核兵器禁止条約になぜ日本不参加? 危機感強める被爆者たち

高まる核脅威

止まる気配のないロシアによるウクライナへの軍事侵攻。プーチン大統領が核兵器の使用も辞さない構えを見せ、世界はまさに現実的な“核の脅威”に直面している。
去年発効した核兵器禁止条約を受けた初めての締約国会議が、6月21日からオーストリア・ウィーンで開かれ、核廃絶に向けた取り組みを話し合う。広島や長崎の被爆者たちもオブザーバーとして参加するが、日本は核兵器禁止条約自体には不参加だ。
被爆者たちの思いは。そして、日本政府は、どう対応しようとしているのか。
(石川拳太朗、岡野杏有子)

危機感強める被爆者たち

初めての核兵器禁止条約の締約国会議を控えた6月9日。東京都内におよそ50人の被爆者らが集まった。
日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会が開いた定例総会。
ロシアの軍事侵攻をめぐり、核兵器が使われることへの危機感が相次いで示された。

日本原水爆被害者団体協議会が開いた定例総会
「激しい戦争が行われているが、核兵器が使われたら人類は滅亡する」
「私たちの『核兵器をなくせ』という『血の出るような叫び』とは、逆の方向に進んでいる」

被爆者の思い結実した核兵器禁止条約

「『核兵器をなくせ』という『血の出るような叫び』」

まさに、その叫びを体現したものが核兵器禁止条約だ。
国際法上、核兵器を初めて違法と位置づけ、その開発も保有も使用なども一切、禁止する。
被爆者らが中心となって長年、国際社会に実現を呼びかけてきた。
その努力が実り、去年、国際条約として発効し、現在62の国と地域が批准している。

被爆者たちは、ロシアのウクライナ侵攻という現実が、この条約とは逆行していると危機感を強めている。だからこそ、条約の発効で生まれた核廃絶への機運を絶対に絶やしてはならないと、初めて開かれる締約国会議になみなみならぬ決意で臨もうとしている。

被爆者「核兵器は人類絶滅の兵器

広島市で被爆した家島昌志さん
「みんな核の怖さのなんたるかをよく知らない。われわれの経験からすれば、いくら超小型でも、使用はとんでもない話だ」

こう話す広島市で被爆した家島昌志さん(80)も、今回、締約国会議に被爆者を代表して参加する1人だ。

家島さんは3歳のときに爆心地から2.5キロ付近の自宅で被爆した。
まだ幼かったため、断片的な記憶しかないが、近所の山が真っ赤に燃える様子は、いまでも鮮明に覚えているという。母親はあまり話したがらなかったものの、戦後、両親から被爆体験を聞かされてきた。

「わたしは朝食後に玄関の土間で遊んでいたところを吹き飛ばされたようです。山が真っ赤に燃えていた。幼心にとても怖かったのを覚えています」

被爆の記憶のある世代が高齢になる中、自らも被爆者として核兵器廃絶の訴えをつないでいかなければならないと平和運動に携わってきた。
厳しい国際情勢のいま開かれる会議だからこそ、核兵器の非人道性を強く訴え、条約に沿った国際社会の取り組みを促していきたいと語る。

広島市で被爆した家島昌志さん
「世界情勢が緊迫する中、『核兵器は人類絶滅の兵器で許されない』と強く訴えたい。残りわずかかもしれない時間、日本でじっとしたまま黙っているわけにはいかず、現地で声を大にして伝える」

被爆地が選挙区の総理として

核の脅威に対し、募る被爆者たちの危機感。日本政府は、どう対応していこうとしているのか。

被爆地・広島が選挙区の岸田総理大臣は、核軍縮の重要性を重ねて訴えてきている。
先の日米首脳会談の際、来年、日本が議長国を務めるG7サミット=主要7か国首脳会議を広島市で開催する意向を表明し、決意を語った。

岸田総理大臣
「唯一の戦争被爆国である日本の総理大臣として、核兵器の惨禍を人類が2度と起こさないという誓いを世界に示し、G7の首脳とともに平和のモニュメントの前で、平和と世界秩序と価値観を守るために結束していくことを確認したい」

6月10日、シンガポールで行われた「アジア安全保障会議」の基調講演でも、全ての核兵器保有国に核戦力の情報開示を求め、米中2国間で核軍縮に関する対話を行うよう各国と後押ししていくことを強調した。

でも核兵器禁止条約はのれない…

しかし、核兵器禁止条約となると岸田総理の姿勢は異なる。唯一の戦争被爆国でありながら、この条約に否定的だ。
連立を組む公明党内には、せめてオブザーバーとして参加してもいいのではないかという声もあるが、慎重な姿勢は変わらない。
なぜか…

