岸田首相襲撃 警察庁 “主催者側と綿密な協議行われず侵入”

ことし4月、和歌山市で選挙の応援に訪れていた岸田総理大臣の近くに爆発物が投げ込まれた事件で、警察庁は、当時の警護について分析・評価した報告書をまとめました。
警察と応援演説の主催者側との間で綿密な協議が行われず、警護計画に実効的な安全対策が盛り込まれなかったことで事件の発生を許したと結論づけ、主催者側への働きかけなど、隙のない警護・警備に向けた対応を見直すとしています。
“警察と主催者側の連携が十分でなかった”
警察庁が公表した報告書によりますと、和歌山県警が政党関係者や地元の漁協など応援演説の主催者側と事前の打ち合わせを行った際、主催者側から「会場内の聴衆は漁協の関係者に限られる」という説明があり、このことが「警護上の重要な前提」になったということです。
入り口で漁協のスタッフが訪れた人の顔を見て、部外者がいないか識別することになっていましたが、当日、容疑者が聴衆エリアに入り込んだ際、警護にあたる警察官や漁協スタッフはいずれも気づかず、チェックが不十分だったとしています。
その後、聴衆エリアでは、多くの人がスマートフォンを取り出して総理大臣を撮影するなどしていて、これに紛れて襲撃の準備をする容疑者に、周囲で気づいた人はいませんでした。
このため報告書では、爆発物を隠し持っていた容疑者を聴衆エリアに侵入させないための確実な措置を講じる必要があったにもかかわらず、主催者側と綿密な協議が行われず、警護計画に実効的な安全対策が盛り込まれなかったことで、事件の発生を許したと結論づけています。
また、危険物の持ち込みを完全に防ぐためには、聴衆エリアに入ったすべての人に対し、手荷物の開披検査や金属探知機による検査が必要だったとしています。
こうした教訓を踏まえ、警察庁は、隙のない警護・警備に向け、警護計画を作成する準備段階からの対応を見直すとしています。
また今回、県警が入場を管理する受付の設置や、金属探知機による検査などを要請しながら、「聴衆が漁協関係者に限られる」という前提を理由に実施されなかったことなどを受け、資機材の導入など必要な項目を明確にして主催者側に働きかけ、こうした手続きの過程を記録化するとしています。
さらに、警護対象が参加する演説会場は金属探知機の検査などが行いやすい屋内を優先するほか、警護の現場に職務質問にたけた警察官を新たに配置し、不審人物などの早期発見につなげたいとしています。
報告書の全般を通じて、あらゆる危険性を完全に排除し、万全な警護に臨みたい警察と、警護・警備を最小限にして有権者との距離の近さを優先したい主催者側の連携が十分でなかったとする分析・評価となっていて、今後は双方が協議を尽くし、安全を確保できるかが課題となります。
露木長官「安倍元首相銃撃事件から1年足らず 重く受け止める」

警察庁の露木康浩長官は6月1日の記者会見で、去年の安倍元総理大臣の銃撃事件を受け、要人警護の運用を抜本的に見直したことを踏まえ、「わずか1年足らずのうちに、今回の事件が発生してしまったことを重く受け止めている。そういう思いの中で報告書の取りまとめに至った」と述べました。
そのうえで、今後、応援演説の主催者などと連携を強化し、適切な会場を選定してもらうなどして、安全対策の実効性を確保するとともに、聴衆の安全確保も図っていく考えを示しました。
「警護計画」の作成まで
【4月6日】
応援演説が行われる9日前の4月6日、自民党和歌山県連から和歌山県警に対し、「岸田総理大臣が15日に和歌山県を訪れる」という連絡が入り、翌日には、演説予定の場所として、雑賀崎漁港とJR和歌山駅前が伝えられたということです。
このうち、事件現場となった雑賀崎漁港について、県警は海に囲まれ、ドローンなどへの警戒は必要になるものの、警護には適していると判断し、変更の提案などはしませんでした。
【4月12日】
4月12日、県警は、県連や漁協など主催者側と合同で会場の下見を行い、主催者側から、参加する聴衆は関係者に限り、広く参加を呼びかけないという説明を受けました。
