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これまでの放送

第189回 2010年11月8日放送

北島康介 未知の世界へ プロ競泳選手・北島康介



純粋に“水泳”と向き合いたい

北島は北京オリンピックで2種目連覇を果たした後、プールを離れた。空白の期間は、アスリートとしては異例の10か月にも及んだ。去年6月、北島は練習を再開。だがその場所は、慣れ親しんだ日本ではなく、アメリカだった。
今、北島は、カリフォルニア州サンタモニカで1人暮らしをしながら、南カリフォルニア大学(USC)競泳チームで、1人の練習生として、自分の泳ぎを磨いている。
ここでの練習の特徴は、自主性が重んじられていることだ。何をテーマに練習するのか、どんな目標に向かって泳ぐのか、すべて判断するのは選手自身だ。個人用の特別メニューはなく、豊富なメニューが組み合わされた全体練習の中で、自分でメニューを選んでいく。それは、金メダリストの北島といえども例外ではない。
これまで、名コーチ・平井伯昌さんの下、二人三脚で、泳ぎを磨き上げてきた北島が、なぜこの場所を新たな拠点に選んだのか?
その裏には、新たな環境に身を置くことで、水泳へのみずみずしい情熱をもう一度よみがえらせたいという、トップアスリートならではの強い思いがあった。知らず知らずにつきまとう重圧を離れ、水泳を始めた少年時代のドキドキ感を思い出したいと北島は考えていた。

写真アメリカの大学で泳ぎこむ北島


“感覚”を信じて、泳ぐ

これまで北島は平井コーチとともに理想のフォームを見定め、それにいかに泳ぎを近づけていくかに力を注いできた。しかし今、そのアプローチを根本から変え、自分の体の感覚が求める自然な泳ぎを探そうとしていた。
鍵になるのは、全身の感覚。北島は体の奥にあるインナーマッスルを知覚するトレーニングにも取り組んでいる。この試みがより速い泳ぎにつながる保証はどこにもない。しかし北島は、挑み続ける。

写真陸上トレーニングに励む北島


自分らしく、泳ぐ

北島は今年4月の日本選手権で、得意の200メートルで4位に甘んじるなど、精彩を欠いた。一部のマスコミからは、アメリカで練習を続ける北島の選択に、疑問の声も上がっていた。不安の声を封じるためにも、次のレースで結果を出したいと北島は考えていた。
リベンジの舞台は、今年8月に行われたパンパシフィック選手権。感覚を信じて磨き上げた泳ぎ、そして単身渡米という北島の選択の是非が問われるレースとなる。勝負のレースに、北島はひとつのことを決めてプールに飛び込んだ。
それは、レースペースの駆け引きなどをあえてしないこと。持ち味のスタートダッシュを心に決め、世界新記録ペースの勢いで飛ばしに飛ばした。
「自分らしさを失うより、自分らしさを出して終わった方が、記録が出なかったとしても満足できる。」
北島がアメリカで磨いてきた感覚重視の泳ぎは、レース後半も豊かな伸びを見せ、見事に今季世界最高記録を打ち立てた。

写真パンパシフィック選手権で優勝し心境語る北島


プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。

いつまでも子どもの気持ちを忘れちゃいけないんだと思う。運動会にいくあのわくわく感とか、それはどんな舞台でも試合に行く感覚といっしょだから。少しでもひねくれると何でも物事おもしろくなくなってくると思うし。それが今のプロとしての僕の今の生き方だと思うんで

プロ競泳選手 北島康介


The Professional's Skills(プロフェッショナルの技)

北島が戦う平泳ぎは、水の抵抗を最も受ける難しい泳法だ。
その中で、北島の真骨頂とも呼べるのが、水の抵抗を極限まで減らす技だ。
例えば、レース直後の潜水姿勢。肩をすぼめ、独特の流線形を作っている。水の中で感じる抵抗を減らそうと感覚を研ぎ澄ませた結果、自然にたどり着いた姿勢だという。
さらに、最もこだわるのが足のけり方だ。キックの難しさは、強くけろうとひざを曲げるほど、水の抵抗を大きく受け、ブレーキがかかってしまう点にある。そこで北島は、抵抗を最小限にしながら強くける、独特の足の向きを微調整し続けてきた。さらに、水の抵抗を最も強く受ける、ひざが折れ曲がった瞬間を徹底的に短縮。通常の選手の約半分0.06秒にまで短くした。
そして、北島が今なお模索しているのが腕のかき方。「自分のかきが最もいいわけじゃない、そこがおもしろい」と北島は言う。オリンピックを2度制した北島にしてなお、完成形が見えないという、平泳ぎの奥深き世界。北島は最後にこう語った。
「世界トップレベルの競泳は、気合いで何とかなるレベルじゃない。繊細な技術を極め、最も力のある者がレースに勝つ。水泳にまぐれはないからね。」

写真腕のかきのこだわりを話す北島


放送されなかった流儀

目標は絶対に下げない、ぶれない

オリンピックで2種目連覇を果たした北島。大きな舞台で結果を出す秘けつは、「オリンピックで自分が何をするのか、その目標がぶれないこと」だという。
五輪のレース本番が近づけば、金メダルを目標に掲げた選手でも、「とにかくメダルが取れればいいや」と弱気になっていくものだと北島は言う。その中で、自分はオリンピックに何をしに来たのか、何をするべきなのか、その目標を明確にし、決してぶれないことが大切だという。

写真毎朝自ら車を運転して練習に向かう