異例づくし
被害者救済新法の神経戦

旧統一教会の問題を受けた、被害者救済を図るための新たな法律が成立した。
臨時国会の最終日となった12月10日、土曜日の審議・採決という異例の対応だった。

旧統一教会の問題がクローズアップされるきっかけとなった、安倍晋三・元総理大臣の暗殺事件から5か月。「通常なら1年はかかる内容だ」と指摘されていた新法が短期間で成立し、被害者からは「奇跡に近い」と喜びの声も聞かれた。

与野党が異例づくしの歩み寄りを行った結果だったが、舞台裏では、ギリギリの神経戦が繰り広げられていた。
(山本雄太郎、鹿野耕平、桜田拓弥)

最大の焦点は“マインドコントロール”

新法の構想は、旧統一教会に多額の寄付を繰り返した信者やその家族が窮地に追い込まれている実態が次々と明らかになるなかで、浮上した。

旧統一教会の看板

最大の焦点となったのは、教団側からいわゆる“マインドコントロール”を受けて、信者が自発的・積極的に寄付を行うケースをどのように規制するかだった。

「法律の条文で明確に禁止すべきだ」とする野党側と、「信教の自由や財産権など、憲法で保障された権利との関係から慎重な対応が必要だ」とする与党側。

通常であれば、国会で多数を占める与党側の意向に沿った形で対応が進むのだが、今回は、法案とは直接関係のない要因がいくつも重なったことで、異例の展開をたどることになった。

「新法は来年の通常国会以降」

10月3日に召集された第210臨時国会。
開会前から「“旧統一教会問題国会”になる」と指摘されていた。

政府・与党は、被害者救済対策として、霊感商法への規制を強化する消費者契約法の改正の実現を目指すこととし、悪質な寄付を規制する新たな法律については、来年の通常国会以降に整備する意向だった。

独自法案を提出する立憲民主党と日本維新の会

これに対し、野党第1党の立憲民主党は、同第2党の日本維新の会と共同で、10月17日に、独自の法案を国会に提出。
「政府・与党の対応が遅れている」と印象づけ、世論の後押しを狙う戦略だったが、成立への具体的な見通しを立てられていたわけではなかった。

「今国会中の法案の成立を期す」

しかし、法案を提出した10月17日の夜に飛び出した自民党幹部の失言をきっかけに、事態が動き出すことになる。

失言の主は、参議院議院運営委員長の石井準一。
この日から始まった衆議院予算委員会での質疑を評して、記者団に「野党がだらしない」と発言したのだ。

石井純一参議院議員

野党側はこの発言に一斉に反発し、立憲民主党・日本維新の会両党は、自民党に対し、国会審議に応じる条件として、悪質な寄付被害を救済するための与野党協議の場を設けることを迫った。

国会はまだ前半戦だったが、政府・与党が組んでいた国会スケジュールに余裕がなく、自分たちの要求に応じざるを得ないと見越しての要求だった。

実際、自民党はこれを受け入れ、公明党も加えた4党による実務者協議会が設置された。

強気の交渉を行った立憲民主党の国会対策委員長・安住淳は、協議会の目的として「今国会中の法案の成立を期す」との確認文書も、与党側に飲ませた。

特定の政策実現を目的にした与野党協議は、過去にも例は多くない。
与野党4党の実務者による異例の協議は、野党が主導する形でスタートした。

追い込まれる与党

10月21日から始まった協議会は、12月10日の国会会期末までの法案成立に向けて、週に2回というハイペースで進められた。

しかし、当初の与党側の本音は、法案の成立ではなかった。
野党の法案について「粗すぎて使いものにならない」と見ており、野党案をあきらめてもらうための協議会だと位置づけた。

このため実際の協議では、「野党側の法案は、信教の自由や財産権に抵触する恐れがある」などと問題点を指摘するとともに、「マインドコントロールを法律で定義するのは困難だ」という主張を繰り返した。

