戦後、日本を代表する産業として発展し、世界最高峰と言われてきた造船業。その中で当代一と言われる匠(たくみ)が、葛原幸一(69)だ。半世紀日本の輸送を支え、300隻ものタンカーを手がけてきた。「ものづくり日本大賞」や「現代の名工」に輝き、海外の造船所では「キング」と称される凄腕だ。
職人・葛原の仕事、それは美しい流線型の「船形」を生み出すこと。船は数百枚もの鋼板が繋がって出来ているが、1枚1枚形が異なり、それぞれがあまりに複雑な形状のため、機械では造ることが難しい。スピードや燃費、耐久性といった性能を決める「船形」、造船における要を担う仕事だ。
駆使するのは、独特な職人技。ガスバーナーで鋼板を焼いて膨張させ、水で冷やして曲げていく「撓鉄(ぎょうてつ)」という技術だ。葛原は、どこをどのぐらい焼けばどう曲がるかを経験から知り尽くし、最短で理想の形へと近づけていく。その精緻な出来はまさに超人的。誤差をわずか2ミリ以内におさえ、組み立てた時にはほとんど隙間がない。5ミリ程度の誤差なら十分と言われる中、葛原はあえて厳しいハードルを貫く。船形の加工は、造船の工程の中でいわばスタートライン。自分の仕事の出来が、その後すべての工程の仕事を左右する。1,000人もの人が2年近くかけて行う巨船造りの「礎」としての誇りを胸に、葛原は自らの仕事に一切の妥協を許さない。