
「香り」「食感」「のどごし」を兼ね備え、名だたる料理人たちをうならせる高橋のそば。それを生み出すのは、40年にわたって研ぎ澄ましてきた技術だ。
そば打ちの難しさは、正確さとスピードを両立させなければならない点にある。そばは、実を粉にひいた瞬間から、風味が急速に失われる繊細な食べ物。香りを味わうためには、どれだけ早く打てるか、腕が問われる。その一方で、そば粉に水分が完全に均一に行き渡っていなければ食感がばらつき、麺の太さが不ぞろいなら、鮮やかなのどごしは失われる。太さに求められるのは、実にコンマ数ミリの精度だ。
正確かつスピーディー。それを実現するために、高橋は極限まで仕事の“無駄を削(そ)ぎ落とす”。たとえば、そばを薄く伸ばす「延(の)し」の作業。高橋は、生地を正確に1.2ミリの厚さに仕上げてみせるが、厚さをいちいち手で計ることはしない。生地の端に出来るわずかな影を見て瞬時に判断し、時間を短縮する。さらに「包丁」の作業では、1寸(3.03センチメートル)を23回で切るリズムを体に叩き込み、感覚だけで誤差なく1.2ミリを刻んでみせる。麺棒の転がし方1つにも無駄を許さない高橋。全国の職人たちが“神業”と呼ぶこれらの技を駆使することで、通常40分かかる一連の作業を、高橋は20分で完璧にやってのける。
淡い緑に輝き、風味が香り立つ「もりそば」
厚み1.2ミリを、わずかな影で判断していく
1寸(3.03センチメートル)をおよそ23回で切りそろえる

高橋の店は、土日祝日のみの営業。平日は、全国から集まってきた弟子の指導にあたっている。温厚な人柄で、これまで100人以上の弟子を育てた高橋。技術同様に大事にするのは、生活の態度や人との接し方など、いわば“心”の部分だ。
ある日、弟子のそばを食べた高橋は、包丁の柄を見せるよう言った。高橋の店では、職人1人1人が、包丁の柄を自分用に作っている。その弟子の柄は見栄えこそよかったが、内側を開けてみると、粗く削ったまま放置され、ヤスリもかけていなかった。高橋は弟子に作り直しを命じ、みずからも1つ柄を作り始めた。美しい柄を作り上げると、にこにこしながら弟子に見せにいく。柄の美しさに驚く弟子を尻目に、高橋はにこやかな顔のまま、何も言わずに去った。高橋は言う、
「怒らないです、自分も怒られるのはイヤですから。弟子がみずから気づくことが大事でしょうね。そばだけでなくて、一般常識や日常生活もそうですが、自分で気づかないと。そうやって本物と偽物を見分けられるようになっていかないと、“本物のそば”は出せないと思います。」
そばは、シンプルゆえにごまかしがきかない料理。心身ともに油断なく集中していなければ、乱れが即座に表れる。そう考えるからこそ、職人のありようを大切に伝えている。
弟子のそば打ちを見る高橋
みずから包丁を作り、弟子に背中を見せる