安住氏

これに野党側は「議論を引き延ばしている。救済に後ろ向きだ」と猛反発。
安住も「まとめるつもりがあるなら、対案を出してほしい」などと記者団に語り、協議が進展しないのは与党側に問題があると繰り返し強調した。

こうした状況が連日報じられるなかで、次第に世論の批判は与党側へと向かっていった。

方針転換

当時、岸田政権は、山際・前経済再生担当大臣が、教団との関係などをめぐって辞任し、内閣支持率の下落に歯止めがかからない状況に陥っていた。

実務者協議の開催によって、新法への関心が高まる中、政権内には「対応を一歩間違えたら、政権が持たなくなる」という危機感が広がった。

岸田首相

11月8日。
悪質な献金などの被害者救済の新規立法について、政府としては、今国会を視野に、できるかぎり早く、法案を国会に提出すべく最大限の努力をする

総理大臣の岸田は、新法に関して、それまでから大きく踏み込んだ発言を行った。
事実上の方針転換だった。

野党の協力が不可欠

国会の会期末まで、残り1か月。

政府の法案提出までには、まだ時間がかかる見通しだった。
そして、その後の国会審議でも、法案の内容から考えれば、相当な審議時間が必要になると見込まれ、とても会期内に成立が図れる状況ではなかった。

一方で、年末は、来年度予算案の編成など重要な課題が控えているうえ、野党による一部の閣僚の追及も続いていて、政権としては、会期の延長は避けたいという事情もあった。

これらの課題をクリアするには、野党側から事前に法案への賛同を得て、短時間での国会審議に協力してもらうしかない。

自民党は、野党ペースで進んでいた実務者協議会から、舞台を変えることで、野党側との協議を少しでも優位に進めることを目指した。

「タフ・ネゴシエーター」

岸田の方針転換以降、自民党は、幹事長の茂木敏充が前面に出て、野党側との交渉を行うことになった。
岸田から全権を与えられた茂木は、思い切った手を次々と打っていった。

茂木氏

岸田が方針転換を表明した翌日の11月9日。

茂木は、立憲民主党、日本維新の会、共産党、国民民主党の幹事長らと個別に会談し、新たな法案について、国会提出前に政府案の「概要」を示す方針や、野党側からの要望も可能なかぎり反映させる考えを伝えた。

政府提出法案で、野党側がここまで深く策定に関与するのは極めて異例で、自民党内からもいぶかる声が出されたが、茂木は、一向に意に介さなかった。

経済再生担当大臣時代に、日米貿易交渉のとりまとめに携わるなど、「タフ・ネゴシエーター(=手ごわい交渉相手)」と称されることもある茂木は、野党側の要望に対し、できないことは「できない」とはっきり伝える一方、受け入れられると判断した要望については、政府や公明党を説得して、野党の予想を上回る譲歩案を示してみせた。

“マインドコントロール”も譲歩

マインドコントロールによる寄付の規制をめぐっては、法律で禁止することは難しいとの姿勢を貫く一方、寄付を勧誘する法人側に「自由な意思を抑圧し、適切な判断をすることが困難な状況に陥ることがないようにする」という「配慮義務」を課す修正案を提示。

さらにその後、義務を怠った場合に、法人名を公表するなどの行政処分を行うとした再修正案も示した。

野党側は「配慮義務」では不十分だとしながらも、「マインドコントロールを法律で定義するのは困難だ」としていた当初の姿勢からは大きな譲歩だと受け止めた。

結果、政府の法案は、11月18日に「概要」が示されたあと、2回の修正を経て国会に提出され、その後も、茂木は、野党の求めを踏まえて、さらに2回、修正に応じた。

切り崩し

茂木は、単に譲歩を繰り返しただけではなく、譲歩を飲ませるための手も打った。
野党の分断だ。

茂木は、野党ペースで進んだ4党実務者協議会の「失敗」の一因が、立憲民主党と日本維新の会の連携にあると見て、切り崩しを目指し、日本維新の会に水面下での働きかけを続けた。

