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これまでの放送

第206回 2013年7月8日放送

突きつめたものにこそ、魅力は宿る 模型会社社長・宮脇修一



"客が欲しがる物"ではなく"自分が欲しい物"を作る

マニアもうなる圧倒的なクオリティーで、海外の一流博物館からも制作依頼が舞い込む、それが宮脇の模型会社だ。
社長である宮脇の仕事は、フィギュアの企画開発。その信念は、「"客が欲しがる物"ではなく、"自分が欲しい物"を作る」。
自身が生粋のマニアだからこそ、自分が納得できるクオリティーに徹底的にこだわりぬいてきた。
リアルさにこだわり抜いた食玩用の動物フィギュア、そして関節を自在に動かせる仏像フィギュアなど、奇抜な企画でヒットを連発、年間24億円を売り上げる。
作業効率よりも、納得できる品質を追求する宮脇。
「理屈とかを越えて自分のこういう物が欲しいというのが仕事の原点。そういう好きな物を世の中に出して勝負したい」と言う。

写真マーケティング調査はしない。
だが自分が納得できるレベルまでこだわるからこそ、マニアもうなる商品が生まれる。


"好き"にかけて、誰にも負けない

宮脇の信条は、「好きな事で、生きていくこと」。どうすれば好きな道で食べていけるか、そのことだけを一途に考えてきた。
しかし、この道でプロであることは、とびきりの覚悟を必要とする。
全身全霊をつぎ込んで来るマニアたちを相手に、「さすが」と言わせてこそプロの存在意義がある。逆に言えば、あらゆるマニアを圧倒できなければ、この道では生きていけない。そのために宮脇は、仕事が終わった後の息抜きや帰宅後の安らぎのひとときも、すべてフィギュアに注ぎ込む。365日24時間。出張先にもプラモデルを事前に送っておき、制作にのめり込む徹底ぶりだ。
「好きな事を仕事にする、そういう戦いを始めてしまった以上は、甘えることは出来ない。研究者、探求者でなければいけないというのは、オタク資質を持ってしまった者の宿命」と言い切る宮脇。
“好き”ということにかけて、誰にも負けないという覚悟が、宮脇の生き方を支えている。

写真「模型の疲れは、模型で取る」という宮脇。自宅に帰ってからの模型作りは、別腹だと言う。


ディテールにこだわる

この春、宮脇は芸術家・岡本太郎に挑もうとしていた。 強烈な個性の岡本太郎の作品をフィギュアにするプロジェクト。中でも、最も難しいと宮脇がにらんだのが、太郎の手による微妙な曲線が特徴の「河童(かっぱ)像」だ。 小さく縮小したフィギュアで、もともとのインパクトを出すためには、強調したい部分をわずかに大きく作るなどの工夫が必要になる。だが、カーブが極めて繊細なため、デフォルメすると作品本来の印象を損ないかねない。 宮脇は、ベテラン原型師とともに河童像に挑んだ。好きな事を仕事にする男たちの、意地をかけた戦いが始まった。

写真写真ほんの少しの差で作品の印象を損ないかねない難題に挑む


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

その世界において、代えがきかない人間。それは高い才能を持ったり、素晴らしい制作能力を持ったり、情熱を持ったりして、ひたすらですね、自分に対して問題意識を持って、前に進み続けることができる、そういう人間だと思います

模型会社社長 宮脇修一


プロフェッショナルのこだわり

リアルさの極意

海外にもその名が轟く宮脇たちのフィギュア作り。そこには、想像を超えるこだわりが隠されている。 フィギュア作りの要は、量産の元となる原型を作る作業。 担当する原型師たちとともに、宮脇が大切にするのは、徹底した精緻さだ。 例えば、5センチほどのマサバのフィギュアの場合、本物を見ながらヒレの筋を1ミリ以下の精度で刻み込む。魚の種類によってヒレの形や筋の入り方が違うからだ。 生物の正確な情報を得るためには、海外の文献に当たるのはもちろん、学会にも出かけて勉強するという。

写真マサバの原型制作
1ミリ以下の筋を刻み込む匠の技



"本物"よりも"本物らしく"

フィギュア作りで、宮脇が何よりもこだわるのが「本物らしく見せる工夫」だ。 本物を寸分違わずコピーすればリアルさが得られるわけではない、というのがフィギュア作りの難しさ。サイズが変わると、見た時の印象が変わってしまうのだ。 こちらは、ヒラズゲンセイという昆虫。特徴であるアゴを微妙に大きく作り、開いたポーズにした。メスを捕まえたり、オスと闘ったりする昆虫の暮らしぶりを表現し、"らしさ"を強調させた。

写真ヒラズゲンセイの原型作成
生き物の特徴をつかみ、デフォルメすることがリアルさを生む


放送されなかった流儀

有るものへの不満 無いことへの不満

宮脇を仕事へと駆り立てる原動力の一つが"不満"だ。 実家が模型屋を営んでいたことで、幼少の頃から模型に囲まれて育った宮脇は、いつも不満を抱えていた。 似ても似つかないキャラクターのフィギュアや、大手メーカーが手がけないマニアックなフィギュア。いま有るものへの不満と、まだないものへの不満を募らせていた。 そして「自分だったら、こういうものが欲しい」という思いから、宮脇はオリジナルのフィギュアを作るようになった。 以来30年、いまも宮脇は"不満"を探し、企画を思いつくきっかけにしている。

写真宮脇の出発点は「ないなら作ってしまおう」という発想。仲間たちとともに、フィギュアという新たな道を切り開いてきた