拍手なき当選 奈良の戦い

「安倍元総理大臣の大きな後押しがあった」

2回目の当選確実の一報を受けた直後、奈良選挙区の自民の現職は、硬い表情のまま、かみしめるようにことばを絞り出した。

元総理大臣が銃撃され亡くなるという前代未聞の事態が起きた奈良の選挙戦を振り返る。

(奈良局・参議院選挙取材班)

盤石の自民 優勢のムード

参議院選挙・奈良選挙区は定員1人。今回は、自民の現職に対し、立民や維新など5人の新人が挑むという構図となった。
6人の立候補者数は、奈良では過去最多だ。

2013年から議席を守り続けてきた自民は今回、2回目の当選を目指す現職の佐藤啓氏を擁立。県内39すべての市町村に支部があり、党所属の地方議員も多い。「都道府県ごとに」決めることになっていた公明の推薦も、5月12日に決定していた。

-与党の組織力をフルに生かし、盤石の戦い方をして勝利を収める-

佐藤氏の陣営だけでなく多くの県内政界関係者が、当初、そうしたストーリーを思い描いていたように思う。

広がる維新の勢い

とはいえ、奈良県は大阪などに通勤している「奈良府民」と呼ばれる人たちがおよそ3割を占める土地柄。大阪への親近感もあり、奈良県内でも、国政選挙を重ねるごとに、維新の認知度は増していた。

それは、選挙結果にも出始めていた。去年の衆議院選挙の奈良1区では、維新の候補が比例代表で復活当選。県内で初めて、維新の国会議員が誕生した。また、比例代表では、県内での維新の得票数が、トップの自民にあと1万6千票差、得票率にして2.5ポイント差にまで肉薄。大阪へのアクセスが良く、有権者数が県内で最も多い奈良市や、3番目に多い生駒市などの6自治体では維新の得票数がトップとなり、「維新が着実に勢力を伸ばしている」という受け止めは、県内政界に広がっていた。

全国的には、お隣の京都選挙区(定員2人)の戦いが大きな注目を集めていた。議席を持つ自民、立民に維新が割って入ろうとしていたのだ。
「奈良だって、大接戦になるかもしれない」
それが取材班の共通認識だった。

守る自民、攻める維新

佐藤氏の陣営は、今回、維新の“風”が巻き起こるのを食い止めようと、「維新対策担当」というポストを設置。党の衆議院奈良1区支部がその役割を担い、都市部を中心に地方議員と連携してこまめに回るなどの活動を展開した。

背景にあったのは、今回の結果が、来年春の統一地方選挙など、今後の選挙に大きく影響するという危機感だった。維新を勢いづかせれば、県内政界の勢力図が変動しかねないー佐藤氏本人も、公示前、周囲に次のように語っていた。

「今回の選挙は、いい形で勝ちきらないといけない。県内39市町村すべてで自民の票が維新を上回り、きちんとした差をつけて勝利しなければ、統一地方選挙や衆議院選挙にかかわる皆さんに影響してしまうからね」

対する維新は、平成27年の県議会議員選挙で、初めての立候補ながら、奈良市などからなる選挙区で、トップ当選を果たした中川崇氏を擁立した。選挙戦を支えたのは、この6年で18人と、県内で2倍以上に増えた維新の議員たちだ。

維新の戦略は2つあった。
ひとつは、県内でも高い人気を誇る党の副代表の吉村・大阪府知事ら、幹部を招いて、党の“風”を巻き起こすこと。
そして、もうひとつは、自民の牙城とされてきた地域にも積極的に足を運び、自民支持層の切り崩しを図ることだった。

決戦始まる

6月22日、18日間の選挙戦がスタートした。
NHKが県内に12ある全ての市で実施した期日前出口調査を見てみると、序盤は自民・佐藤氏が、2位以下の維新・中川氏らに一定程度の差を付けてリード。その「差」が生まれている背景として、佐藤氏を推薦する公明支持層が熱心に期日前投票に出かけていることがうかがい知れた。
ただ細かく見てみると、自民支持層で佐藤氏に投票したのは7割台。選挙に強い陣営であれば支持層の8割以上を固めることが一般的だが、その数値よりやや低めの結果に、支持層内部で票の取りこぼしの可能性が見て取れた。また、無党派層からの投票は、維新・立民に次ぐ3番手となっていた。

