2年連続で「世界一清潔な空港」に選ばれた羽田空港。その栄光を陰で支えるのは、日本一の称号を持つビル清掃のプロ・新津春子だ。その技術はまさに職人技。80種類以上の洗剤を駆使し、あらゆる困難な汚れを素早く落としていく。だが新津の真骨頂は、目に見えない汚れをも落とすところにある。たとえば、トイレで洗った手を乾かす乾燥機。放置しておくと排水溝に雑菌が繁殖し悪臭となる。そこで新津は、専用ブラシをメーカーと共同で開発、1センチ幅の排水溝を徹底して清掃する。さらに、一見きれいに見える床にも目をこらし、かすかに舞うホコリも絶対にゆるがせにしない。赤ちゃんやアレルギーを持つ人への影響を考えてのことだ。
使う人のことを考え抜き、手を尽くす新津は、「やさしい心で、清掃する」という信念を持っている。「心を込めないと、きれいにできない。“どこまでできるか”常に考えることが、やさしさです」と、口癖のように言う。
新津の半生は険しい道のりの連続だった。生まれは中国・瀋陽、父は第二次世界大戦のとき、旧満州に取り残された日本人残留孤児、母は中国人だった。その境遇のため、幼い頃から壮絶ないじめを受けて育った。日本にきてからも差別に苦しみ、就けた仕事は清掃のみ。「自分はいったい何なのか」と悩み、誰かに存在を認められたくて、朝も夜もひたすら清掃に明け暮れた。清掃の技能選手権で日本一に輝いたころ、心を込めて掃除するという言葉の意味が、本当に分かるようになったという。そして行き交う人々から、「ご苦労様」「きれいですね」と声をかけられるまでになったとき、ようやく気付いた。この清掃という仕事こそが、ずっと探していたみずからの居場所だと。
日本にきて26年、清掃を極めようとする新津の歩みは、今も決して止まることはない。