藤田氏・遠藤氏・松井氏

幹事長の藤田文武や、国会対策委員長の遠藤敬と連絡をとりあって、直接、修正の要望を聞き取り、優先的に対応するとともに、立憲民主党の出方を探った。

11月24日には、前代表として党内に大きな影響力を保っている大阪市長の松井一郎と面会し、2025年の大阪・関西万博の成功に向けた支援を依頼されたのに対し、法案の成立に向けた協力を要請した。

“十分に”で賛成へ

茂木の分断工作もあり、立憲民主党は、終盤、難しい判断を迫られることになった。

茂木と水面下での交渉を続けた幹事長の岡田克也。

岡田氏

日本維新の会との連携と交渉力を維持するため、茂木への修正要望は、常に藤田との連名で行うことを徹底した。
しかし、法案への賛成に傾いていった日本維新の会と、「修正内容はまだ不十分だ」という意見が大勢だった党内との温度差は、徐々に広がっていった。

教団の被害者や支援する弁護団へのヒアリングをもとに、与党側に修正を求めてきた立憲民主党にとって、被害者らが納得しない法案に賛成するわけにはいかない。
一方で、具体的な成果があがっていた日本維新の会との連携を維持していくためには、今国会の最重要法案で、賛否が分かれるのは避けたい。

衆議院での法案審議が始まった12月6日、「もうこれ以上の修正は無理だ」と言っていた茂木に対し、岡田は、藤田の名前も借りて、最後の修正を求めた。

「配慮義務」規定にある「配慮」という文言を「十分に配慮」に変更して欲しいという要望だった。

茂木からすれば、大勢に影響はない修正だったが、法案への賛成と、残り4日となっていた会期内成立への協力を約束することを条件にし、岡田もこれを受け入れた。

茂木と岡田の間を取り持ったのは、藤田だった。

国会審議は5日間

岡田のギリギリの判断に、党内からは表だった批判は出なかった。

背景には、教団の被害者らから、ここまでこぎつけたことに対する謝意が示されたこと、そして、法案に反対してしまうと、当初新法の制定に後ろ向きだった政府与党を突き動かしてきたという実績が十分アピールできなくなるという危機感などがあったとみられる。

法律成立の瞬間の参院

こうして、新法は、立憲民主党・日本維新の会両党と、国民民主党も国会での審議に協力し、衆議院と参議院あわせて、わずか5日間の審議で成立した。

安住は、国会審議に先立って、10月下旬から始まった4党の実務者協議会で議論を重ねて来たことも考慮しての協力だったと強調した。

共産党とれいわ新選組は、新法の内容は不十分で、国会でもっと審議を尽くすべきだなどとして、採決で反対にまわった。

“奇跡”の新法

小川さゆりさん

与野党で新法をつくることは奇跡に近い。今後も被害者のことを忘れないでほしい

与野党双方のヒアリングに応じ、新法の早期成立を求めてきた、元2世信者の小川さゆりさん(仮名)は、会見で、涙を流して、喜びを語った。

しかし、新法の実効性を少しでも高めようと与野党に働きかけを続けた被害者や弁護団にとっても、新法への「歓迎」の表明はギリギリの判断だったに違いない。

立法府のあり方に一石

異例づくしの経緯で成立した救済新法。

長年、法案の作成に関わってきた衆議院法制局元参事の吉田利宏は、一連のプロセスを評価する。

吉田氏

野党が加わったことで、結果としてより多くの国民の意見を吸い上げる形ができ、法律の実効性も高まった。国民に見える形で議論し、論点は何かということを提示しながら与野党が歩み寄っていくということは、理想的な立法府のあり方ではないか

今回の異例の対応は、国会や法案審議のあり方にも一石を投じた。
(文中敬称略)

政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。初任地は山口局。外務省担当などを経て自民党の茂木幹事長番。
政治部記者
鹿野 耕平
2014年入局。津局、名古屋局を経て政治部。去年から野党クラブ所属。趣味は山登り。
政治部記者
桜田 拓弥
2012年入局。衆議院などの取材を担当。