴木豊美/文楽人形遣い・桐竹勘十郎


プロフェッショナルのこだわり

100年先と、勝負

清水寺や平等院をはじめ、17の神社仏閣が世界遺産に登録されている京都。その中でも、国宝の修復の全責任を背負うのが、文化財建造物修復師・鶴岡典慶(56)だ。鶴岡は、鋭い観察力で、建物の傷みや異変を瞬時に見抜き、最適な修復計画を立てていく歴史的建造物修復のエキスパートだ。鶴岡の信念は、「建築の医者であれ」。人が抱える病気を治すように、ひとつひとつ建物の”痛み”に寄り添っていく。
「人間だとちょっと顔色悪いなとか少し歩き方が歪んでいるなとか、どこが悪いんだということを突き止めて、そういうところだけを治してあげたら、また元気な姿に戻っていってもらいますからね。修理したのが100年先の人がまた見るわけですから。いい加減なことをしてたんかと思われないように。我々の代がやっぱりまたしっかり修理をして、また何百年先の人たちにきちっと伝えたいという使命感はありますね」。

写真「建築の医者であれ」。どんな異変も見逃さない
写真100年先を見越して、建物の“痛み”に寄り添う


木と向き合い、自分と向き合う

樹齢7000年を超えるとされる縄文杉や、数多くの動植物の固有種が存在するなど「東洋のガラパゴス」と称される屋久島。1993年に世界自然遺産に登録されている。その屋久島の自然を守るのは、島唯一の樹木医・荒田洋一(60)。木づち片手に、屋久島の森に分け入り、一本一本治療を続けてきた。人知を超えた悠久の自然と長年向き合ってきた荒田だからこそ、感じることがある。
「治そうとは思っていないですね。自然治癒力を高めてやるのに手助けをするというのが僕の仕事だと。人間の分かる範囲というのはほんの一握りだと思います、森の中での。だからあんまりよけいなことをしない方がいいと思うんですよね。木と人間ですか?パートナーというよりは人間は植物に依存してますので。パートナーというのもおこがましい。パートナーと言えるふうに人間の方の質を高めていかなければならないんです」。

写真治さない。ただ、木が持つ自然治癒力を高める
写真じっくりと木と向き合い続ける、荒田