24時間働けません!
若手官僚8人が探った霞が関の実態

国家公務員の中途退職や志望者の減少が深刻化している霞が関。
このままでは政策立案能力の低下を招き、国家の屋台骨が揺らぐ可能性すらある。
「これ以上若手を辞めさせるわけにはいかない」
霞が関の未来への希望を託されたのは、人事行政を担う若手8人組だった。
(山田宏茂)
倒れる同僚 明日はわが身
「政権が変わるたびに“なんちゃら室”が内閣官房にできて人が割かれる」
「仕事は常に自転車操業。新しい政策を立案する力が残っていない」
霞が関にある人事院の一室。部屋に集った若手官僚8人の本音が熱を帯びて飛び交う。

去年9月、国家公務員の中途退職や志望者の減少に危機感を抱いた人事院の川本裕子総裁と、公務員制度を担当する当時の河野太郎大臣が、内閣人事局と人事院の若手職員に自由に改革案をつくってもらおうと設置した。
国家公務員の働き方をめぐって、国が人事制度に携わる若手に提言を求めたのは初めてのことだ。
メンバーは公募や組織内推薦で集まった30代の若手。コロナ禍で全員が一堂に集まるのが難しい中、オンラインも活用して、週に1度のミーティングを中心に霞が関の将来像をめぐって議論を重ねた。
メンバーの1人で、この春まで内閣人事局に所属していた、総務省の地主野の香さん(じぬし・ののか)は活動の原動力になったのは危機感だと力を込める。
涙浮かべ絶望を語る


また、昨年度、国家公務員を対象に行われた調査では、若手の男性職員の「7人に1人」、女性職員の「9人に1人」が早期退職の意向を持っていた。
なぜこれほど若手の退職が相次ぎ、霞が関に希望を抱けないのか。
原因を探るため、チームが力を入れたのは退職した若手への聞き取りだった。
協力してくれた退職者はおよそ40人。聞き取りは、オンラインを中心に、時に数時間におよび、目に涙を浮かべて無念さを訴える退職者もいた。
人事院の大平弘太郎さんは、やりきれない胸の内を明かす。
聞き取りの結果、見えてきた実態は霞が関を覆う「変わらない」という「絶望」だった。
2年に1度 勝手に転職させられる!?
「仕事をやってもやらなくても年次で上がる。頑張る意義を見いだせない」
「専門性や志向を自分で決められない」
「絶望」の大きな2つの原因のうちの1つが「キャリアパス」だ。
大平さんは「退職者はキャリアパスを自己決定できず、職場に人生までも決められてしまう感覚に絶望を感じていた」と分析する。
背景には、霞が関特有の「キャリア制度」がある。各省庁ごとに採用が行われ、採用後はほぼ2、3年の周期でさまざまな定期異動を繰り返す。ゼネラリストとして育成され、専門性は身につきにくい。
徹底した年功序列で、採用同期は40歳前後までほとんど差をつけないが、幹部ポストの数は限られており、出世コースから外れれば、定年前に事実上の肩たたきが行われるため、トップの事務次官を目指して出世レースを勝ち抜く以外のキャリア形成は描きにくい。このキャリア特有の制度は法律や規則に基づくものではなく、あくまでも慣行にすぎない。

それならばと配属先で担当したデジタル部門に魅力を感じ、専門性を身につけようと希望したが、異動はほぼ2年に1度やってくるという。
地主さんの名刺は、昇進もあって入省から7年目で7種類目になった。
地主さんは訴える。
「例えるなら2年に1度、意図しない転職をさせられるようなもので、やりがいを感じられないと話す退職者が多かった。自分の能力の何が評価され、何を期待されているか分からない。ほかの山を登りたいのにみんなで同じ山を登らされているようですごく息苦しい」
ほかのメンバーも「霞が関は『年功序列を排し、能力や実績に基づく人事をやる』と、ここ何十年ずっと言っているが変わっていない」と口をそろえる。
令和でも24時間戦えますか?
「時間無制限で仕事ができる人が評価される」
「床では寝られない」
「絶望」の原因のもう1つ「長時間勤務」には生々しい証言が並ぶ。
特に出産や育児といったライフステージとタイミングが重なる女性からは深刻な訴えが目立った。
「妊娠中にもかかわらず睡眠時間は3、4時間。母胎への危機を感じた」
「『24時間戦士』が前提の組織で、出産や育児でそうはなれなくなり、自分は必要とされていないと感じた」

