明者の氏名公表
なぜ差が出た
 

「平成最悪の豪雨災害」となった7月6日の西日本豪雨では、200人以上が犠牲となった。北海道を襲った地震、近畿などに上陸した台風など、災害が相次ぐ中で、一刻を争う救命・救助では、捜索にあたる警察・消防・自衛隊の効率的な運用が欠かせない。その際に、最も重要なのは何よりも正確な情報だ。しかし、安否不明者や死者の個人情報をどこまで公表するのか、いま自治体や政府は、その取り扱いをめぐって頭を悩ませている。何が起きているのか、現場を探った。
(官邸クラブ危機管理担当 古垣弘人)

氏名や住所を明らかにして「助けて」

西日本豪雨では、災害の発生直後から「#救助要請」「#拡散希望」とついたツイッターの投稿が相次いだ。

「家族が取り残されています。助けてください!」などと、氏名や住所を明らかにして呼びかけたものが多数見られた。そして、その投稿を見た人が、「情報を皆に拡散します」「救助を信じてください」と励まし、個人情報はさらに広がっていった。

情報が拡散されやすいツイッターを、大規模な災害の際に救助要請や安否確認に使う例は、去年の九州北部豪雨のときにも見られた。いまや個人が自分や家族の個人情報を公にして、情報を求めたり救助を呼びかけたりすることが、災害時の情報発信として定着しつつある。

死者の氏名公表、自治体間で差

一方、西日本豪雨で、被害が特に大きかった広島、岡山、愛媛の3県は、死者や安否不明者の氏名の公表のあり方をめぐって神経を尖らせていた。その結果、情報の公開のあり方に違いが生じていた。

死者の氏名について、広島、岡山、愛媛の3県は、いずれも遺族の了解が得られた場合のみ公表することにした。その結果、広島は災害が発生してから2日後の7月8日から、岡山は4日後の7月10日からそれぞれ公表を始めた。一方、愛媛が氏名を公表したのは、7月31日だった。自治体によって、死者の氏名の公表に20日以上の開きが生じたのだ。

この違いはどこから生まれたのか?

それは自治体が遺族からの了解を取る手続きによって生じていた。
広島県は、警察が遺体を引き渡す際に遺族からの了解を取る手続きを行い、それをもとに広島県警察本部が公表をしていた。
岡山県では、市町村が遺族と電話など何らかの形で連絡を取り、了解が得られた場合に、県の災害対策本部が発表する形を取っていた。
愛媛県は、遺族のもとに職員を派遣し、直接、意向を確認することにした。ただ遺族と言っても、配偶者か子息か、誰の了解を取ればいいのか。検討や調整に時間がかかったと担当者は話していた。

こうした手続きに沿った結果、9月3日の時点で、広島県では死者108人のうち107人の氏名が公表されている。岡山県では61人のうち60人、愛媛県では27人のうち16人の氏名が公表された。

安否不明者ではさらに差が

安否が分からない人の氏名の取り扱いをめぐって、3県の対応はさらに大きく分かれた。

安否不明者の氏名の公表に最も早く踏み切ったのは岡山県だった。

発災5日後の7月11日、岡山県は最大で43人となった安否不明者の住所、氏名などを分かる範囲ですべて発表した。その結果、公表直後から「私は無事です」などという情報が県側に相次ぎ、不明者の数は、半日で25人減っていた。
岡山県危機管理課の中山尚美参事は「本当に行方が分からない人の捜索に集中できるようになった。公表の意義は大きかった」と振り返る。

一方、広島県は、最大で33人いた安否不明者の氏名を基本的に公表しなかった。
この理由について、広島県の道下克典危機管理課長は次のように話した。

「DV=ドメスティックバイオレンスの被害から逃げているなど、個々人の事情がある場合もあり、個人情報は災害時であっても軽々に公表すべきではない。また今回の不明者のほとんどは、その場で土砂崩れに巻き込まれるなどしていて、どこか別の場所で無事である可能性は極めて低いと考えられた。そのため、氏名を公表しても、『私は無事です』といった生存情報が得られるメリットはほとんどないと判断された。こうした事情も総合的に勘案し、ほとんどの不明者について非公表とした」

ただ広島県は7月12日、2人の不明者の名字だけをカタカナで発表した。

「所在が分からなくなっている」などという通報があったものの、警察などで確認を取ることが困難だと判断し、情報の提供を求めるために公表を決めたということだった。氏名を公表した結果、この2人の生存は公表の翌日までに確認された。

