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第161回 2012年6月11日放送

道を究める その先に 天ぷら職人・早乙女哲哉



崖っぷちでこそ、旨い

「衣にくっつけて油の中に放り込んだらおしまい」。早乙女がこう語るように、天ぷらは極めてシンプルな料理だ。しかし、そのなかで、ひとつひとつの工程をいかに深く掘り下げ、素材の風味をギリギリまで引き出すか。そこに、早乙女の本当の闘いがある。

例えば、キス。鍋に入れてから2分、全体に熱が通り、揚げたくなる頃合いだ。しかし、早乙女は揚げない。何度も何度もキスをひっくり返し、ギリギリまで水分を抜いていく。キスは水っぽい魚だけに、長く揚げることで余分な水分を抜ききり、素材本来の繊細な風味を浮かび上がらせるのだ。

一方、エビは、一転して短期決戦を仕掛ける。狙いは、エビの甘み。通常180度で揚げるところを220度まで火力を上げて、23秒前後で一気に揚げる。そうすることで中心だけはレアに保ち、また、温度を人間が最も甘みを感じやすいとされる45度に仕上げる。

早乙女の手法は、一歩間違えれば、失敗につながりかねない、限界ギリギリのものだ。キスはわずかでも揚げ過ぎれば風味まで消えてしまうし、エビは早く揚げ過ぎれば、生臭さが残ってしまう。しかし、素材を熟知し、ギリギリの崖っぷちを攻めることで、最大限の旨(うま)みを引きだすのが早乙女流だ。その手法に、料理評論家の山本益弘さんも舌を巻く。

「昔は生で食べるのが一番いい、その次に焼いて食べる、煮て食べる、天ぷらなんて魚が傷んだものを揚げて食べるとみんな思っていたがとんでもない。最高の食材を生以上のものに仕立てるということを初めて教えてくれたのは早乙女さんです。私が40年間で出会った最高の天才です」。

写真余分な水分を抜ききったキス 繊細な味が浮かび上がる
写真中心はレア 人が甘みを最も感じるとされる45度に仕上げたエビ
写真衣につけて油で揚げる。早乙女にとって、ひとつひとつが真剣勝負だ


130歳まで穴を埋めつづける

15歳で修業を始めてから半世紀。「当代屈指の天ぷら職人」と言われるようになっても、早乙女は更なる高みを目指すことをやめようとはしない。

休日には欠かさず、“すしの神様”と呼ばれる小野二郎さん(86歳)のもとに通う。30年通い詰め、6000回もそのすしを食べ続けてきた。「自分の持っているものを全部吐き出して作るぞという姿勢を見るだけ。オレも気を抜かないように」と笑う。

天ぷらはシンプルな料理なだけに、現状に満足した途端に上を目指す闘いにピリオドが打たれる。だからこそ早乙女は日々 刺激を求め、そして自らのひとつひとつの工程を見つめ直す。

ある日の閉店後、早乙女が語り出したのは、自らの作業に見いだした“穴”についてだった。それは、エビに衣をつけて油に入れる際、若干リズムが早かったため、わずかに衣が重力でずり落ちてしまったのが気になっているという。カメラで撮影していてもまったく違いが分からないほどの些細(ささい)な“穴”だが、「自分でリズムを作り出して、今ベストポジションか?次のベストポジションはどこか?を追いかけながら、そのリズムを踏んでいる」という早乙女にとっては意義深いのだという。

果てしなく穴を埋めつづけたとき、どこに辿(たど)り着くのか。早乙女にもその極みは分からない。しかし、130歳まで穴を埋めつづける覚悟で、早乙女は今日を過ごす。60歳で終わりと決めてしまえば、進化が止まってしまうからだ。今日も早乙女は新たな“穴”を探して、揚げ場に立つ。

その究極に行き着くために、早乙女は「130歳まで穴を埋めつづける」という。

写真すし職人・小野二郎さんと向き合う早乙女 極みをめざす闘いだ
写真エビに衣をつけるときに見いだした、わずかな“穴”


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

「うまいね」って言われたらね、「そうやって作りました」って。そういうのがプロだと思う。出来上がりも始まる前からわかってるし、出来上がったものも自分でわかる。自分の仕事がわかんないやつは、プロフェッショナルじゃない

天ぷら職人 早乙女哲哉


放送されなかった流儀

天ぷらは脱水作業である

素材本来の風味を極限まで引き出す早乙女の天ぷら。その極意は、「脱水作業」にあるという。

「料理は水分コントロールがすべて。例えば、魚が生きていくために蓄えている水分を、どうやって、食べるための水分に置き換えるか?余分な水分をどこからどれぐらい取るか?常に計算しているんです」。

例えば、キス。天ぷらの定番だが、水っぽく、淡泊な味わいだ。そこで早乙女は徹底的に余分な水分を抜く(脱水する)ことで、その繊細な味わいを浮かび上がらせる。

そして、「脱水作業」が最大に活かされるのが、アナゴ。脱水の工程を、蒸す・焼くの2段階にわけて早乙女はその魅力を最大限に引き出す。

まず、180度の油でじっくりと熱を加えていく。このとき、衣(小麦粉・卵・水)に含まれる水分が蒸発し、その蒸気の熱によってアナゴの身がふっくらと蒸される。これが“蒸す”の第1段階。

やがて、衣から出る泡が減ってきたら、第2段階へと進む。早乙女は220度まで油の温度を上げると、衣の水分が脱水されて生じた隙間に、高温の油が入り込み、アナゴの皮を直接“焼く”状態になる。このとき、特有の臭みがあるアナゴの皮が焼き上がり、香ばしい旨みへと変わる。

早乙女は、“蒸す”“焼く”の2工程をはっきり意識してアナゴを料理することで、これまで漠然と揚げてきたアナゴの天ぷらの味を大きく変えることに成功した。

写真衣の水分を“脱水”しながら、アナゴの身をふっくらと蒸し上げる
写真衣の水分が抜けてきたアナゴを返して、香ばしさを極限まで高める
写真外はバリバリ、中はふっくら アナゴの2つの魅力を共存させた


関連情報

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    第10期 天ぷら職人 早乙女哲哉の仕事 道を究める その先に