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第231回 2014年6月23日放送

ただ、生まれる命のために 産科医・川鰭市郎(かわばた いちろう)



希望を見つけ出すのが、医療

おなかの赤ちゃんの成長がなかなか進まなかったり、へその緒がねじれていたり、さらには、流産や早産の危険を抱えるなど高いリスクを抱える妊婦が、川鰭の病院には数多くやってくる。出産まで予断を許さない”ハイリスク出産”が、実に9割を占める。
そうした妊婦や赤ちゃんたちと30年以上向き合い続けてきた川鰭の最大の武器は、診断の技術。たっぷりと時間をとって丁寧に超音波診断を行い、赤ちゃんのわずかな変化を見つけ出していく。さらには、MRIなどの先端機器を先駆的に取り入れ、その診断技術は世界にも知られている。川鰭が診察の際に心がけるのは、ただ問題を発見するだけではなく、希望を見つけ出すことだ。
「おなかの赤ちゃんの問題が分かると、母親は自分を責めてしまう。あまりにも重いものを背負わされると全く希望がなくなってしまう。問題点は問題点としてきちんとお話はするけれども、何の希望もない話にだけはしてはいけないと思っている。だから、その分、きちんと診断ができる技術を持った僕らがあえて背負っていく。」

写真診察は時間をかけて丁寧に行う
写真おなかの赤ちゃんが笑顔をみせてくれることも


「Who wonder what happen」 何が起きても、ワクワクできる人であれ

若き頃の川鰭は、「病院で唯一、命が生まれてくる場所だから」と妊娠から出産を支える産科医の道を極めたいと考えた。しかし、当時は、診断機器もまだ発展途上。救えない命も少なくなかった。それでも川鰭は、目の前の赤ちゃんを救いたい、と模索を始めた。取り組んだのは、おなかの中の赤ちゃんを直接治療する“胎児治療”。まだ未知の分野であったため、仲間の医師たちと手術方法からその道具に至るまで、1から議論を重ねた。川鰭は、日本で2例目となる胎児への輸血に成功するなど、徐々に成果を上げていく。胎児治療の道を突き進む川鰭の支えになったのは、国際学会で聞いた言葉。「Who wonder what happen」、周りをしっかり確認し、何が起きてもワクワクして進め。
その後、川鰭は、胸に水がたまってしまった胎児から水を抜く「シャント術」を世界トップクラスの数をこなし、羊水が減った妊婦には、羊水を注入する手法を独自に開発してきた。「胎児治療のパイオニア」と称されるまでになった川鰭。勇気と冷静さを持って、今日も命の現場に立つ。

写真35歳のとき、日本で2例目となる胎児輸血に成功。
写真日々新たな命が生まれる 川鰭の仕事の現場


ただ、生まれる命のために

この春、羊水が減り続けるという原因不明の症状を持つ妊婦が、川鰭の元にやってきた。このまま羊水が減り続ければ、赤ちゃんが危険な状態に陥ってしまう。その場合、赤ちゃんが未熟な状態であっても、帝王切開でおなかの外に出さなければいけなくなる。しかし川鰭は、赤ちゃんの成長のために、1日でも長く母親のおなかの中で育てたいと考えた。そこで選択したのが、人工的な羊水を注入するという川鰭独自の胎児治療。だが、羊水注入を試みるも、数日たつと再び羊水が減少してしまう事態が起きた。羊水注入には、破水や感染のリスクも伴う。いつまで羊水を注入し続けるべきか、川鰭は大きな決断を迫られる。

写真すべての治療方針に責任を持つのが川鰭の仕事


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

ぶれないこと。やらなければいけないことは、万難を排してやる。やらなくてもいいことは、どんなことがあってもやらない。目の前で起こった出来事に対して、最善の策をいかに素早く自分たちが見つけ出すか。それができることがプロフェッショナルじゃないですかね。

産科医 川鰭市郎(かわばた いちろう)


プロフェッショナルのこだわり

意味のない命など、1つたりともない

川鰭の病院に入院する母親やその赤ちゃんたちは、深刻な症状を持ち、治療が困難な場合も少なくない。最善の治療を施したとしても、亡くなってしまう命がある。川鰭は赤ちゃんを亡くした夫婦やその赤ちゃんの姿から、教えてもらったことがあるという。
「その赤ちゃんがいたことで、ご夫婦は向かい合って子どもや家族のあり方について一生懸命話し合う。その赤ちゃんがいなければ語らなかったことについて語り合う。それはご夫婦にとって、大きな物を残すことになる。だから80年生きた命も、10分で亡くなった命も、生まれてきたときには心臓が動いていなかった赤ちゃんも含めて、生まれてこなかった方がよかったという命は、ひとつもない」

写真患者1人1人の思いをくみ取るのも 川鰭の仕事