辞めない議長 破られた慣例 ポストめぐる攻防 東京・墨田区議会

木内議長が辞めない

議長が辞めない。
東京・墨田区議会では、議長の在任期間は原則1年という慣例が長年続いてきたが、1年を過ぎても議長が辞めない。
議長の進退をめぐる攻防が激しくなり、議長を務める重鎮議員は会派を追放された。
それでも議長を辞めない。
議長を辞めない側と、辞めさせたい側。いったい何が起きているのか…
(石川由季)

辞めない議長が追放された

墨田区議会の本会議

墨田区議会の5月の臨時の議会は、4回目接種に関する事業など新型コロナ対策の補正予算案の採決を控えていた。

いつも通り、区議会で議長を務める木内清(67)が議場に現れると…
その場にいた自民党会派の議員全員が突然離席し、議場から姿を消した。
予算案の採決が始まるまでには全員が席に戻り、“ボイコット”ではなかったが、墨田区議会の取材で初めて見る光景だった。

この離席は、議長への不信任の意を示すものだった。

実はこの臨時の議会からさかのぼること、およそ1週間。
墨田区議会自由民主党のホームページに【木内清議員の除名について】という文章が掲載された。

木内議員の除名についてのホームページ
墨田区議会は議長職について「最大会派の議員が原則1年務める」という慣例が長年、踏襲されてきた。
しかし木内は議長1年目を終えた今年も続投を希望した。

会派のホームページには「再三の説得・協議にもかかわらず」「辞表を提出せずに居座りを決め込みました」とある。

40年近く区議会議員を務め、現在は9期目の“重鎮”とも言える木内は、あっけなく最大会派である墨田区議会自由民主党を除名され、1人会派になっていた。

議長任期 法律では4年できるが実際は…

議長席に座る木内議長

木内が区議会議員になったのは28歳の時で勤続36年。議長を務めるのは今回が3回目だ。

そもそも議長の任期は、地方自治法103条2項に「議員の任期による」とある。
つまり議員の任期の4年間、務めることができるということだ。

一方で多くの地方議会が墨田区と同じように慣例により、1年か2年で交代するケースが多い。議長を1人でも多くの議員が経験できるようにという側面があるのだ。
木内もこれまでは1年で議長の席を次の者に譲っていた。
墨田区議会事務局によると、1947年から慣例でほぼ毎年、議長がかわってきたそうだ。

78.4%にあたる639の議会で申し合わせや慣例がある

全国市議会議長会が実施した調査では2020年の時点で、全国の市議会や都内23区のあわせて815の議会のうち、78.4%にあたる639の議会で申し合わせや慣例があることがわかった。
在任期間を4年としているのは9議会のみ。2年が445議会、1年が185議会だった。

議長の報酬は年間プラス500万円 専用車も

議長の役割は多岐にわたる。
議会の進行だけではなく、自治体などが主催する行事への参加も多い。そのため、専用の車と運転手がつく。執務にあたる専用の議長室も使用できる。

報酬も、墨田区の場合、議長は議員と比べて月30万円ほど増額されている。ボーナスも加えると年額で500万円ほど増額される計算だ。

議長を続ける理由は?

会派の除名を受けても議長を続ける理由について、木内に電話で尋ねた。

「議会改革を行う中では、1年は短い。2年続けられたほうが、23区の議長会などの中でも良い動きができる。これは次の若手の励みにもなると考え辞任はしなかった」

任期の慣例を改めるために、自ら先鞭をつけるということだった。

議長への不信任動議

5月の臨時の議会の騒動以降も、議長が各派交渉会や委員会に参加できない異例の事態が続いていた。

そして6月、木内の動きに改めて「NO」が突きつけられる。

自民党会派が、議長の不信任に関する動議を議会に提出したのだ。
会派を代表して動議を提出したのは、幹事長の佐藤篤(37)。
28歳で初当選した木内に対し、佐藤は25歳で初当選し議員のキャリアを積んでいる。

佐藤は、議長を辞めない木内を批判した。

本会議場の佐藤篤 幹事長
(佐藤篤 幹事長)
「自らの行動の結果、主宰すべき各派交渉会を欠席したり、本会議の進行を副議長に譲るなど、議会運営の混乱を招いているにもかかわらず、解決に向けた説明や調整に動かずに放置している。木内議長は議長としての職責や品格を忘れ、ただ自身の地位に固執し、議会運営に支障をきたしている」

各会派も、それぞれ不信任に賛成の立場で意見を述べた。

公明党会派
「慣例を無視し、唐突に区民に対する責任を果たすためにも議長をもう1年やるというのは独善以外のなにものでもなく信任できない」

共産党会派
「我々は、議長は少なくとも2年務めるべきと主張してきた。木内議長が本気でそう考えているなら、問題提起の機会は何度もあったはずであり、そうしていれば混乱を招くこともなかったはずだ」

立憲民主党会派
「議会は民主主義の原理原則である合意形成の場で、手続きを無視し、自己の主張を推し進めることは議会軽視にほかなりません」

一方、「自民党内の争いでむだな時間を浪費されている」「慣例という前時代的なものを変えるべき」として、1人会派の2人の議員が反対に回ったが、不信任動議は賛成多数で可決された。

