鍵を握るインド 日印関係は
クアッド終え中国にどう対抗?

日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4か国によるクアッド首脳会合でカギを握ったのはインドだった。
隣国の中国と長年にわたって緊張状態にあり、対立しているインド。
ウクライナ情勢をめぐって伝統的にロシアと友好関係を築いてきたインド。
各地の安全保障に重要な役割を果たすアジアの大国を引き寄せることができたのか、今回のクアッドと関係国の思惑を振り返る。

インドとロシアのつながり

インドは国連の安全保障理事会や国連総会の緊急特別会合でロシア軍の即時撤退を求める決議案の採決や、国連人権理事会でロシアの理事国としての資格を停止する決議案の採決など、これまで国連の場で合わせて11回棄権している。

ウクライナへの軍事侵攻を直接的には非難しておらず、ロシアに経済制裁を科すG7=主要7か国や、ウクライナへの軍事支援を強化するNATO=北大西洋条約機構の加盟国とは一線を画しているのだ。

この背景には、ロシアがインドにとって最大の兵器の供給元になってきたことや、国連安保理でロシアがインドの立場を支持して拒否権を行使するなど、政治的にも深いつながりがあるためだとみられている。

兵器をめぐって、ロシアは機密性が極めて高い原子力潜水艦の貸与や、巡航ミサイルの共同開発などにも積極的に応じているほか、2018年にはアメリカがトルコに制裁を科すきっかけとなった最新鋭の地対空ミサイルシステム「S400」を売却することで合意するなど、インドの防衛面でも欠かせない存在となっている。

2021年12月には、ロシアのプーチン大統領とインドのモディ首相が会談し、軍事や科学技術など幅広い分野で両国の関係を強化することで一致し、アメリカが懸念を示しているロシア製の地対空ミサイルシステムのインドへの移送が始まったことも明らかにされた。

ウクライナへの侵攻が始まったあとも、4月には、ロシアのラブロフ外相がインドを訪問し、欧米と一線を画すインドを「偏っていない」と評価した。

エネルギーの面では、ロシアからの原油の輸入量は全体の1~2%に過ぎないが、インドは今後も購入を続ける意向を示していて「制裁の抜け穴になるのではないか」といった指摘も出ている。

インドは中国と長年対立

クアッド4か国の中で唯一、中国と地続きで接しているインドは、周辺地域で中国が影響力を拡大させていることなどから「中国に対抗する」という点でほかの3か国と同じだ。

中国・パキスタンと長年にわたって緊張状態にあり、とりわけおよそ3500キロにわたって地続きで向き合う中国とは、2020年、双方の軍に死傷者が出る衝突が起きるなど、国境が画定していない地域をめぐって長年対立している。

モディ首相「クアッドは世界において重要な位置」

こうした中、5月24日に東京で開かれたクアッド首脳会合。
インドのモディ首相はこのように発言し、クアッドの枠組みの重要性を強調した。

(インド モディ首相)
「クアッドは世界において重要な位置を占めている。クアッドの信頼と決意は民主主義に新たな強さをもたらしている。現在、われわれはすべての国の協力で自由で開かれたインド太平洋の実現に向けて進んでいる」

さらに、アメリカのバイデン大統領は、インドをこう持ち上げた。

(アメリカ バイデン大統領)
「モディ首相による民主主義の実現に向けた尽力を感謝したい。なぜなら、この会合は専制主義に対抗して、いかに民主主義を実現していくかについて議論するものだからだ」

岸田首相「強固な日印関係の証し」

続いて行われた日本とインドの首脳会談。
岸田総理大臣はインドとの結びつきの強さを強調した。

(岸田首相)
「日本とインドの国交樹立70周年の節目の年に双方の往来が実現したことは、強固な日印関係の証しだ。日米豪印の首脳会合では、法の支配の重要性や、力による一方的な現状変更への強い反対のメッセージを発出できたことを大変心強く思う。モディ首相の積極的な関与に感謝を申し上げる」

