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これまでの放送

第8回 2006年3月7日放送

不安の中に成功がある 左官・挾土秀平


「職人は臆病(おくびょう)であれ」

 挾土は、自他共に認める「臆病者」。風船を見ただけで、割れるんじゃないかとドキドキするという。そんな挾土は、現場でも臆病に徹する。何度も材料を作り直し、試す。自分自身に問いかけるように「大丈夫か」とぼやく。そのウラには、自信過剰になれば必ず落とし穴に落ちる、という強い思いがある。常に不安を抱えることで、感覚が研ぎ澄まされ、良い仕事が出来る、と挾土は語る。

写真職人たちにも「臆病になれ」と声をかける


「挾土流カラオケ術」

 仕事に一区切りがつくと、必ず行う「儀式」がある。カラオケだ。地元高山のノド自慢たちが集うパブ。挾土はそこで、腹の底から、くたびれるまで歌う。仕事でのストレスやつらかったことはもちろん、「良かった思い」まで歌で洗い流してリセットする。余計な自信や浮ついた気持ちを、次の現場に持ち込まないようにするためだ。

写真必ず歌うのは、矢沢永吉。歌声は、プロ級だ


「追い込まれた、逃げてみる」

 静岡・熱海の現場。大邸宅のメインの壁の仕上げを失敗した。工期が迫り、また挾土自身、次の現場を控えていた。2度目の挑戦となるその日中に仕上げなければならなかった。日没が近づき、職人たちは一刻も早く仕上げたいと焦りを募らせていた。その時、慌ただしく作業を進める職人たちから逃げるように、挾土が姿を消した。 挾土は現場を離れ、一服していた。いわく「焦って仕事をすれば、必ず失敗する」。どんなに追い込まれても、間をとり、冷静さを失わない。「落ち着いて、臆病になれ」、挾土の徹底した流儀だ。

写真ひとり、ぼんやりと壁を見つめながらシュミレーションを行う


「職人として」

 挾土は、自分が納得いかないものは、絶対に引き渡さない。
施主が気にしない、わずかなミスも決して妥協せず、やり直す。
「時間がない中で、60%の出来で逃げた方が良いのか。引き渡しの期限が延びて、施主が怒っても100%のことを最後までやった方が良いのか。それは後者に決まっている。恨まれても、あとで喜ばれる」
挾土の、職人として譲れない信念だ。

写真環境に大きな影響を受けやすい土壁。完璧を求め、何度でもやり直す


プロフェッショナルとは…

新しいことに挑戦して、そこですごい不安な気持ちでみんながピリピリしているムード。そのムードのことを僕はプロフェッショナルと言いたいです。そういうことに挑戦してピリピリしている、殺気だっているムードのことをプロフェッショナルだなと思いますね。

挾土秀平

The Professional’s Tools

天然の土を使った壁

挾土は、天然の土を使い、壁を仕上げる数少ない左官。地元高山の山という山を回り、地権者に頭を下げては、材料となる土を集めてくる。手間を惜しまず、自然にこだわる挾土は、「土のソムリエ」と呼ばれる。

写真
写真挾土の土壁のサンプル。月は、黄色い土を磨き上げ作った


「勝負服」のトレーナー

挾土の「ゲン担ぎ」ともいえるグレーのトレーナー。もともとは長袖だったが、十数年のうちに使い古し、短くなった。いたるところにほころびが目立つようになったが、捨てられない。
「僕がここまで来るのに、すごく苦しいこともたくさんありました。そういう中で、良い仕事も悪い仕事も全部、このボロボロのトレーナーは知っているんですよ。本当に涙と汗のしみ込んだ勝負服。これを着ていれば、俺はやれる、とそんな気分にさせてくれる大事な仕事道具」。

写真スタジオでは、勝負服を着て土壁塗りを披露