地盤 看板 かばんがなくても
選挙に立候補しませんか?

あなたは選挙に立候補しようと思ったことがありますか?
「地盤」(組織)「看板」(知名度・肩書)「かばん」(資金力)。
選挙で当選するためにはこの3つの「ばん」が必要だと言われてきました。
ことし夏には参議院選挙、また来年には統一地方選挙が控えています。
志さえあれば、選挙に出て当選することは可能なのでしょうか。
(金澤志江)

“選挙初心者の立候補を応援”

選挙テックのホームページ

「志ある誰もが、選挙にチャレンジしたくなる世の中をつくる」
これをコンセプトにことし5月、新しいウェブサイトが立ち上がりました。
選挙への立候補を考えている人向けに、どの選挙に立候補したらいいか、全国各地の選挙区の情報を提供しています。
例えば、選挙の種類は「参議院議員」、「直近の選挙データ」は「女性候補ゼロ」などの条件を選択すると、それにあった選挙区が表示されます。

選挙テックのホームページの条件入力画面

居住地についての要件や当選した場合の報酬などの情報も紹介されています。

このサイトを立ち上げたのは福岡市の会社。
大井忠賢代表は就職先や不動産物件を探すサイトを参考にホームページを作成しました。仕事選びや部屋探しのように、選挙への立候補がもっと身近なものになってほしいと思ったからです。

選挙テックラボ 大井忠賢 代表の顔写真

(選挙テックラボ 大井忠賢 代表)
「地方では定員割れや無投票の選挙がたくさんありますが、まだ政治の世界でマイノリティーの女性や若者など新しい血が入ることで活性化されると思います。コロナやロシアのウクライナ侵攻などを受けて『この国は本当に大丈夫なのか』と思っている人も増えていると感じますし、志はあるけどもんもんとしている人たち、社会を変えていこうという人たちを応援したいです」

立候補の壁はお金と仕事

立候補のハードルを高くしているものは何か。
若者の政治参加を支援しているNPO法人の佐藤大吾理事長はまず金銭面での負担が大きいと指摘しています。

売名目的やいわゆる泡沫候補の乱立を防ぐために設けられている供託金の制度。金額は選挙の種類によって異なりますが、夏に迫る参議院選挙の選挙区の場合は300万円政令指定都市以外の市議会議員選挙では30万円がかかります。この供託金は一定の得票に達しないと没収されます。

これとは別に選挙事務所の開設や、選挙カーでの街宣活動、ビラの配布、ポスターの掲示などの活動にもお金がかかります。

NPO法人ドットジェイピー 佐藤大吾 理事長の顔写真
(NPO法人ドットジェイピー 佐藤大吾 理事長)
「選挙の種類や有権者数などによって選挙にかかる費用は大きく変わりますが、地方選挙で初挑戦の場合ですと200万円から300万円ぐらいです。国政になると衆議院か参議院かでもずいぶん違いますが、安くても3000万円、一般的には5000万円か6000万円はかかりますね。無所属の人だと大抵は借金をして出るという形になります。クラウドファンディングで供託金を募ることはいまは事前運動にあたるためできませんが、そうしたことができるよう時代にあわせた制度になるべきだと思います」

また、一般のサラリーマンなどが選挙に挑戦する際、大きな壁となるのが仕事です。立候補したら、今勤めている会社を辞めざるを得ないのではないか?という点です。

(NPO法人ドットジェイピー 佐藤大吾 理事長)
「立候補に興味があっても退路を断ってチャレンジとなると、実際そこまではやらないという人が多いですよね。政治にチャレンジするというのは非常に公益性の高い志なので、その公益性を応援するという意味で『万が一だめでも戻っておいでよ』という環境を整えてもらえたらいいと思います」

従来の“選挙運動”なしで挑戦

政党に所属せず、後援会もない中で、選挙に立候補した女性がいます。2020年に行われた茨城県つくば市議会議員選挙で3番目に多い得票数で初当選した川久保皆実さん(36)。

