スマートフォン版へ

メニューを飛ばして本文へ移動する

これまでの放送

第246回 2014年11月24日放送

勝利は、信頼でつかみとる 高校女子バスケットボール部監督・井上眞一



王者を育てる、おじいちゃん

毎年選手が入れ代わる、高校スポーツの世界では、チームが強さを維持し続けることは非常に難しい。だが、その常識に反して、約30年にわたり高校女子バスケットボール界で「絶対王者」として君臨する高校がある。愛知県名古屋市にある桜花学園高等学校。そのバスケ部監督が、井上眞一(68)だ。
井上の指導者としての成績は、図抜けている。全国4,000校がひしめく高校女子バスケットボール。その3大大会と言われる、夏のインターハイ、秋の国体、そして冬のウインターカップ。それらの大会で井上は、
過去29年でなんと56回の全国優勝を誇っている。単独の監督でこれほどの全国優勝している例は、ほかにない。

写真高校女子バスケの絶対王者を率いる井上眞一


信頼の上の、厳しさ

練習は週6日、夕方4時15分から夜7時30までの約3時間のみ。強豪校の多くは朝練をするが、ここは体育館が住宅街にあるため、放課後の3時間で全てを教え込む。バスケットボール部の部員は総勢24人。中学では全国大会に出場するトップレベルの選手たちが集まっている。だが、井上の指導の特徴は、徹底して基本をたたき込むことにある。ドリブルする際のボールのつき方、パスをする際の重心移動から、レイアップシュートの基本動作まで、とにかく基本を徹底させる。さらに、練習時は常に本番の試合を想定して行われるため、井上は選手たちに、極度の集中力と緊張感を求める。そのため、コートにはいつも井上のどなり声がこだましている。一見、井上と選手たちの距離感は遠いようにも見えるが、真実はそうではない。

写真バスケットボールの基本を徹底して教え込む
写真コートでは常にどなっている井上


練習が終わって、併設する寮に戻ると井上は人が変わったように笑顔になる。選手たちも井上を「おじいちゃん」のように慕い、ため口で会話をするようにもなる。井上は言う。「選手が自分のほうを向くように距離感を縮めて、自分の子どものようにかわいがりながら、なおかつ厳しくする。信頼関係を構築していくことは、
選手の力を最大限引っぱり出すためには、絶対必要なものだと思っています」。選手との信頼関係を築くことができるのは、ひとえに井上の人間力に尽きる。実は井上はコートの上では「怒ったふり」をしているのだと言う。コートでは、選手のやる気を掻き立てるために緊張感を持って怒ったふりをする。しかし、コートを一歩離れると「おじいちゃん」に変貌できてしまうのは、怒ったふりをしているからなのだ。

写真寮では「おじいちゃん」として慕われる
写真コートと違って寮では終始笑顔の井上


ひとりも、脱落させない

桜花学園のバスケ部は全寮制。井上が決めたルールはたったひとつ。門限が22時、それだけだ。ここでは
1年生が上級生より先にごはんを食べることも珍しくない。部活動でありがちな、上下関係が一切ない。部屋も1年生から3年生までが混じる相部屋。井上は、むやみな上下関係や厳しい規律を求める声には、それが体罰につながると断固反対している。『「そういうふだんの態度だからプレーがうまくいっていないんだ」とかを言いがちなんですね。僕はそれは反対で、一生懸命やる、ひとつのことを一生懸命やることができる人間っていうのは、僕は必ず人間的に成長していくというふうに信じています』。勝利に導く指導力が、語られることが多い井上。だが井上が最も心を砕いてきたのは、そのことではない。バスケットボールが好きで、上達したいとやってきた選手を、1人たりとも脱落させないこと。事実、井上が監督に就任して以来29年、特殊な事情を除けば、退部した生徒は出ていない。

写真上下関係のない1年生から3年生までの相部屋


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

自分自身の限界を決めないで、チャレンジをし続ける。そして、それを楽しめる人ではないでしょうか。

高校女子バスケットボール部監督 井上眞一


プロフェッショナルの仕事術

日々、本番の試合を想定した練習を課す井上だが、その内容は毎日変わり続ける。選手たちが今、どのレベルにいるのか、そして次のレベルへ到達するためには何が必要なのか考え続け、そのつど練習メニューを修正し、新たな方法を模索する。それができるのも、バスケットボールに関する井上の膨大な知識があってこそ。井上は、練習時間以外は自宅でバスケットボールの戦術研究をしている。バスケットボール界屈指の理論家として知られる井上は、常に最新のバスケットボール理論に精通している。本場アメリカのコーチングに関する書籍や、NBAや大学リーグの試合を見て、高校生に応用できる戦術はないか、日々研究している。「勝ちたいだけじゃ勝てない。勝つための準備をいかにするか。」それが井上の仕事術だ。戦術研究のたまの息抜きは、もっぱら映画鑑賞。無類の映画好きである井上は、特にラブロマンスを好む。お気に入りは「シェルブールの雨傘。」曰く、「ハッピーエンドは好きじゃないです。最後ダメになるやつが好き。」

写真練習中、常にメニューを考え続ける
写真練習以外の時間はバスケットの戦術研究