メンバーで内閣人事局の谷口健二郎さんも法律の改正を担当していた際、半年にわたり月300時間を超える残業が続いたという。週末の出勤に加え、平日でも帰宅できるのは2日だけ。残り3日は明け方に自腹で新橋のサウナに行き、体を休めて再び出勤していた。過酷な実態を振り返る。
なぜ長時間勤務が発生するのか。
慢性的な人手不足に伴う業務の増加に加え、「国会対応」が一因になっている。総理大臣や閣僚が国会で行う答弁案は、質問に関係する省庁の官僚が作成を担当する。質問する国会議員からあらかじめ内容を聞き取る「質問取り」という作業を行い、答弁作成を担当する部署に割り振る。

谷口さんは「男性の比率が高く、家庭のことは奥さんに任せきりでひたすら仕事を続けるという幻想がいまだに残っている。24時間対応できることが大事で、効率よく働いているかは評価対象になっていない」と実感を口にする。

根本を壊せ
こうした実態を変えようと、政府は近年、国家公務員の働き方改革に力を入れてきた。特にここ1、2年は、ワークライフバランスを推進するための指針を5年ぶりに改正し、業務のデジタル化や管理職の意識改革、サービス残業の払拭や勤務時間を管理するシステムの導入などを次々と進めてきた。
国会対応も新型コロナウイルスの感染拡大を受け、質問取りやレクでオンライン会議システムの活用も進んだ。
人事院はことし、国家公務員の働き方改革に関する研究会を始めた。終業から次の始業までに一定の休息を設ける「勤務間インターバル制度」の導入の検討をはじめ、来夏までに報告書をまとめる予定だ。
このほか、今回のチームが取り組む以前から有志の若手職員らが改革に向けて提言などの活動を続けている。
こうした改革の成果もあってか、昨年度の職員調査では働き方改革が「進んだ」と実感した人が過去最高の64.5%に上った。国家公務員の「総合職」の今年度の採用試験への申し込み者数も1万5330人で、6年ぶりに増加に転じた。ただ、それでも過去2番目に少なく、10年前の3分の2を下回る水準だ。

メンバーで内閣人事局の山内亮輔さんは「世の中に働き方改革が浸透し、霞が関も昔に比べて意識は変わってきた」と認める一方、「ただ改革のスピードは遅い。24時間戦士が前提の組織文化はもちろん、人事制度そのものは手つかずで、そこに踏み込まなければ変わらない」と冷静だ。
最終提言は
4月末、チームはおよそ半年間の成果を13の項目にまとめ、国家公務員制度を担当する二之湯智大臣と川本人事院総裁に提出した。

改革案のタイトルは「カラフルな公務を目指して」。
「ブラック」とやゆされる霞が関から、性別や世代を超えて多様な働き方が認められる「カラフル」な霞が関へ変革されるよう願いを込めた。
具体策として▼年功序列による昇進をやめ、人事異動は原則、公募による手挙げ方式にして省庁を超えてポストを選択できるようにすることや、▼多くの経験が積めるよう、業務時間の20%を上限として省庁を超え担当以外のプロジェクトに取り組めるようにすること、▼部下も上司を評価する「360度評価」の制度化などを盛り込んだ。

また、国会対応による「24時間戦士」が前提の組織を改めるため、▼質問通告の「2日前の正午まで」という申し合わせの実効性の確保や、▼国会対応や法案の作成を担当するポストを交代制勤務にすること、▼閣僚の答弁作成などに関する政府内の連絡はファックスをやめデジタルツールに統一することなどを求めた。

人事院の佐藤一人さんは「人事部門で働いているので、提案しただけで終わらせず、少しでも実現させたい」と力を込める。

同じく人事院の鈴谷賢史さんは「改革案を見て霞が関を志望する人が増えたり、いままさに霞が関を去りたいと思っていた若手が『もう少し頑張ってみよう』と思ってもらえたなら」と期待する一方、「若手の提言はこれが最後になってほしい。問題があればその場で話し合い、改善されていくことが組織の健全な姿なのだから」。
多様な働き方実現を
昨秋、私は希望して社会部から政治部に異動した。
国の中心で政策決定のダイナミズムを肌で感じ、刺激を受ける毎日だ。しかし、今回、裏方で支える若手官僚の勤務実態を目の当たりにし、それが彼らの健康や、私生活の犠牲の上に成り立っているのだと戸惑いを覚えた。
複雑な社会課題を抱えるこの国には、個々の能力を生かした政策立案が欠かせない。彼らが提言した多様な働き方を実現することが、充実した行政サービスとして国民に還元されるのではないか。
8人の提言にどう向き合うのか、次は受け取った側が試されている。

- 政治部記者
- 山田 宏茂
- 新聞社から転職し、2015年に入局。横浜局、社会部を経て、去年から政治部で国家公務員制度などを担当。愛知県の酒蔵の長男。