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これまでの放送

第218回 2013年12月9日放送

パリの新風、一針の美学 テーラー・鈴木健次郎



ためらいが、モノを壊す

37歳という若さでパリのトップテーラーに名を連ねる鈴木。その真骨頂というべきワザが、型紙づくりだ。型紙は、服の設計図。洋服の完成度を大きく左右する。立体であるジャケットを平面図に落とし込んでいく。鈴木は、型紙を引くとき独り言で数字をつぶやきながら、ミリ単位の調整をする。例えば、肩の幅を3ミリ変えると、袖の長さも変わる。全体のバランスを考えると、着丈やポケットの位置にも影響が出る。そのすべてを頭の中で想像し、形を決めていく。
このとき、鈴木は攻めの姿勢を崩さない。失敗が許されない作業だけに、無難な形にとどめておきたい、と思うことも多々ある。だが、そのためらいこそが、仕上がりを中途半端なものにしてしまうという。“ある程度身体に合っている”のではなく“完璧に合っている”服を作ってこそ、一流のテーラー。
1着のスーツの型紙を引くのに費やす時間は1~2時間。少しでも気を緩めると“ためらい”の気持ちが湧き上がるため、毎回、一気に引き切る。

写真型紙はミリ単位の格闘
写真集中力と想像力が試される


人生を、共に生きる服

これは、鈴木が目指す服の姿だ。うれしいときも、悲しいときも、その人のいちばん近くに存在するのが服だと考えている。長い時間をともに過ごしてこそ、愛着が湧き、服の雰囲気にも深みが増すという。
一生モノの服になってほしいと願う鈴木。そのために製作過程では一切の妥協を許さない。1着仕上げるのに100時間。ほとんどが手縫いの気が遠くなるような作業だ。裏地やポケットの内側など、人の目に触れない部分も多いが、鈴木は納得がいくまで補正をし、修正を重ねる。「真面目に作ると、何かを伝えることができる。」だからこそ、一針一針、全力を注ぐ。それが、鈴木のテーラーとしてのプライドだ。

写真仮縫いでは 客の体に合わせて細かく調整する
写真口ぐせは「手を抜かない」


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

常に自分の世界観を持っていて、それを表現したいと思う。その努力を決して怠らない人。技術だったり、色んなことでそれを試行錯誤して表現しようと、最大限の努力をできる人じゃないですかね。

テーラー 鈴木健次郎


The Professional's Tools(プロフェッショナルの道具)

アイロン

一般的には、シワを伸ばすための道具として認識されているアイロン。だが、鈴木たちテーラーはアイロンの重さと熱を駆使し、布地を湾曲させる。布が焦げるまでの限られた時間に一気に曲げるためには、できるだけアイロンを重くし、高温にする必要がある。そのため、温度は200度に設定し、アイロンに鉄のおもりを足して7キログラムにまでする。テーラーの仕事には、体力勝負の一面もある。

写真7キログラムのアイロンは筋トレのような重さ


クサン

洋服の立体を壊さないように、この上でアイロンをかけたり、縫製をしたりする。フランスの職人たちの間では“子豚”の愛称を持つクサン。丸々とした形が豚の姿を連想させるという説や、豚の鼻に似ているからだという説などさまざまある。いずれにせよ、ゴロンとした愛きょうある形の道具だ。

写真クサンは 日本では“まんじゅう”と呼ばれる


放送されなかった流儀

美の源は、ゆとり

鈴木の服は“空気をまとう”と評判だ。構造的にゆったり作るため、動きやすいのはもちろん、体と服の間の空気の層がエレガンスを醸し出すという。着る人の動きに合わせて服がわずかに揺れる、それがその人の“雰囲気”となって表れると鈴木は考えている。真面目さ、情熱、柔和な人柄などその人の内面の魅力が引き出されたとき、究極の美が生まれるという。
最高に美しい服を生み出すために、鈴木は自身の心にも“ゆとり”を持つことを心がけている。数年前までは徹夜もいとわず、四六時中アトリエに立ち続けていたが、息子が生まれたのを機に、家族と過ごす時間を大事にするようになった。すると気持ちに“ゆとり”が生まれ、不思議なくらい美しい服が生み出せるようになったと言う。「服には作り手の心が出てしまう。ガツガツやるのも悪くはありませんが、適度な“ゆとり”を持ちながら懸命に向き合うことが大事ですね」と語る。

写真長男・聡太郎くん(2) パパと遊ぶのがいちばんの楽しみ
写真休日は閑静な公園でのんびり過ごす