烈すぎる」お膝元の激闘

安倍総理大臣のお膝元、山口。
石破元幹事長のお膝元、鳥取。
両陣営が、党員票の争奪戦を繰り広げた、自民党総裁選挙。現場で何が起きていたのか、戦いのカギを握った男たちに密着した。
(山口局 五十嵐淳/鳥取局 山根力)

号砲

8月のお盆の時期に、山口に里帰りする安倍総理。
地元の政界取材の担当として、私は毎年、その姿を見てきた。
3度目の取材となることし。安倍総理は、姿が見えなくなるほどの人に囲まれ、握手攻めにあっていた。

地元の政財界関係者など、およそ300人が集まって開かれた「総理を囲む会」。安倍総理が、「志はみじんも変わることはない」として、総裁続投への強い意欲をにじませると、会場のムードは最高潮に。少なくとも去年、一昨年とは、比べものにならない熱気に包まれた。

山口でも選挙戦への号砲が鳴った瞬間だった。

「歴代1位に」

会場で安倍総理を先導したのは、「囲む会」を取り仕切った、自民党山口県連幹事長、友田有 県議会議員(61)。

先代の晋太郎氏の時代から30年以上、「安倍家」を支える側近の1人だ。その友田氏が何度も口にしたのが、「歴代1位」という言葉。

3選を果たしたあとの任期は、2021年9月までの3年間。順調にいけば、来年11月には、明治から大正にかけて、通算2886日、総理大臣を務めた桂太郎を抜き、憲政史上最長の任期を更新することになる。

「歴代1位を目指して、山口の党員はすべて『安倍票』に。さらに各地で上積みを働きかける」
友田氏は力強く話した。

不安は「おごりが見える」

連日、国会議員票は安倍総理が圧倒的優位と報道され、友田氏らは、6年前に石破元幹事長に敗れた党員票でも勝つべく、事務所に連日10人前後の担当者を配置。
県内外の党員に、“電話作戦”で投票を呼びかけた。

自らも、地方議員の仲間とともに、各地のつながりのある人に働きかけ、票の掘り起こしに努めた。

連日の活動で、友田氏は、手応えをつかむ一方、一抹の不安も感じていた。
森友学園や加計学園をめぐる問題などで、「おごりが見える」といった批判の声も、少なくなかったからだ。
しかし、友田氏は、「安倍政権で経済や雇用の指標は上向いている。本当の花を咲かせるのは、これからだ」と応じながら、票の上積みを目指した。

鳥取の悲願「総理誕生」

石破元幹事長が、総裁選挙への立候補を正式に表明した翌日の8月11日。
石破氏の地元・鳥取県の後援会が、決起集会を開くという情報が入り、すぐに関係者とコンタクトをとった。当初は、「取材には応じられない」と非公開の姿勢だったが、粘り強く交渉し、会場の取材はOKに。

会場には、石破氏本人も、スケジュールの合間をぬって駆け付けた。

「国会議員票の7割が安倍総理でも、党員票の7割が石破氏なら互角だ」
高い目標を掲げたのは、初当選以来30年以上、石破氏を支える後援会の幹部、竹田哲男氏(78)。

かつては町長も務め、長年政治の世界に身を置いてきた竹田氏にとっては「鳥取から初の総理大臣を誕生させる」という地元の悲願達成に向けた戦いなのだ。

党員票を確保せよ

とはいえ、安倍総理優勢が伝えられる非常に厳しい選挙戦。
取材を続けると、支援者の間で、ひとつの「現実的な目標」が、ひそかに共有されていることがわかってきた。それは“党員票の過半数を確保せよ”というものだった。

竹田氏はその意味をこう語った。
「勝利を目指すのは当然だ。ただ、仮に敗れても、党員票で過半数を獲得するということは、一般党員らの過半数が現職総理に不信任を突きつけたことになる」

竹田氏の表情からは、国会議員票では劣勢が伝えられていた中、なんとか党員票で盛り返し、「ポスト安倍」としての存在感を維持したいという思いが感じられた。

暗闘

竹田氏らは、後援会の幹部で手分けをして、関東や四国など、石破派の議員の地元などを行脚。全国の党員にも電話で投票を呼びかけるなど、党員票の獲得に取り組んだ。

ある日、竹田氏がこう漏らした。「熾烈(しれつ)すぎる」

安倍陣営の厳しい締め付けとも取れる話を何度も耳にした。
それと前後して、齋藤農相の圧力を受けたとする発言が飛び出した。

竹田氏は、「かつての自民党は、異なる意見を自由にぶつけ合えた。脅かしや圧力で押さえつけようという動きには負けてはいけない」と話した。
“地方を大事にしたい”という石破さんの政策を柱に愚直に支持を呼びかけ続けた。

重たいバンザイ

迎えた9月20日の投開票日の午後。山口の友田さん、鳥取の竹田さんも、テレビの開票速報を見守った。
結果は、安倍氏の3選。一方で、党員票は石破氏が45%を獲得。この結果を、どう受け止めたのか。

安倍陣営の山口の事務所。バンザイ三唱も、少し重たい空気を感じたのは私だけではなかった。

友田氏に、「党員票では、石破さんが善戦したように見えるが」とたずねると、「1対1の構図としては“大勝”だ」と切り返し、「次の任期も安定した政権運営ができる。経済や外交、社会保障など課題は山積みだが、集大成してほしい」と語った。

一方で、地元の陣営や議会関係者からはこうした声も。
「多選ではなく、変化を望む人が石破氏に入れたのではないか」
「“安倍一強”に対するバランス感覚が働いたのではないか」
勝利の受け止めは、山口でも一様ではなさそうだ。

「政権批判には、総理自らがしっかり応えていく」と、自らに言い聞かせるように話した友田氏。「歴代1位」に向け、総裁選挙の翌日から街頭に立っていた。

負け戦なのに…

一方、鳥取は、負け戦にも関わらず、“敗戦ムード”ではなかった。
国会議員票では完敗も、党員票で“きっ抗”とも取れる結果。
竹田氏は、こう分析した。
「党員票も、当初は3割とれないかもという見方もあった中で、ここまで迫れたことは、『ポスト安倍』候補の1人として存在感を示すことができた」

陣営からは、「安倍総理も、『党員45%の異なる意見』を無視できないはずだ」、「来年の統一地方選挙や、参議院選挙に向け、バランスをとる動きにつながってほしい」という声が聞かれた。

「一定の結果を出すことができた」と振り返った竹田氏。
“鳥取初の総理大臣”という悲願に向け、確かな足がかりをつかんだ様子だった。

山口局記者
五十嵐 淳
平成25年入局。横浜局を経て山口局。県政・選挙を担当し、安倍事務所などの取材を続けている。
鳥取局記者
山根 力
平成19年入局。松江局、神戸局、経済部を経て、現在、鳥取局。自民党の取材を担当。