うどん王国・香川で、屈指の実力を持つうどん職人・森田真司(49)。森田の打つうどんは、ある独特の形状をしている。麺の外側が膨らみ、角が立つのだ。そうした形状の麺は「エッジが立っている」と呼ばれ、香川では、“極上のコシ”を持つ証として珍重される。この“極上のコシ”を求め、森田の店には年15万人のお客が押し寄せる。
“エッジ”ができる理由は諸説あるが、うどんの中のたんぱく質「グルテン」と関係があると言われる。グルテンの網目がきめ細かいと、ゆでるときに水分がゆっくり浸みこむため、外側ほど膨らみ、角が立つ形になるという。角が立った麺は、外側はモチモチ、内側にはシコシコ感が残っている証拠。この食感の差が、噛んだときコシとして感じられると言われている。
麺の端が膨れた、“エッジ”が立った森田のうどん
“エッジ”が出来るかどうかのカギは、うどんの中のたんぱく質「グルテン」をどれだけきめ細かく作れるかにある。まずは、生地を足で踏み固める「足踏み」。均質かつ、きめ細かい網目を作るためには、生地を均等に丁寧に踏まねばならない。しかも踏みすぎれば、グルテンは硬くなってしまう。森田はそのぎりぎりを狙い、足の裏に神経を集中させて生地の弾力の変化を感じとっていく。森田はその作業を「生地と会話する」と表現する。
だが、これだけでエッジが立つわけではない。これから打ち、ゆでと、グルテンの網目を壊さないよう細心の注意を払わねばならない。たとえば打ちの作業。森田はわずかに生地を浮かして動かすことで、生地を引きずらず、「グルテン」の網目を引きちぎらないようにしている。そしてゆででは、麺にしっかり火がとおりながらも、芯のシコシコ感が際立つぎりぎりのタイミングを狙う。こうして一つ一つの工程を丁寧に積み重ねて初めて、“エッジ”が立った極上のコシを持つうどんが出来るのだ。
決して高級料理ではないうどん。しかし一食一食、手を抜かず高みを目指す。それが森田の信念だ。
「グルテン」の網目を細かくする足踏み
生地を浮かせて動かすことで、生地を傷つけない
指で触ってゆで加減を見極める
森田は、ふだんはおとなしい性格。だが営業中は、従業員に厳しいゲキを飛ばし、ミスも容赦なく叱る。みずからの仕事をこなしながら、店の隅々まで目を配っていく。そこには森田のある信念がある。
「もう5年も6年も修業しとったら、大体一人前のうどん打てますよ。普通は。でも、その中でもお客が来る店と、来ない店がある。それって何なのかって言ったらやっぱり心でしょ、気持ちでしょ。心が入ってないと美味(うま)いうどんはできませんよ」
森田は、うどんの味は、技術ではなく、お客への気持ちによって最終的に決まると信じている。毎日同じ作業を繰り返すうどん作り。一杯のうどんをおいしく打つだけなら、さして難しくはないという。だがそれを常にできるかどうか。すべての客に、お金を受け取るだけのうどんを出し続ける覚悟があるか。結局、客への心がなければ、作業の一つ一つがブレて、やがて味は失われていくと森田は信じる。だから森田は、接客や店の雰囲気までも大事にして、店の隅々まで気を配り、厨房(ちゅうぼう)以外の従業員たちにもゲキを飛ばす。そうして緊張感を高め、従業員一人一人にお客を意識させることで、いかなるときでも最高のうどんを出し続けることに挑んでいる。
従業員にゲキを飛ばす
厨房を飛び出し、みずから皿を片づける