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第70回 2007年12月4日放送

仕事は体で覚えるな 文化財修理技術者・鈴木 裕


紙の声を聞く

鈴木が専門とする文化財は、書や古文書といった、紙に書かれたもの。
実際に修復作業に入る前、鈴木はまず、文字や絵が描かれた紙にじっくりと向き合い、すみずみまで観察する。
紙を素材とする文化財は、書かれている内容だけが重要なのではない。紙自体にも、それが書かれた当時の慣習や文化がふんだんに含まれている。事前の観察が甘いと、紙に刻まれた情報に気づかず、修復の過程でそれをなくしてしまう恐れがあると鈴木は言う。
そのため鈴木は、作業に入る前に可能な限り子細に紙を観察し、紙が持つさまざまな情報を見極めることを心がける。肉眼だけでなく、顕微鏡やX線検査器などの科学的手法も積極的に導入し、文化財の性質を徹底的に調べ尽くす。
紙が発する声なき声に耳を傾け、その声をそのまま次の世代に伝えることが自分の使命だと、鈴木は信じている。

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習熟するな

修行時代、「仕事は体で覚えろ」と言われ、体に技術を染みこませてきた鈴木。しかし、キャリアを積んでいくうちに、いつしか体で覚えた技術に頼り、頭で考えることなく手先だけで機械的に仕事をしている自分に気付いた。
文化財は、同じような外見であっても、一点一点、作られた時代背景や材質、痛み具合などがまったく異なる。それらの文化財に対し、機械的に惰性で仕事をすることは許されない。どれだけ慣れ親しんだ仕事であっても、決して「習熟」せず、そのつど新たな気持ちで臨み、常に考えながら手を動かすことこそ、いい仕事をするための秘けつだと鈴木は考えるのだ。

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奥の深い“技術”

文化財修理技術者にとって、手先の技術が大事なのはもちろんのこと。しかし、大切なのは単なる修復のスキルだけではない。
はるかな昔から、さまざまな人の思いに支えられて今に伝えられてきた文化財。その背景には、たくさんの文化や歴史がある。それを受け止めることができる知識や気持ちを持った上で腕をふるうことのできる技術、すなわち「奥の深い技術」こそが最も大切なものだと鈴木は考えている。
そんな鈴木にとって、自分の信じる修復の心を、後進の技術者に教え伝えることが現在の大きなテーマである。今回鈴木は、期待の若手にひときわ難しい文化財の修復を任せることにした。文化財とひたむきに向き合うことで、「奥の深い技術」を学び取って欲しいと思ったからだ。果たしてその結果は―。

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プロフェッショナルとは…

毎日同じ慣れた仕事であっても、いつもこう、新鮮な気持ちで向かいあえる、新鮮な気持ちで仕事ができる。そういった人がプロフェッショナルじゃないかなと思います。

鈴木 裕

The Professional’s Tools

刷毛(はけ)

文化財修理技術者が最もよく使う道具の一つである。紙に水や糊(のり)を塗ったり、紙を貼り付ける際に、刷毛を使ってなでつけたりたたいたり、その用途は幅広い。また、工程に合わせて刷毛の種類は全て違い、材質も、たぬきや馬の毛から、植物性のものまで多岐にわたる。

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顕微鏡

紙の文化財の表面を観察する際に用いる。100倍まで拡大して、デジタルカメラのモニターにその画像を映し出すことができる。拡大した紙の繊維の様子を観察することにより、その文化財の材質や製法がわかり、どのような紙を修復に使えばいいかがわかるという。修復作業に入る前の観察を非常に重視する鈴木は、伝統的な道具だけでなく、科学的な道具も積極的に導入し、可能な限りオリジナルの状態に近づける修復を目指している。

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