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これまでの放送

第16回 2006年5月25日放送

藤の老木に命を教わる 樹木医・塚本こなみ


樹木の声を聞く

 人間の患者と違って、樹木は、痛いとか苦しいなどの症状を言わない。塚本は、言葉のコミュニケーションが一切とれない相手である樹木をとにかく見つめる。幹や葉、そして、生え際の根張(ねばり)など。声に出さずとも、樹木はかならず何らかの形であるサインを発信していると塚本は言う。その病気の予兆を見つけ、迅速に治療を行う。

写真朝一番に行う園内の見回り。一本一本、樹木の様子をていねいに見る


木の立場で考える

 埼玉県行田市にある満願寺から、樹齢1000年のモッコクの治療を依頼された塚本。しかし、その老木の根は、車や人に踏み固められた土のなかで弱った結果、そのほとんどが、細菌で侵され腐ってしまっていた。境内の他の木への伝染が心配されるだけでなく、倒木の危険もあるモッコク。塚本は治療を断念し、「伐採」を決めた。困難な決断を下すときの塚本の流儀が、「木の立場で考える」。自分がこのモッコクだったら、きっと延命治療は望まない。伝染や倒木の危険を抱えて、困難な治療をされるよりは、伐採を運命として受け入れると考えた塚本。伐採を決断した。

写真塚本が伐採を決断した樹齢1000年のモッコク


家族も仕事も

 家では、造園家である夫の妻であり、3人の子供の母であり、さらには、孫もいるおばあちゃんでもある塚本。樹木医になりたての40代、仕事が忙しくなったころに、夫に一度だけどなられたことがある。仕事で帰りが遅くなり、家事が怠りがちになった妻に、夫がキレた。「そんなに仕事が好きだったら、この家を出て行け。」。塚本は言い返した。「樹木の世界に誘い、その仕事の楽しさを教えてくれたのはあなただ。もう私は樹木の仕事の奥深さと充実感を知ってしまった。だから、仕事はやめない。もちろん離婚もしない。」
 家族も仕事もとると決めた塚本は、それ以来、「家で仕事の愚痴を言わない。疲れた姿は見せない。」ことを心に決めた。家族は塚本の覚悟に次第におれていった。

写真子育て中の塚本と3人の子供たち


悩みの先にしか、答えはない

 あしかがフラワーパーク名物の500畳分の大藤。塚本が移植してから今年で10年がたった。この10年、大藤はもちろん、園内290本の藤の育成・管理を続け、毎年、満開の花を咲かせてきた。自然相手に条件の変わるなかで、毎年ふりかかるさまざまな問題を、その時その時に、悩みながら解決してきた。ひとつの問題が分かると、またもうひとつ、別の分からない問題にぶつかる。だからこそやりがいがある。一生究められないかもしれないけれど、いつか究めてみたいと塚本は言う。

写真咲かない白藤の前にして悩む塚本と藤担当の高橋


プロフェッショナルとは…

一生この道を究めてみたいと思い続ける人。ここまで行っても、ここまで行っても、ここまで行っても、究めきれない道なんですけど・・・、でも、究めてみたい。

塚本こなみ

The Professional’s Tools

木槌(きづち)

外側からは分からない木の調子を見るときに塚本が使うのがこの木槌。木をたたいて出る音から木の内部の様子を探る。まず健康な部分の音を聞く。その音との微妙な違いから、木の内部の様子が分かる。例えばボソボソという低い音は湿気があり腐みが進んでいる音。カンカンという高い音は中が空洞化や乾燥している音。音だけで、相当なことが分かると塚本は言う。

写真


オリジナルの塗布剤

竹炭と石英班岩をまぜて泥状にした塚本オリジナルの藤用の塗布剤。腐った部分を削った後、健全な部分を雨や風から守る被膜をつくるために塗る。古墳や史跡などから出てきた木簡が墨で文字を書いた部分とその周辺が腐らずに残っていたというニュースからヒントを得て、このオリジナルの塗布剤を思いついた。先入観を持たずに、ちょっとした思いつきでも、なんでも試してみるの塚本の信条である。

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手

塚本にとって一番大事な道具は実は「手」。木が病気や傷ついた部分を見つけると思わず手がいってしまうと笑う。母親が、赤ん坊の熱くなったおでこや痛がるおなかに手を当てさするのと同じように、樹木医・塚本は木に手を当てる。木に触り、木の様子をまずみる。

写真