スマートフォン版へ

メニューを飛ばして本文へ移動する

これまでの放送

スペシャル 2010年10月16日放送

プロローグ プロフェッショナルが帰ってきた


意地と見栄(みえ)

「崖の上のポニョ」から2年、映画監督・宮崎駿は新作に挑んでいた。11月に、三鷹の森ジブリ美術館で公開される「パン種とタマゴ姫」。わずか10分の短編映画でありながら、使用する紙の枚数は2万4千枚にのぼる、スタジオジブリ史上最も濃密なアニメーションだ。しかし、作業量は膨大なものとなり、70歳になろうとする宮崎を圧迫する。それでも宮崎は挑戦をやめようとしない。どうしてもその手でつかみたいと願う、ひとつのテーマがあった。
「21世紀に通用する作品とは何か」。その答えは、線を1本1本描き続けながら、体で見つけるしかない。カットが仕上がり始めたのは8月下旬。最後に、宮崎に、新たな挑戦へと駆り立てるものを問うた。
「・・意地と見栄」。笑いながら、宮崎は立ち去って行った。

写真地位も名声も得てなお、果敢に歩み続ける宮崎


時代を照らす「夢」になれ

日本競馬界最強のトレーナー、藤澤和雄。数々の名馬を育て上げてきた藤澤の、この夏最大の挑戦が、1頭の新馬のデビューだった。
プランスデトワール。伝説と呼ばれた名馬・ディープインパクトを父親にもつこの馬で、藤澤は海外のビックレース制覇を成し遂げたいと考えていた。
7月下旬。デビューに向け、本格的な調教が始まった。速く走らせる訓練を重視する一般の調教と違い、藤澤は、じっくり筋力と心肺能力を鍛える「歩き運動」を徹底させた。
そして、芝のコースで予想以上のタイムをたたき出しても、藤澤は慎重にデビューを見送った。ひとつの特別な思いがあった。
「時代を照らす『夢』になれ」。
ハイセイコー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン。困難な時代にはスターホースが現れ、人々に夢を与えてきた。そんな馬をはぐくむことこそホースマンの使命だ。
そして、8月下旬。ついに藤澤がデビューを決めたレースで、プランスデトワールは1着でゴール。まだ幼いが、大器の片りんを見せた走り。大いなる挑戦は、始まったばかりだ。

写真時代の夢となるスターホース育成に賭ける


逆境こそ、力を蓄えるチャンス

大手半導体メーカーを率いる、経営者・坂本幸雄。8年前、苦境の会社を建て直し、業界の救世主と呼ばれた坂本は、その後、どん底を経験した。2008年、リーマンショックに端を発した世界同時不況で、主力製品の需要が激減。価格は3年前の1/15にまで下落した。資金の調達や事業計画の練り直し。坂本は自らの給料を大幅に返上しながら駆けずり回るも、光明は見えない。その中で、常に胸に抱いていた信念があった。
「逆境こそ、力を蓄えるチャンス」。苦境に立たされたとき、腐ったりやる気をなくすことなく、いかにその中で力をつけられるか。それこそが次のステップに行ける方法だ。坂本は、赤字の中でも、将来大きく成長すると見た分野の技術開発に、予算を割き続けた。リストラは一切しなかった。その後、半導体の価格が上昇に転じた時、坂本が続けてきた技術開発が生かされ、売り上げは一気に好転。今年春には過去最高益を計上した。
逆境を抜け出したとき、自分たちはどうありたいか。その姿を描き続けてきた坂本の、信念が実った瞬間だった。

写真揺るがぬ信念のもと、どん底を乗り越えた坂本


医師としての覚悟

血管外科医・大木隆生。新時代の人工血管「ステンドグラフト」を用い、大動脈瘤(りゅう)治療の世界的権威と言われるスペシャリストだ。
その大木が、この夏、新たな治療法に挑もうとしていた。患者は、弓部大動脈瘤を患う82歳の女性。瘤が、脳に血を送る頸(けい)動脈と絡み合っているため、ステントグラフトを使うと脳への血流が遮断されてしまう。そこで大木はさらにもう一本のステントを組み合わせた手術法を提案した。それは、5年前からシミュレーションを繰り返してきた新しい手術法だった。
しかし8月下旬、大木は激務から重度の肺炎を発症。同僚の医師から入院を強く勧められるが、大木は入院を切り上げ、手術室に立ち続ける決断をする。そこには、ひとつの覚悟があった。
「患者さんの期待を裏切ってまで、60、70、80まで生きる価値は僕にはない」。
そして、迎えた9月半ば。弓部大動脈瘤の難手術に向かうことになった。

写真困難な手術を前に、大木はひとつの決断に迫られる