本が法治国家でない
こと示している」辞任の意向

「産業革新投資機構」の田中正明社長は記者会見し、社長を含む9人の取締役が辞任する意向を表明するとともに経済産業省の対応を厳しく非難しました。

産業革新投資機構の田中社長は午後1時から都内で記者会見し、みずからと、取締役会議長で「コマツ」の坂根正弘相談役ら、民間から就任した合わせて9人の取締役が辞任する意向であることを明らかにしました。

田中社長は辞任の理由について、「わたしたちはわが国の産業金融を強化するために集まった。しかし、経産省の姿勢の変化で私どもが共感した目的を達成することが実務的に困難になった」と述べました。

田中社長は役員報酬が高額だとして、経済産業省が機構側といったん合意した内容を撤回したことについて「私たちは誰一人、お金のためにやっていない。国の将来のためにわれわれが身につけた金融や投資の知見を差し出した。仮に当初、提示された金額が1円だったとしても引き受けた」と述べました。

そのうえで田中社長は「『日本国政府の高官が書面で約束した契約を後日、一方的に破棄し、さらに取締役会の議決を恣意的(しいてき)に無視する』という行為は日本が法治国家でないことを示している」と述べて、経済産業省の対応を厳しく非難しました。

また、自身の責任について、「私の責任は大変感じている。取締役は皆、大変な仕事をしている中で、それを辞めて、志のもとに集まっていただいた。そうしたことを主導した責任は重い。残務処理をしっかりしたうえで去って行く」と述べました。

「産業革新投資機構」は、第1号の案件として、最先端のバイオ医薬品などを開発するベンチャー企業に投資するファンドをアメリカで設立することを決めていましたが、これについて、田中社長は「このファンドは清算する」と述べました。

田中社長らとともに辞任する産業革新投資機構の坂根正弘取締役会議長は、辞任の理由について、「信頼関係が修復困難な状況の中で、今後、取締役会議長としてガバナンスを遂行することに確信がもてなくなった」とするコメントを発表しました。

また、アメリカでの設立を決めた第1号ファンドが清算される見通しになったことを挙げて、「人材確保と意思決定スピードが勝負を決める米国社会で成功を期待することは難しく、私が失望したのは、この点にある」としています。

ことし9月に発足した産業革新投資機構は2兆円規模の資金を持ちベンチャー企業の育成などが期待されていましたが、役員報酬などをめぐって経済産業省との関係が悪化し、発足からわずか2か月半で経営陣のほとんどが辞任を表明する異例の展開となりました。

産業革新投資機構とは

「産業革新投資機構」は、ことし9月に発足した、2兆円規模の国が主導する官民ファンドです。

9年前にベンチャー企業などへの投資を目的に設立された「産業革新機構」の機能を強化し、AIやIoTといった最新技術への投資や、「ユニコーン」と呼ばれる有望なベンチャーの育成などを強化する目的で設立されました。

これまでの産業革新機構は子会社となり、「INCJ」と社名を変更するとともにすでに決定している投資は予定どおり行うものの、来年4月以降は新規の投資は原則、行わずこれまでの「投資の回収」や、「追加投資」が主な業務になりました。

当面の運営は

産業革新投資機構では11人の取締役を置いていますがこのうち、民間から就任した9人が辞任する意向を表明しました。

9人が一斉に辞任すると産業革新投資機構の取締役は2人になってしまいますが、会社法では、取締役会を設置する会社の取締役の人数は3人以上と定めています。

この要件を満たすためには一部の取締役が、当面、辞任を先送りする、辞任したうえで、取締役としての権利義務を引き続き負う、または、代役を選ぶ、のいずれかの対応が必要になります。

ただ、いずれは9人が辞任することになり、経済産業省と産業革新投資機構は、新たに経営体制を担う取締役の人選を迫られます。

また、今回の事態を受けて、産業革新投資機構は、経営体制が整うまでは、新規の投資業務は事実上、困難となり、当面、官民ファンドとしての役割が停滞するおそれも出てきています。

官民ファンドと問題点

「官民ファンド」は、政府と民間が共同で資金を出し合い、民間だけでは難しい収益が上がるまで時間がかかる事業に投資します。

ことし9月末の時点で、合わせて15の官民ファンドがあり、投資や融資の金額は、合わせて1兆8600億円に上ります。

日本が強みを持つアニメなどの事業の海外展開を支援する「クールジャパン機構」や、交通インフラの輸出を促進するため、海外の高速鉄道事業などに投資する「海外交通・都市開発事業支援機構」などがあります。

このほか、もともとはベンチャー企業の育成などを目的とした「産業革新機構」は経営の立て直しを進めていた液晶パネルメーカーの「ジャパンディスプレイ」などにも出資をしました。

これに対して「民業圧迫につながっている」、「経営不振企業の救済に使われている」などの批判が根強いほか、損失を出すファンドもあるなど、問題点が指摘されていました。

こうした中、産業革新投資機構は、政府がことし9月にベンチャー企業の育成などを目的として設立したばかりでした。

対立の経緯

役員報酬について、経済産業省は田中社長が就任する前のことし9月下旬に4人の役員に、最大1億円を超える報酬を支払う案を提示し、その後、機構は取締役会でこの案を決定しました。

しかし、経済産業省によりますと、この案は事務レベルの提案で、世耕大臣を含めて改めて議論した結果、民間ファンドのようにみずから運用資金を集める必要がないことを考慮すると報酬が高すぎるという結論になったということです。

このため、経済産業省は機構に、役員報酬を白紙に戻すよう求め、先月から協議をしていました。

しかし機構は当初の案を認めるよう主張したのに対し、経済産業省は今月3日にこれを認めないことを決めて公表し、対立は決定的になりました。

こうした中、この問題にけじめをつけるとして、世耕大臣は嶋田事務次官を厳重注意処分とするほか、みずからも給与を1か月分、自主返納することを発表しています。

一方、投資の手法にも対立が生じました。

経済産業省は、個別の投資判断は機構に任せるとした一方で、官民ファンドである以上、「白紙委任はできない」として、情報の開示を求めました。

しかし、機構は迅速な判断が難しくなるとして、ファンドの傘下に国の認可が必要ないファンドを新たに作る方針を示し、対立が深まっていました。

「官民ファンドが何をするべきか線引きを」

産業革新投資機構の田中社長らが辞任の意向を表明したことについて、航空会社スカイマークの支援などを手がける民間の投資ファンド、「インテグラル」の佐山展生代表取締役は、「国が一度出した条件を変えたのだから辞任は当然ではないか」として田中社長らの対応に理解を示しました。

また、辞意の要因となった役員報酬について、「基礎の報酬は低くても投資がうまくいった時には1億円とはケタが違うような報酬を得られるようでなければ優秀な人材は来てくれない」と述べ、民間のファンドの場合、高額の成功報酬が一般的だと指摘しました。

そのうえで、「一生懸命、投資資金を集め、自分も投資して利益を出すのが民間の投資ファンドであり、そうではない官民ファンドのひずみが出たのではないか」と述べました。

さらに、官民ファンドの在り方について「多額の資金が必要なインフラへの投資や、リターンがあまり見込めない案件でも国民に必要な投資は国がやるべきだが、民間がやれることは民間がやるべきだ。官民ファンドが何をするべきか線引きを改めて検討すべきだ」と述べ、役割を改めて考え直すべきだという認識を示しました。