―選挙戦後半になると、無党派層の投票が伸び、自民と維新との差が縮まってくるかもしれない-

そう思いながら、取材を進めていた7月4日。
一部報道で、「中川・佐藤 競り合う」という見出しの記事が掲載された。
選挙報道の世界では、具体的な数値に言及しなくても、名前の掲載順などで強弱や差がうかがえるように表現されることが多い。
佐藤氏の陣営に激震が走った。

維新の真の姿とは

この日、佐藤氏の陣営では、緊急の選対会議などが相次いで招集され、戦略の練り直しと体制の立て直しが図られた。県内各地の衆議院議員の事務所などから新たにスタッフが投入され、運動スケジュールも見直された。選挙カーを走らせることの多かった運動スタイルを、こまめにスポット演説と呼ばれる辻立ちを行う方法に変更。演説の内容も、他の候補との差別化をより図るため、「外交安全保障」を訴えることに重きを置くことにした。

ただ、佐藤氏の陣営内部では、この段階でも維新の勢いの真の姿を捉えきれずにいた。
幹部のひとりは、「われわれの情勢分析では、差を付けて優位に立っているはずだ。なぜ報道で真逆の分析記事が出るのだろうか」と首をかしげ、別の関係者も、「維新の認知度が高まっていることは事実だと思うが、迫られ、追い抜かれるほどまでには至っていないのではないか」と漏らしていた。

本人はどうか。早朝、駅での辻立ちを終えたところで声をかけると、まっすぐに前を向きながら、こう答えた。
「維新から追われているとは思うが、選挙戦を通じて、手応えも次第に感じられるようになっている。報道が出たことで、陣営内が引き締まることにもつながる。あと一歩、もう一歩頑張るよ」

取材班にとっても、維新の勢いはどこまで迫っているのか、そして自民の手堅さはどの程度、確実なものなのか、見極めることが宿題となっていた。

7月7日午後
佐藤氏は、奈良市内の駅前で辻立ちをしていた。
行き交う人のなかには、みずから進んで佐藤氏に近寄って声をかけ、励ます姿も見られた。選挙用のビラを受け取る人も多く、最終盤で、佐藤氏の陣営が最後の引き締めに取りかかっていることが、成果となってあらわれているように見えた。

そして同じ日、全国の選挙情勢を踏まえて確実に議席を確保しようと、佐藤氏が所属する派閥の会長、安倍元総理大臣が、翌8日に京都とともに奈良に入ることが決まった。選挙期間中2回目となる応援だった。

「安倍氏の応援も受け、最後の引き締めを図って勝ちにつなげていきたい」

陣営内からは、こうした声も聞かれていた。

2022年7月8日

午前10時15分
記者は取材場所の下見もかねて、少し早めに奈良市の大和西大寺駅北口に到着した。
近くにデパートがあり、平日でも人通りが多いこの場所は、県内を代表する演説スポットの1つ。
現場では、維新・中川氏が演説を行っていた。

「大組織の自民党と、たった20人で手弁当でやっている維新の会が、今、大接戦なんです。互角にやってるんです。ぜひとも勝たせてください。この勢いで勝たせてください」

10日あまり前の選挙戦序盤で、記者が、別の場所で見かけた時より、耳を傾ける聴衆の反応が良くなっているように感じた。

―ビラのはけかたが良くなっていますー

記者は、こうデスクに報告した。
数日前の一部報道を背に受け、維新陣営もまた勢いづいていることに違いなかった。

午前11時19分ごろ
佐藤氏の陣営の街頭演説会が始まっておよそ10分が経過。安倍元総理大臣が先導車両に導かれながら到着した。車から降りると、笑顔で手を振り、集まった聴衆たちも拍手で迎えた。記者は、投開票日に放送する選挙戦を振り返るVTRのワンシーンにならないかと、撮影を開始した。

