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これまでの放送

放送10周年スペシャル 2015年11月2日放送

あと一歩だけ、前に進もう シンガーソングライター・スガ シカオ



「弱さ」をさらけ出す

スガが生みだす歌の最大の魅力は、その独特の歌詞にある。作詞を担当したSMAPの『夜空ノムコウ』は、ミリオンヒットを記録し、学校教科書にも掲載される。描いたのは、自分が予備校に通っていた時に当時付き合っていた人とのたあいもない話や、抱えていた葛藤や不安感。このようにスガの歌詞は、そのほとんどが実体験に基づいている。
そうした歌詞は、各界の一流のプロたちをもうならせる。小説家・村上春樹は『かなり特徴的な「文体」である』『微妙なごつごつさや、細かいツノの立ち具合、エラの張り具合が、なんといってもこの人の歌詞の持ち味なのだ』(「意味がなければスイングはない」文春文庫)と高く評価している。
日本を代表するロックバンド・ミスターチルドレンの桜井和寿は、『誰しもが心の中に汚れている部分を多かれ少なかれ持っていて、それをスガさんは吐き出す。そうした“裏の顔”を登場させることで独特のリアリティーが生まれる』と語り、名曲「川の流れのように」など数多くの作詞を手がけてきた秋元康は、『訳知り顔で全てを伝えるのではなく、ぽつんぽつんと語った言葉の隙間に彼の思いや温度があって、聞く人が自分の考えと照らし合わせて完成する』と、その魅力を分析する。
スガは歌詞を書く時は、必ず一人で部屋に籠もる。そこで自分自身の「弱さ」と徹底的に向き合い、その中でリアリティーのある言葉を紡ぎ出していく。
『正直になれないと気が済まないっていうか。自分がきれいで正しいっていう立場から物を言ってもあまり伝わらないような気がするんですよね。「お前らダメだろ!」 みたいな言い方では何も伝わらないから』。

写真歌詞が生まれる瞬間。一人で部屋に籠もる


“あと一歩だけ、前に 進もう”

スガは、30歳でメジャーデビューを果たした遅咲きだ。28歳で脱サラし、貯金を取り崩しながら、一人家に籠もり、毎日曲を作っていた。なかなかデビューが決まらず、白米に胃薬をかけて空腹をしのぐほどだったという。
そんな中、心の支えにしていたのは、父親がサラリーマンを辞める時にかけてくれた言葉、「何度だってやり直せばいい」だった。その後、デビューが決まり、10年目の時に番組主題歌「Progress」を制作する。「“あと一歩だけ、前に 進もう”」という歌詞は友人へのアドバイスに使っていた言葉だった。
それから、次々とヒット曲を飛ばしていくスガだが、次第に安定した立場からメッセージを発する自分自身に強い違和感を抱くようになり、インディーズへと独立する決意を固める。しかし、その矢先。ライブが終わると、耳鳴りが止まらなくなった。医者からはストレス性の「突発性難聴」だと診断される。
『壊れたラジオのような音しか聞こえなくて、夜も耳鳴りで眠れなくて、ヘッドホンでラジオのザーって音を流して寝ていたんです』。
「この世の終わり」とまで思うほど、絶望感に満ちていたという。
そんなある日、自分の歌の一つの歌詞が引っかかった。「“あと一歩だけ、前に 進もう”」。“誰か”のために書いたメッセージが、回り回って自分の元に返ってきた。一歩ずつでも前に進むために、できることからやっていこう。
『歌詞はいちばん誰に向いているかって言ったら、いちばん自分に向いているんですよね。だから、何度でもトライして絶対諦めちゃダメだよっていうメッセージは、自分の中ですごく強くなってきましたよね』。
その後、聴力は奇跡的に回復し、スガは再びメジャーの舞台へと戻った。

写真“あと一歩だけ、前に 進もう”。スガ自身の中で持つ意味が変わった


「誰かのための自分になること」

「Progress」の発表から10年。スガは、「Progress」をともに生み出した音楽プロデューサーの武部聡志や、一流のミュージシャンたちによるバンド「kokua」を結集し、新たなメッセージソング作りに挑んだ。
スガは作詞に取りかかる前に、ツイッターを通して「自分が諦めた日が、夢のゴールだと思う?」と人々に疑問をぶつけ、今の時代の空気を探った。
スガ自身も「誰かの心に言葉を残したい」という思いから、以前は高校教師になることを夢みていた。その夢はかなわなかったが、同じ思いを実現するために、今はシンガーソングライターとなった。スガにとって「夢」とは、職業の名前ではなく、どんなことを実現したいかだ。
『夢って、例えばパティシエとかパイロットとかは職業の名前であって、自分が生きていく道の名前じゃない。どういう風に生きていくかってことが本当の夢の正体だと思って。シンガーソングライターも誰かの言葉を伝えるっていう意味では教師と同じ。職業ではなく、そこを達成させるために自分の人生がある』。
さらに、スガは武部との議論を通して、「共生」こそが今の時代への大きなメッセージになると気付く。スガがわずか一時間で書き上げた歌のタイトルは「夢のゴール」。その夢のゴールを、「誰かのための自分になること」という「共生」のメッセージで締めくくった。「“あと一歩だけ、前に 進もう”」と歌った「Progress」から10年。スガの次の10年に向けた新たなメッセージだ。

写真「Progress」を生んだ夢のバンドで、新たなメッセージソングに挑む


【10周年特別インタビュー】       

一流のプロフェッショナルたちが語る「Progress」

スガが作った番組主題歌「Progress」の魅力について、今回特別に各界の一流のプロフェッショナルたちにインタビューを行った。
作詞家の秋元康は、『「あと一歩だけ」っていうところにスガ シカオらしさがあるような気がするんですよね。「誰も知らない世界へ向かっていく勇気を“ミライ”っていうらしい」と、つまり勇気を持ってあと一歩だけ、ちょっとだけ行ってみようかなと思う勇気こそが、未来なわけじゃないですか。決して自分もそんなに強い人間じゃないと、そんなにすばらしい人間じゃないと、だからこんな僕でもあと一歩だけ前に進んでみようかなと。その勇気こそを未来っていうんだよ、と。未来は輝いているんだから、さあ、みんな頑張れとか言ってないんですよね。僕も分からないと。だけど、あと一歩だけは行ってみようかな、その勇気を未来って言うんだよっていうのは、すばらしい詩だなと思います』とその歌詞の魅力を評する。
ミスターチルドレンの桜井和寿は、『スガさんはどうやったら人に伝わっていくのかっていうのを徹底的に考えていると思う。「Progress」で言えば「つまずいている あいつのことを見て 本当はシメシメと思っていた」という歌詞もそう。歌詞全体を見ると、いろんなことを諦めていると思うんですけど、「“あと一歩だけ、前に 進もう”」は、ほぼ諦めている人間が最後に吐き出す一言だからこそのリアリティーがあると思います』と語る。

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