愛媛県は7月13日の段階で、家族などの同意があった場合のみ、死者とともに安否不明者の氏名も公表する方針を決めた。

その段階で安否不明者は2人いたが、1人は家族などの同意が得られず公表を見送ったほか、もう1人は「人の姿をしたようなものが川に流されている」という通報によるものだったため、現段階でも氏名などは分かっていないということだ。

政府は非公式に…

被害が拡大する中、政府関係者は、安否不明者の人数が増えていくことに焦りを感じていた。

安否不明者が増えれば増えるほど、自衛隊や警察を投入する地域が拡大し、迅速な救命・救助や捜索活動に支障が出ることが懸念されたからだ。このため政府は、安否不明者の氏名を積極的に公表するよう非公式に促していた。岡山県が全面公表に踏み切ったことをきっかけに、広島県や愛媛県に対して働きかけを強めた。

個人情報の壁

しかし、そこで壁となったのが、個人情報保護法の存在だ。
2003年に成立した個人情報保護法、これに基づく各自治体ごとに設けられている個人情報保護条例では、住民の氏名を含む個人情報は、本人の同意のない中で利用したり提供したりすることは原則、禁止されている。

ただ法令では、「生命や財産の保護のため緊急でやむを得ない場合はこの限りではない」などとして、自治体が安否不明者の氏名を公表することは禁止していない。

「公表基準なし」が足かせか

公表が難しい理由について、愛媛県の尾﨑幸朗 防災局長は次のように語った。

「緊急時に個人情報を公開することは法令的に問題ないことは理解しているが、県が個人情報保護の観点から批判されるリスクをすべて背負うのは厳しい。『公表しても訴訟で負けることはない』などと明確にするなど、統一的な基準があればありがたい」

災害の際の国や自治体の役割を定めた国の防災基本計画では、死者・不明者の「数」については都道府県が一元的に集約・調整を行い、広報も市町村などと連携し適切に行うとされている。

ただ「氏名」についての記述はなく、災害時に死者や不明者の氏名を公表する際のガイドラインは定められてはいないのだ。

政府も慎重「責任の押し付け合い」の指摘も

実は、国もこうした責任を負うことには慎重な姿勢だ。

小此木防災担当大臣はことし4月、参議院災害対策特別委員会で「(災害時の犠牲者の)氏名の公表について国が統一した基準を定めることは現在、考えていない。都道府県、市町村、警察などの間で協議をし、対応を定めるべきものだ」と述べた。

災害担当の内閣府の幹部はこの答弁について「氏名などの個人情報は国ではなく自治体が網羅的に保有しているし、災害の状況や住民の事情は地元が一番よく把握しているので、それぞれで判断してもらうのが望ましい」と述べた。

こうした国と地方自治体の姿勢について「国民の関心が高い個人情報保護を重視する立場から、互いに責任を押しつけ合っていることが伺える」と指摘する政府関係者もいる。

死者の数 なぜ違った

大きな災害であればあるほど、政府や警察、消防、そしてメディアによる「犠牲者の数」の数字が食い違うことがある。それが今回も現れた。

西日本豪雨で亡くなった人の数は、当初、NHKの報道が官邸の発表を上回っていた。

しかし、7月12日夕方、菅官房長官は「死者は200人」と発表した。
その後、NHKは「ニュース7」で「NHKのまとめでは死者は187人」と伝えた。なぜ、この違いが生まれたのか。

NHKの担当デスクはこう説明する。
「ニュースで報じる犠牲者の数は、各地方局が地元の警察や自治体を取材した結果を市町村別に足し合わせて算出している。この日までの取材に基づく死者数は『187人』で、市町村別の数字も伝えていた。この日の午後、警察庁が県別で発表した西日本豪雨の被害状況では『死者は147人』とされていた。このほか、確認中の人的被害は『53人』とされていた。官房長官が発表した『死者200人』については内訳や根拠は示されなかったが、警察庁が発表した災害による死者数と確認中の人的被害を足したものと推察された。
NHKでは、地元の警察や自治体が災害による死者と認定し、市町村別の人数も伝えられる『187人』を中心に放送した」

一方、政府関係者は、「死者200人」の根拠をこう説明する。
「今回、警察庁は官邸に対して当初、災害による死者と判断された人数と、詳細な状況を調査中の死者の人数を分けて報告していた。しかし、官房長官会見では、2つをまとめた数字を死者数として発表した。なぜならよく聞いてみると、その『調査中』という数字は、検視の結果、災害で亡くなった可能性が高いと判断されたものの、単に都道府県の認定が得られていないものがほとんどだったからだ。犠牲者の数は災害の規模を把握する上で、極めて重要なものなので、官房長官会見では、よりその時点での被害の実態を反映した数字を公表していた」