午前11時25分ごろ
「頑張れ」と、かけ声がかかるなか、佐藤氏が演説を始めた。

(佐藤啓氏)
「外交と安全保障でこの国を守っていくこと、力強い経済で皆さんの暮らしを守り抜くこと、そして、全世代型社会保障改革で皆さんの生活と安心を確保すること、どうかこの仕事を、引き続き、次もやらせてください」。

午前11時29分ごろ
安倍元総理大臣にマイクが渡った。はじめに、佐藤氏が総務省の官僚時代、茨城県内の自治体に出向していたときのエピソードに触れ、こう評価した。

(安倍元総理大臣)
「佐藤さんは挑戦した。人口減少対策、子育て支援対策、アイデアと実行力を持って、結果を出していったんです。これが佐藤啓さんです。霞が関も注目した。私も当時、総理大臣として彼に注目をし、官邸において、地方創生を担当する補佐官・秘書官として、一緒に官邸で仕事をしてくれた。そして、その力を生かす、6年前に皆さんのお力でここ奈良県から立派に国政に送っていただいた。その中で、彼の実績が認められて、経済産業大臣政務官になり、あのコロナ禍、地域の皆さんが『大変だ、緊急事態宣言の対象あるいはまん防の対象じゃなくても、店の売り上げが落ちてやっていけるかどうかわからない』、そういう声を耳にして、支援金の対象を広げていく、そういう判断をした。彼は、できない理由を考えるのではなくて…」

2発の銃声が響いた。

喜び無き勝利

7月10日、午後8時半
2回目の当選確実の一報を受けた佐藤氏は、バンザイなどのセレモニーは行わず、記者会見にのぞんだ。

「ご指導頂いた安倍元総理が銃弾に倒れられたことに関しては、大変悲しくて、悲しくて、ことばになりません。けれども、テロにひるむことなくしっかりと前を見つめて最後まで勝ち抜こうと、そういう気持ちでやらせて頂いた。安倍元総理の大きな後押しがあったことは間違いないと思います。元総理のお力を頂いて、勝ち抜くことが出来たということ、そして、元総理の思いに応えられるようにしっかり働かせて頂くということを、元総理にお伝えしたい」

奈良選挙区は、佐藤氏の得票が全市町村でトップとなり、次点の維新・中川氏とは、7万6千票あまりの差がついた。比例代表での得票も、維新がトップとなった自治体は、去年衆議院選挙での6から4に減った。

翌朝、事件現場に設けられた献花台には、静かに目を閉じて祈る佐藤氏の姿があった。

連日、大勢の人が列を作り、花を手向け、黙とうをささげた献花台は、周囲の安全確保の観点から19日の朝に撤去された。陣営関係者らによると、18日までにおよそ10万人が献花台を訪れたという。18日の夕方、手向けられた花の供養のための法要に参列した佐藤氏は、ゆっくりと時間をかけてことばをつないだ。

「悲しみは癒えませんが、多くの皆さまが哀惜の念を持って花を手向けられた。そのひとつひとつの思いが、安倍元総理大臣のもとへ届けばいいです」。

選挙戦を振り返り、自民の関係者からは、「事件のことは本当に悔やんでも悔やみきれないが、われわれは前を向いてこれから職責を果たしていかなければいけない」という声や、「序盤の情勢を受け、陣営に緩みがあったことは事実だ」といった声が聞かれる。だが、県連としての選挙戦の総括と今後の対応については、安倍氏の四十九日が過ぎてから協議する予定だ。

一方、維新の陣営の関係者からも選挙結果や敗因について語る言葉は抑制的で、今回の事件が、多くの人たちに暗い影を落としていることがよくわかる。
すべての陣営が、今回の衝撃的な事件をどう受け止め、どう歩みを始めるか。次を見据えて動き出すにはもう少し時間がかかりそうだ。