“裂き3年、串打ち3年、焼き一生”という、うなぎの世界。この道を70年にわたって追求し、いまなお研さんを続ける金本兼次郎には、みずからを支える「言葉」がある。
その言葉と出会ったのは、店を継いでまもなく、天然うなぎが激減し、養殖ものが出回っていた頃。金本は江戸時代からの伝統に従い天然ものにこだわるが失敗。しかたなく養殖ものも使っていた。
だが時折、これでいいのかという思いに駆られていた金本。その時出会ったのが、北海道の菓子職人・小田豊四郎さんに関するエピソードだった。以前、小田さんが店の名前を変えることになり悩んでいたとき。周りからある言葉をかけられたという。
「のれんにだけ頼っているのなら別だが、本物を作っているのなら心配ない」。
例え店の名前が変わろうとも、きちんとこだわりをもって作っているなら、きっと客は来てくれる。そう解釈した金本は、己の迷いを吹っ切った。養殖ものでも徹底的にこだわれば本当においしいものができる。そう信じ、道を極めてきた。
それから30年がたった頃。80歳を目前に、金本は再び悩んでいた。周囲が次々と引退していく中で、自分も引退を考えていたのだ。しかしそんなとき、再び小田豊四郎さんからある言葉をもらった。それは小田さんが亡くなったときに、生前語ったという言葉。
「生涯、菓子職人で終えて、よかったよ」。
小田さんは90歳で亡くなるまで、新たな菓子の追求をやめなかったという。その言葉に背中を押され、金本は決意した。自分も小田さんのように、生涯一職人として生きる。こうして86歳の今も研さんを重ねている金本。尊敬する先輩職人との出会いがくれた言葉を胸に抱き、うなぎと向き合っている。