一方、県警は演説場所から聴衆エリアの最前列までは、10メートル以上の距離を確保するよう要請しましたが、主催者側は「総理大臣からの距離が離れすぎる」などとして難色を示したということです。
協議の結果、青いリボンをつけた漁協スタッフが入場者が漁協関係者だと識別することとし、総理大臣と聴衆エリアの最前列までおよそ5メートルとすることで合意したということです。
県警は、こうした協議内容を盛り込んだ「警護計画」の案を作成し、警察庁に報告しました。
報告を受けた警察庁は、総理大臣に近い聴衆エリアの前方には漁協関係者を配置することや、関係者以外の侵入防止を指示したものの、漁協関係者の識別方法や、不審者を発見した場合の通報手順などの具体的な内容までは確認しませんでした。
【4月13日】
警察庁の審査を経て2日前の4月13日、警護計画は県警本部長の決裁を受けました。
【4月14日】
前日の4月14日、演説会に参加する候補者のSNSで、岸田総理大臣が雑賀崎漁港を訪れることが投稿されたものの、当日の新聞広告では、JR和歌山駅の街頭演説のみが告知されていたため、県警は「聴衆は漁協関係者に限る」という前提に変更はないと判断し、警戒レベルを引き上げることはしませんでした。
事件当日の動き(4月15日)
県警は、本部長をトップとする警護本部を設置し、現場の映像をリアルタイムで伝送する装置などを活用して、現場の状況を把握していました。
午前9時50分以降、会場周辺では、警護にあたる多くの警察官が配置され、指揮をとる幹部警察官が、聴衆の手元や視線を観察し、ペットボトルやビンなどを持っている人を発見した場合は所持の目的を確認するよう指示していたほか、警察犬による不審物の捜索なども行われました。
漁協関係者がカラーコーンなどを設置して聴衆エリアを設け、出入り口には、青色のリボンをつけた漁協スタッフが立ち、訪れた人たちと挨拶を交わすなどしていました。
付近の警察官はその様子を見て、漁協スタッフが訪れる人の顔を確認し、漁協関係者かどうかの識別を行っていると判断していたということです。
午前11時17分ごろ、岸田総理大臣が会場に到着し、生けす付近で海産物の試食を行い、到着からおよそ9分後に、演説場所に着きました。
一方、容疑者は、総理大臣が到着した1分後の午前11時18分ごろに到着し、聴衆エリアの外にある建物の近くで少し立ち止まったあと、ほかの聴衆に続いてエリア内に侵入しました。
この際、警察官や漁協スタッフは、漁協関係者以外の人物が侵入したことに気がつかなかったということです。
容疑者は、総理大臣から10メートルほど離れた場所に立ち、午前11時27分ごろ、数秒間、手元に視線を落としたあと、右手で筒状の爆発物を投げ込みました。
このとき総理大臣は、演説場所近くで候補者とことばを交わすなどしていましたが、近くで警護していた警察官が、何かが投げ込まれたことに気付き、落下した物が煙や火花を出しているように見えたことから危険だと判断し、防護用のカバンと足で払いのけました。
警察官は「退避」と叫んで、ほかの警察官とともに総理大臣を取り囲みながら、離れた場所に避難させました。
投かんからおよそ50秒後。
総理大臣が車に乗り込もうとしていた最中に爆発が起きました。
爆発物の投かん後の警察の対応について、報告書では、総理大臣の安全確保のため、迅速かつ的確な行動だったほか、警察官が払いのけた爆発物が聴衆側にやや近づく結果となったものの、とっさの判断としてやむを得なかったとしています。
そのうえで、ひとたび容疑者が聴衆エリアに侵入すれば、爆発物の投かんを阻止することは困難で、投かん後に爆発物を無力化する時間的余裕はないとして、事件を防げなかった大きな要因は、容疑者の聴衆エリアへの侵入を許したことだと分析しています。
官房長官「主催者と警察の緊密な連携のもとでの警護必要」
松野官房長官は午後の記者会見で、「今後、警護対象者が参加する講演や演説会などは、主催者と警察の緊密な連携のもと、警護が実施される必要がある。安全確保と開かれた選挙のバランスについても、主催者と警察が相互に連携しつつ図っていくと認識している」と述べました。