この数字の「ズレ」、実は警察と消防の間でも起きていた。内閣官房によると、8月23日の時点で、警察庁のまとめでは「死者226人・行方不明者10人」だったが、総務省消防庁は「死者221人・行方不明者9人」だった。

警察庁は各警察本部からの情報を、消防庁は各都道府県からの報告をそれぞれまとめていた。当局間でさえも、こうしたズレが起きるのだ。

ほかの災害でも違いが

個人情報をめぐる政府内の意見の違いはほかの災害の際も起きていた。

ことし1月、草津白根山が噴火し、訓練中だった自衛隊員が亡くなった。当初、陸上自衛隊は、この隊員の氏名を公表しなかった。遺族の了解が得られていなかったからだ。

しかし、専門家などからは、氏名が速やかに公表されないことに批判が相次いだ。これを受けて、政府内では、防衛省や内閣官房、それに内閣府や警察庁など関係府省庁の担当者が集まり、今後の対応を協議した。

ある政府関係者は「死者の氏名は災害時に発信されるべき基本情報だ。検視にも立ち会い、事件・事故で氏名公表に慣れている各地の警察が迅速に公表するよう、国から働きかければ良いのではないか」と指摘した。
これに対して別の担当者は「住民の氏名は本来自治体が保有しているもので、自治体が判断して公表すべきだ」と、警察が一義的に発表することに慎重な意見を出した。

結局、議論は平行線をたどり結論は出なかった。

「速やかに公表すべきだが」

災害情報が専門の静岡大学防災総合センターの牛山素行教授は、こうした状況について、死者や安否不明者の氏名は速やかに公表するべきだと強調する一方、その環境整備に向けて、自治体だけでなく政府をはじめ社会全体で議論すべきだと指摘する。

「不明者氏名の公表は早期の安否確認につながるし、死者の氏名は個々の災害を教訓として後世に残す記録としても重要で、死者・行方不明者の氏名は特別な事情がない限り公表すべきだ。災害発生時には多くの人が自分の関係者の安否情報を求める行動を起こすわけで、その際の混乱や、場合によっては生じうる不確実情報などを軽減するためにもその方がいいと思う。
関係者が公表を強く拒んでいる場合などに無配慮な対応はあってはならないが、死者など、匿名化の近年のあり方は、個人情報保護に対する過剰な反応で、少し行き過ぎではないだろうか」

その上で「直接当事者となる自治体だけでは決められない問題でもある。例えば『氏名公表について萎縮する必要はない』と政府が明示するなど、社会全体で議論していく必要がある」と述べた。

実名公表の必要性

災害時に、政府や自治体が集める情報は、国民の共有財産であるとも言える。牛山教授が指摘する通り、特別な事情がない限り、原則公表すべきものだ。

これは大規模災害に限ったことではない。事件・事故の際に、検察や警察が身柄を拘束した容疑者や被害者の氏名を公表しなくなれば、権力乱用を監視することも、事件・事故の背景を掘り下げることもできなくなる。

NHKや新聞社などが加盟する日本新聞協会は、去年出した声明の中で、2005年の個人情報保護法の施行以降、行政機関が懲戒処分を受けた公務員の実名を公表しなかったり、警察当局が重大事件の被害者を匿名で発表したりするケースが増加していると指摘した上で、今後、さらに匿名化が進む可能性があると懸念を表明している。

一方、ある自治体の防災担当者から報道機関に対する厳しい意見も聞いた。
「ご遺族に、亡くなった方の氏名公表の了解を取りに伺うと『本当は出したくないけど、報道にもう出ているから隠してもらう必要もない』『了承なんかしていないのに勝手に夫の顔写真を報道された。マスコミは信用できない』などという声に接する。報道の意義は十分理解しているつもりだが、被害者や家族への配慮なども報道機関は考えるべきだ」。

牛山教授も匿名化の背景について「犠牲となった人の周辺で取材が加熱する『メディアスクラム』のようなことが嫌われている面もあるのではないか」とも指摘している。

取材の加熱は、大きな災害や事件ほど起きやすく、私たちメディアの責任として回避しなければならないことだ。

「個人情報」をめぐる現状は、今回の災害での公表のあり方を見ても、このままにしておけないものだと感じる。この災害をきっかけに、個人情報の取り扱いに関する議論が活発になることを期待したい。

政治部記者
古垣 弘人
平成22年入局。京都局から政治部へ。現在、官邸担当。