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アンコール 2016年4月25日放送

盤上の宇宙、独創の一手 囲碁棋士・井山裕太



独創の碁

囲碁7大タイトルのうち6つを独占するという、前人未踏の快挙を成し遂げた井山裕太。そのきわだった特徴は、直感的に打ちたいと感じた手を重んじるところにある。プロ棋士の世界では、一手打つために1,000の可能性を読み合うと言われ、トップどうしの対決では読みの力はきっ抗することも多い。だがその中で井山は、並み居るプロたちの読みを超えた常識外れの手を放ち、新たな展開を生み出してきた。「結局、人まねでは勝てない。常識から外れていても、自分はこっちに打ちたいと思ったら、迷わず自分の信じる手を打つ」と井山は語る。

写真井山にとって“碁盤は自分を最も表現できるキャンバス”だ


安全は、最善の策ではない

常識的な手を選択していれば、大きく形勢を損ねることはない。だが、独創の碁を打つことにこだわる井山は、危険をかえりみず積極的に未知の局面に踏み込んで行く。たとえその一手によって勝負を落としてしまう可能生があっても、リスクを引き受ける。そこには「安全は、最善の策ではない」という井山の勝負哲学がある。「安全な手」とは、最善手を100点とするならば、少し悪い90何点の手だと井山は言う。その「ゆるみ」を積み重ねるうち、いつの間にか形勢が入れ替わるのが勝負の世界だ。だからこそ、安全な手にこだわることはかえってリスクが高いと井山は言う。

写真井山が踏み込んだ一手を打つとき、石を打つ音が強くなると言われる


自分を信じ抜く

勝負のかかった場面で、ときに大胆な手であっても、信じて打ち切れるかどうか。誰の助けもない中で、それをやり遂げるのは容易なことではない。井山がそれを心底思い知ったのは19歳のとき、初めて囲碁7大タイトルの一つ、名人位に挑戦したときのことだ。相手は台湾出身の張栩名人。井山が目標にしてきた最強の棋士だ。井山は幸先よく二連勝。しかし勝つほどに、言いようのない苦しさに襲われるようになった。負けても張栩名人は平然と打ち進めてくる。碁盤を隔てた45センチ先で、こちらの力を試しているような圧倒的な空気。どこに打っても自分の手が悪いような錯覚にとらわれる。その感触を最後まで払拭(ふっしょく)できず、井山は負けた。そのとき、井山は自分に欠けているものにはっきりと気づいたという。「自分を信じ抜く力」だ。以来、井山の碁は変わった。目指すのは、どんな状況でも自分を信じ抜く、ゆるぎない境地だ。

写真19歳で挑戦した名人戦。負けた井山は控え室に戻り、プロになって初めて泣いた


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

どういう苦しい局面でも、どんなに分からない未知の世界に入ってもですね、やっぱり自分を信じる事というか、それに尽きますね。

囲碁棋士 井山裕太


プロフェッショナルのこだわり

プロ棋士の日常は、新たな打ち方を研究する研さんの日々だ。井山も毎日、自分の対局を分析するストイックな生活を送っている。だがそんな中でも井山は、できるだけ短い時間で勉強を切り上げるよう心がけている。囲碁への情熱を失わないようにするためだ。
そしてもう一つ大切にしているのが、若手棋士たちとの研究会。10代、20代の若手だけで和気あいあい意見をぶつけあう。格下の棋士でも、そのみずみずしい感性は大いに参考になると井山は言う。研究会にはなんと小学生もいる。「大人になるといろいろ考えてしまってなかなか出来ないことも、思い切りよく小さい子は打ってくる」と井山。タイトル戦で飛び回る忙しい日々の中でも、井山は必ずここに顔を出す。

※内容は、2014年1月13日放送当時のものです。

写真小学生の彼女も刺激をくれる大切な仲間だ