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これまでの放送

第38回 2007年1月18日放送

心のままに、荒野を行け 漫画家・浦沢直樹


人間は単純じゃない

累計発行部数1億以上。漫画界のスーパースター、浦沢直樹。幅広い支持を集める理由の一つが、浦沢漫画の人物の表情にある。漫画らしいシンプルなタッチでありながら、心の奥の深い感情を表現することにこだわる。「苦しいのか、悲しいのか、悩んでいるのか、どうともとれる表情になれば、いい顔が描けたと思いますね」。時には、浦沢自身が漫画のキャラクターの演技をし、鏡で自分の顔を確認しながら、ペンを入れることもある。

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戦う相手は 自分

連載漫画2本、月に5回の締め切りという過密スケジュールをこなす浦沢。その仕事は、デビュー当時から編集者としてともに作品を作ってきた長崎尚志との打ち合わせから始まる。浦沢漫画のユニークなストーリーは、二人があらすじを独自に考え、それをぶつけ合う中から生み出される。ストーリーが決まれば、今度は「ネーム」と呼ばれる作業に取りかかる。ページをコマ割りし、大まかな絵とセリフを描き込む。漫画家の創造性が最も問われる作業だ。ネームを描き終わった時、浦沢には大泣きしたか、激しく嘔(おう)吐した後のような疲労感が残る。その感覚が強ければ強いほど、良い物ができるという。浦沢にとって最も厳しい読者は、自分自身だ。常に厳しく自己批評しながら、納得するものができあがるまで、もがき続ける。

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すべては漫画のために

「ネーム」が完成すると、すぐに長崎にFAXし、最後の打ち合わせを行う。それが終われば、背景を描くアシスタントとともに原稿を仕上げていく。締め切りまで、残りわずか。時間がない中でも、浦沢はキャラクターの細かい動作、微妙なたたずまいの違いまで、徹底的にこだわる。だが、そうして完成した原稿も、時には描き直すこともある。締め切りまで残り30時間を切ったある日、長崎から原稿の修正を求める電話が入った。長崎の意見に納得した浦沢は、すでに完成していたページの修正を受け入れた。20年以上、漫画界のトップを走り続けてきたにも関わらず、浦沢は驚くほど人の意見に耳を傾ける。「自分の力の100%を出しただけでは、満足できない。自分もびっくりするようなものを作りたい。そのために、みんな力を貸してくれって思いますね」。

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心のままに行け

浦沢には、「生きる指針」とも言える人物が二人いる。手塚治虫とボブ・ディラン。中学時代、手塚の「火の鳥」を読んだ浦沢は、漫画表現の無限の可能性に衝撃を受けた。浦沢にとって手塚は、その高みを目指し歩み続ける山の頂上のような存在だ。また、ロック少年だった浦沢は、観客のブーイングを浴びながらも、ロックを歌い続けたディランの生きざまに、あこがれた。今、大ヒット漫画「20世紀少年」の最終章に挑む浦沢は、読者の熱烈な期待にどう応えるか、深い苦悩の中にいる。自分が目指すものと、読者から求められるもの。浦沢は常にそのはざまに立たされながら、漫画を描き続けている。

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プロフェッショナルとは…

締め切りがあること。そして、その締め切りまでに最善の努力をする人のことじゃないかしら。

浦沢直樹

The Professional’s Tools

丸ペン

浦沢はこの一本のペンで、ほぼすべての線を描く。細い線を描くための丸ペンと呼ばれるものだが、浦沢は力の入れ加減、角度のつけ方で、線の太さ、濃さを自在に操ることができる。ペン軸は、24年前のデビューの時から、同じ物を使い続けている。使い込まれ、変色しているが、手になじんだ重さ、太さは、他に変えられないという。
ペンを入れる際、浦沢はごくまれに、「漫画の神様が右手に降りてきている」という感覚になることがある。そんな時は、脳の中に浮かんだイメージを、即座に紙の上に表現することができる。「確信を持った一本の線だけで表現することが、漫画表現として『かっこいい』ものなんです」と浦沢は言う。

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