この不信任動議に法的拘束力はないものの、議場で突きつけられたNOの意味は大きい。

木内は議会終了後、記者団の取材に応じた。硬い表情のまま、言葉をひとつひとつかみしめるように語った。

取材に応じる木内清 議長
(木内清 議長)
「不信任の採決が可決されたということで、重く受け止めています。しかしながら、私の決意は変わらず、今期中、議長を辞めることはありません。私は経験と実績を生かし今まで得た動きをさらに区民のために使っていきたいという思いであります。私の動きが、一定の理解を得られ“この動きはよかったんだ”と思ってもらえるように、頑張って議長職を全うさせていただく」

一方の佐藤は、木内とは対照的にリラックスした表情で取材に応じた。

取材に応じる佐藤篤 幹事長
(佐藤篤 幹事長)
「何度もご本人とお話ししましたけれども、2年目をやるという大義について理解を得られることはありませんでした」

そして、自民党内部の問題という指摘が一部から寄せられたことについては「見解が異なる」と説明した。さらに、区民生活には影響を与えないという姿勢も強調した。

「会派の中のルールの話をしておりません。議会の民主的な運営をしない、議会に出てこない、こういうこと自体が条例違反だ、ということです」

4分の3以上の賛成で2年目継続の会派規約も

なぜ、このような事態となってしまったのか。

この点については、木内、佐藤ともに主張が異なった。

任期に関して、実は自民党の会派の規約で、会派所属議員の4分の3以上の賛成があれば2年目も続けて務められる手続きに入れるという。

取材に対し佐藤は、4月下旬から木内と協議を重ねてきたとした上で、木内がこの4分の3以上の賛成を得るという正式な手続きをとらなかったことを批判していた。

対して木内は、4月下旬に続投の意思を佐藤に伝え、会派の執行部とも話をしたが明確な返答を得られないでいたところ、5月中旬に突然の除名を突きつけられたと主張する。その時点で、執行部の4人が反対に回ることが明らかであったため、正式な手続きをとるという選択はとれなかったとした。

議長交代の慣例 メリット・デメリット

議長任期の慣例をめぐる問題について、地方政治に詳しい法政大学大学院の白鳥浩教授は、4年の任期途中で議長を交代していくことには、メリットとデメリットの双方が存在すると指摘する。

法政大学大学院 白鳥浩教授
(法政大学大学院 白鳥浩教授)
「議長は名誉ある職と見なされ、多くの議員が目指す立場だ。同じ党の所属議員もライバルとなる地方議会の選挙においては、他の候補との差異化をつけることにもつながる。慣例は、会派の求心力を保持するためにも、短い間で議長職を平等に回していくことを考え設けられたものだろう。議長を長く同じ人が務めることでおこる権力の集中を避けるというメリットもある。
一方で短い任期では議会改革など協議に時間がかかる事案に取り組みにくいというデメリットもあると考えられる」

さらに、今回の事態についてこう述べた。

「議会は一義的には区民のためにあるもので、この異例の事態も選挙で区民がジャッジすることができる。地方の政治を考える1つの材料を提供したという風に考えることもできるかもしれない」

コロナ再急増の背景で 議長職めぐる攻防の行方は

自民党が大勝した参議院選挙の翌日も、木内は変わらず朝から議長室で執務にあたっていた。

執務にあたる木内議長
会派は除名になったものの、今回の選挙でも党員として比例候補の応援を行ったという。

改めて今回の一連の問題について話を聞くと「任期の問題について、3年前の議員の改選の直後から指摘しなかったのは反省すべき点だった」と述べた。

(木内清 議長)
「後援会からは『お前も言い出したら聞かないからな』と言われていますが、一定理解はしてもらっています。重要な採決など議会の動きに大きな影響はないようにする、そこは他の会派と私も同じ思いです」

新型コロナの感染が再び急拡大する中、経済再生と感染対策を両立しながらどのように地域を守っていくのか、課題は山積し、区議会の役割もますます重くなっている。

木内は、来年春の任期満了まで議長を続ける意向に変わりはないという。引退するつもりもないと言う。

【取材後記】
私たちの生活に最も身近であるはずの、地方議会。そして議員たち。
しかし投票率は低下傾向にあり、定員を超えずに無投票の選挙も珍しくない。取材をしていてもむなしさを感じてしまうほど盛り上がりに欠ける選挙戦もある。

取材中、終始固かった木内の表情が一瞬だけ緩んだ瞬間があった。
「1933票でした」
28歳で初当選したとき、若い世代が1票を投じたというエピソードを語った。
1983年当時の投票率は61.96%。直近の区議選よりも18ポイント以上高い。

議長が批判を受けた今回の問題をきっかけに近年の低投票率について思いをはせた。
来春の統一地方選挙で、ジャッジを下すのは区民たちだ。
(文中敬称略)

首都圏局記者
石川 由季
2012年入局。大津局、宇都宮局を経て現所属。