岸田総理は、核兵器禁止条約について、これまで次のように説明している。
「核兵器のない世界という大きな目標に向け重要な条約だが、核兵器国は1国たりとも参加していない」

条約には、アメリカやロシア、中国など、核兵器を保有する国々が参加していない。
そこに日本だけ加わって議論をしても、実際に核廃絶にはつながらないというのだ。

日本としては、核兵器保有国と非保有国の双方が加わるNPT=核拡散防止条約の再検討会議の枠組みなどを通じて、唯一の戦争被爆国として双方の橋渡しとなり、現実的に核軍縮を前に進めることを優先する立場だ。

被爆者 政府のスタンスを批判

さらに、日本政府は、核軍縮を呼びかける一方で、アメリカの核戦力を含めた拡大抑止の強化を求めてきている。
相矛盾する姿勢を同時にとっているようにも映る日本政府の対応。

被爆者たちは、こうした政府のスタンスを強く批判している。
「本来なら、唯一の戦争被爆国として核兵器禁止条約に参加すべきだが、それもしない。さらには、アメリカの『核の傘』に頼り、『核共有』の議論まで起きている。日本政府は、言っていることとやっていることが違う」

外務省関係者「一気に核廃絶 現実的でない」

こうした批判の声に、外務省関係者は、こう説明する。
「核兵器は減った方がいいし、なくなったほうがいいのは同じ考えだ。でも覇権主義的な動きを強める中国や、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮など、日本をとりまく安全保障環境は厳しい。
核兵器保有国が、いま一気に持っている核兵器を手放すなんてことはありえない。そんなときに、一気に核廃絶をと言えば、アメリカの核戦力も含めた拡大抑止を否定することにもなり、現実的な選択ではない」

少しずつでも、一歩ずつでも前に

被爆者の声と、政府の対応のすれ違い。こうした状況を複雑な思いで見つめる人もいる。
被爆地・長崎の大学で教授を務める西田充さんだ。
元外交官で、核軍縮交渉に最前線で携わってきた。

長崎の大学で教授を務める西田充さん
各国の利害が激しくぶつかり合う交渉を身をもって知る立場から、国際秩序が不安定化する中、当面、拡大抑止に重きを置こうとする日本政府の立場にこう理解を示す。
「日本だけが今『核の傘』から出るのは、安全保障の観点からは難しい」

一方で、国際会議の場で、被爆者に体験を語ってもらう機会を多くつくり、各国を動かす場面も目の当たりにしてきた西田さん。今の政府の対応には、具体的な行動が見えないと指摘しつつ、今後に注文をつけた。
「政府と被爆者が対立するのではなく、被爆者の思いをくみ取ることが大事だ。唯一の戦争被爆国として日本ができることは被爆者の声を届けることだと思う。
『拡大抑止』だけに比重を置いていくと、国際情勢がさらに不安定になり、むしろ核兵器使用のリスクが高まる。中国の核兵器についてどうするかなど、軍備管理の議論も必要で、日本が世界に対し、より具体的な提案をしていく必要がある」

西田さんは今、教授として若い世代に「軍縮教育」を説いている。
少しずつでも、一歩ずつでも、国際舞台で核軍縮交渉をけん引する人材を育てたいと思うからだ。
「核軍縮、ましてや核兵器廃絶となると時間は必要だ。もちろんのんびり構えていられないが、長期的なスパンでも考えていく必要もあるのではないか。教育を通じて次世代に思いを引き継いでいきたい」

それでも核廃絶をあきらめない

ロシアのウクライナへの軍事侵攻もあり、遠のいているかのように見える核廃絶への動き。それでも被爆者たちは声を上げ続ける。

日本原水爆被害者団体協議会が開いた定例総会
核兵器禁止条約の締約国会議を前にした6月9日の総会でも、声を振り絞るように繰り返し訴えた。
「ロシアによる侵略は、被爆者にとっては、もう一度真剣に本気になって核兵器廃絶を訴えなければいけないということを覚悟させた」
「核兵器がなくならないかぎり、安心して過ごせない」

こうした被爆者たちの声に、岸田総理は、どう具体的に応えていくのか。
核軍縮を着実に進め、核廃絶への道を切りひらいていけるのか。真価が問われることになる。

広島局記者
石川 拳太朗
2018年入局。戦争や被爆者の取材を担当。締約国会議を開催地ウィーンで取材。
政治部記者
岡野 杏有子
2010年入局。大阪局などを経て2018年から国際部。2021年から政治部。外務省でアメリカなどを担当。