そして両首脳は、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた連携を確認した。

“インドがロシア寄りにならないよう…”

日本政府内には、アメリカがトランプ前政権の時にインド太平洋地域への関与を弱めた結果、中国が急速に浸透することになったという見方もある。
今回の会合は、中国や北朝鮮などに対する抑止力の向上につながるものだと受け止めている。

また、ウクライナ情勢をめぐっては、インドに配慮し、ロシアを名指しで非難することは避けたものの、力による一方的な現状変更をいかなる地域でも許してはならないという認識を共有し、インドがこれ以上ロシア寄りとならないよう求めた形だ。

クアッドの枠組みについて日本政府は、インド太平洋地域で、インドに関与し続けてもらうことが狙いの1つだとしている。

今回のクアッドの共同声明には、新型コロナ、半導体などの先端技術、宇宙など、中国が近年、急速に力をつけている分野での協力の枠組みの立ち上げが多く盛り込まれた。

クアッドを土台に、インドや、東南アジア諸国も乗りやすい実務的な協力の仕組みを張り巡らせることで、経済分野でも覇権主義的な姿勢を強める中国を抑止し、相対的に日米豪印4か国の影響力を強めていきたい考えだ。

インドの「全方位外交」にどう向き合うか

ただ、インドの外交は「全方位外交」とも言われている。

インドと歩調を合わせて行くには、国益に応じた多国間の枠組みがポイントとなる。

インドのモディ首相は、クアッドの枠組みを高く評価した理由として「クアッドの範囲は拡大し、影響力もまた大きくなっている。インド太平洋地域の平和と繁栄そして安定を確保するものだ」と指摘している。

民主主義国どうしの連携をアピールして政治的に中国をけん制する思惑も透けて見える。

2国間による外交的な取り引きに加え、価値観を共有する国々とも手を結び、国益の最大化を追求していく。

そうした外交方針は今後も堅持していくものとみられるが、影響力をますます強める中国と対峙していく中、クアッドという多国間の枠組みは必要不可欠になったとも言える。

中国は強く反発「対立あおるな」

一方、中国は、クアッドの共同声明に対し強く反発している。

(中国外務省 汪文斌報道官)
「中国はこれまで国際法に関する義務を積極的に果たしてきた。関係国には、色眼鏡をかけて根拠なく非難したり、小さなグループを作って対立をあおったりせず、平和で安定し、協力的な海洋秩序の構築を脅かさないよう求める」

さらに、中国の王毅外相が26日からソロモン諸島をはじめ、太平洋の島しょ国などあわせて8か国を訪問することも明らかになった。
中国としてこの地域での影響力を拡大させ、アメリカが主導するインド太平洋戦略に対抗する狙いがあるとみられる。

クアッドの日に中国軍とロシア軍の爆撃機が…

防衛省によるとクアッド首脳会合が開かれた24日の午前から午後にかけて、中国軍とロシア軍の爆撃機あわせて6機が日本周辺の日本海や東シナ海、それに太平洋上空で長距離に渡って共同飛行しているのを確認したという。ロシア軍の情報収集機1機も飛行していたという。
航空自衛隊の戦闘機がスクランブル=緊急発進して警戒・監視にあたり、領空侵犯はなかった。

防衛省は、クアッドの首脳会合が行われている中での示威行為だとして、中国とロシアに対し、外交ルートを通じて重大な懸念を伝えた。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続く中、日本政府は、現状変更の動きがアジアにも波及しかねないという警戒感を強めている。
一方で、中国は地域での影響力拡大に向け、動きを活発化させていて、米中の激しいせめぎ合いは続くことになりそうだ。
こうした中、今後のインドとの向き合い方はどうなるのか。

日本政府関係者の1人はこう述べる。
「『非同盟』を外交の基本方針とするインドがクアッドに加わっているだけでも大きなことであり、一足飛びに関係を深めていくことは求めない」