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これまでの放送

第294回 2016年5月16日放送

食べる喜びを、あきらめない 看護師・小山珠美



食べることで、全身状態が整っていく

脳卒中や肺炎にかかったことをきっかけに医師から「食べることあきらめるように」と指示される高齢者は少なくない。そうした「摂食えん下障害」を抱える人たちの食べる力を回復させるエキスパートが看護師・小山珠美だ。これまで小山が担当した患者およそ二千人のうち9割が再び食べることができるようになった。
これまで小山は食べることを通じて見違えるように元気になっていく人を数多く見てきた。口からの食事は、視覚・嗅覚・味覚を刺激し、脳の働きを活性化する。また、唾液の分泌が促されると、そこに含まれる酵素や抗体が感染症予防や免疫力向上の働きをする。そして何より、食べることは生きる喜びへとつながっていく。だからこそ小山は、口から食べることにこだわってきた。

写真
写真食事介助のとき、できるかぎり家族に同席してもらう。家族の支えが患者の意欲を引き出すと小山は考える。


磨き上げた技術と観察眼

摂食えん下障害を抱える人たちが口から食べるとき、とくに気をつけなければならないのは誤えんだ。食べものが気管を通じて肺に入り込むと、それが命取りになることさえある。
小山は積み上げてきた技術と持ち前の観察眼を駆使して、無理なく安全に食べさせていく。まず大切なのは、アゴが上がりすぎないようにすること。アゴが上がると喉頭と気管が一直線になり、誤えんのリスクが高まる。小山は、肘を固定して姿勢をまっすぐに保つようにする。そして一口ごとに声をかけて、食べ物を意識させながら食事介助を行う。食べるときの背中の角度にも気をつかう。最初は30度からはじめて、飲み込む力の回復に応じて立ち上げていく。さらに食事介助をするときの立ち位置も重要だ。たとえば脳卒中で体の左側にまひがある患者の場合。最初のうちは「左側半側空間無視(体の左側への意識が向きにくくなる)」の症状改善をめざして、患者の左側に立ち左手で食事介助をする。そして本人の右手の機能を引き出す段階に入ると、患者の右側に立ち、手を包み込むようにアシストしながらスプーンを口へと運ぶ。このため、左右どちらの手でも無理なく食事介助ができるようにしておくことが必須となる。
こうしたきめ細かな食事介助を通じて、患者たちは食べる力を取り戻していく。「自分だったらどうしてほしいか、自分と患者さんを置き換えたその先に技術が磨かれていく」と小山はいう。

写真患者の回復状態はどれほどか。注意深く観察し、その時々に応じた最適な食事介助を小山は行う。
写真悪い例 ひじがさがると食べるとき前屈みになってしまう。食べにくい上、口の中に残ったものを誤えんするリスクが高まる。
写真良い例 ひじを固定するだけで首がまっすぐに保たれる。こうした小さな積み重ねが大きな違いを生む。


「食べたい」という思いに寄り添うために

小山が看護師としての最初に配属されたのはパーキンソン病やALSなど神経難病の患者の病棟だった。食べること以外に有効な栄養補給の手段がなかった時代。小山は必死に食事介助にあたった。ひとさじのスプーンが命をつなぐ。その思いが小山の原点になった。
しかしその後、胃ろうなどの経管栄養が登場。20年ほど前から「誤えん性肺炎のリスクが避けられる」として医療や介護の現場で急速に普及しはじめた。そんななか小山はひとりの患者と出会う。妊娠中に脳出血を発症した30代の女性だった。赤ちゃんは帝王切開で無事に生まれたが、女性には重い後遺症が残った。医師からは、胃ろうを勧められていた。そんな中、小山は決意を固める。「一人でも多くの“食べたい”という願いをかなえていきたい」。小山によるリハビリで食べる力を取り戻した女性は、3か月後に退院。いまも家族と食卓を囲む。
そして小山はその後も食事介助の技術を磨き上げ、「摂食えん下障害看護・認定看護師」の資格が創設されるのに際して主任教員に選ばれた。地道に技術を積み上げてきたことが認められたのだ。今、小山は活動の場をそれまでのリハビリ医療から急性期医療へと移した。患者が発症後いち早く食べる訓練をはじめられるように、まずは自分自身が挑戦者になろうと決意した。

写真小山は全国各地で食事介助セミナーを開催。自分の持つ技術が“あたりまえ”のものになることを願う。


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

自分の信念を、人からの信頼に変えてゆくことができる人そこを目指したいと思います

看護師 小山珠美


The Professional's Tools(プロフェッショナルの道具)

スプーン

小山が最もよく使うのは市販の食事介助用スプーン。表面にある凸凹が舌に有効な刺激を与えるという。一般の家庭にあるもののなかでは、一口が適量だという「ティースプーン」がオススメ。逆にカレースプーンは容量が多すぎて誤えんを引き起こす危険があるので食事介助に使ってはならないという。

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