川久保皆実さんの顔写真

都内で夫と子ども2人の家族4人で暮らしていましたが、生まれ育った茨城県つくば市にUターンしました。しかし、地元に戻り、子どもたちを公立保育所に通わせるようになって、保護者の負担の違いに驚きました。例えば、以前の保育所では使用済みのおむつは処分してもらっていましたが、つくば市では保護者が持ち帰らなくてはいけなかったのです。

保育所で使用する布団も毎週保護者が持ち帰って、週明けに持って行くなど自分が子どものころと保護者の負担が変わっていないことに疑問を持ちました。同じ公立なのになぜ住む場所によって制度に格差があるのか。どうしたらよりよく変えられるか考えた結果、3か月後に控えていた市議会議員選挙に立候補することを決めました。

川久保さんが供託金以外で立候補にあたって実際に負担したのはおよそ120万円。

選挙費用内訳 サイト約100万 ポスター貼り約10万 はがき作成約8万 ビラ証紙貼り約1万 ビラ新聞折込約2万

選挙事務所を構えることや選挙カーをレンタルすることはせず、街頭演説なども行いませんでした。はがきをポスターとほぼ同じデザインにすることなどで費用を抑えました。
知名度を補うために、WEBサイトや動画作成に力を入れ、街頭演説に代えて、名前が書かれたたすきをかけて、日頃から行っていたゴミ拾いを行いました。

訴えたのは公立保育所の制度改革や病児保育の支援拡充。ビラは政策の紹介を全面に出し、自分の顔写真は小さく掲載するのにとどめました。

川久保さんの作成したチラシ

(つくば市議会議員 川久保皆実さん)
「選挙のマニュアル本も読みましたがそもそも街頭演説みたいなみんながイメージする選挙運動をやるということへのハードルがすごく高いと感じていて、既存の選挙運動にとらわれないで自分がやりたいと思う方法でやってみようと思いました。自分の顔ではなくて具体的な政策に名前をつけてこの挑戦を売り出していく形にしました」

仕事はどうなる?

一方、立候補のもうひとつの壁となっているのが仕事ですが、選挙に出る場合でも社員が仕事を続けられる制度を設けている企業も出てきています。

人材サービス大手の「パソナグループ」には社員のキャリア形成や夢の実現を支援するための制度があります。「ドリカム休職制度」と名付けられ、その中の1つ、「政治休職コース」では選挙への立候補などの際、最大4年間休職した後、復職できます。

また、人材サービス会社の「パーソルキャリア」では公民権の行使のために「公職休職」の制度が設けられていて、選挙への立候補の場合は選挙運動にかかる期間など本人の希望を聞き取って休職の長さを決めます。その間は無給です。実際にこれまでに社員1人が利用し、選挙を経験した後、復職しているといいます。

(パーソルキャリア 人事マネージメント部 藤原広行 ゼネラルマネージャー)
「立候補にあたって会社を辞めないといけないとなると、落選したときにどうするのかという心理的な負担もあるでしょうし、会社側としても優秀な人材を失うということになります。それに、活動を通じた経験というのは本人のキャリア形成にも役立つと思います。社員がさまざまなことにチャレンジしやすい環境をつくるためにこうした制度を設けています」

自分らしい選挙で立候補を

自分のやり方で選挙を戦い、現在市議会議員として子育て環境の改善に取り組む川久保さん。

立候補を決意するまでは、選挙は投票するだけで、政治は自分とは違う世界の話だと思っていました。しかし議員として活動する中で、政治経験ゼロからの出発でも社会の課題に気付き提案できることがあると実感しています。

ことし2月、川久保さんは、自分のように地域課題を解決するための手段として選挙に出ようと考えている人たちを支援する活動を始めました。「自分も立候補したいが、どうしたらいいのか分からない」という人たちからの相談にオンラインで応じています。

笑顔の川久保さん

(つくば市議会議員 川久保皆実さん)
「私は『政治家になるぞ』という意気込みではなくて変えたいことがあるから選挙に出ました。どこの地域にも『この地域をよくしていきたい』と動いている人たちがいっぱいいると思っています。それはNPOだったりいろんな形ですが、選挙に出ることがそういう選択肢と同じぐらいになってほしいです」

ネットワーク報道部 記者
金澤 志江
2011年入局。仙台局や政治部などを経てネットワーク報道部へ。気になるテーマを幅広く取材中。