の結束はどこにいった

「安倍か、石破か」。
9月の自民党総裁選挙をめぐり、第3派閥の竹下派が揺れた。
かつては鉄の結束を誇った“名門派閥”復活を目指し、4月に党総務会長の竹下亘氏(71)が会長に就任。総裁選挙はその試金石と見られていたが、派内は安倍総理大臣支持と石破元幹事長支持の真っ二つに。
竹下氏は苦悩の末、事実上の自主投票を決める。竹下派で何が起きていたのか。どうして、こうなったのか追った。
(政治部竹下派担当 根本幸太郎 宮里拓也)

にじむ無念

総裁選挙の告示まで1か月を切った8月9日。
長野市内のホテルで開かれた竹下派の会合冒頭、マイクを握った竹下亘会長は、こう切り出した。


「正直言って、私は、できれば一本化したいという思いを強く持ってやってきたが、それはできないということを判断した」

派閥として支持する候補者の一本化を断念し、事実上、自主投票とする方針の表明だった。温厚な性格で知られる竹下氏は普段からあまり感情を表に出すタイプの政治家ではない。この日も、いつもと変わらない表情に見えたが、その言葉には、派閥として一致した対応を取りたかったという無念さがにじんでいた。

“鉄の結束”への試金石

竹下氏が率いる竹下派は正式名称「平成研究会」。「一致結束箱弁当」、「鉄の結束」とも呼ばれた旧田中派の流れをくみ、竹下氏の兄・竹下登元総理大臣が旗揚げした「経世会」を前身とする。かつては党内最大派閥として、竹下、橋本、小渕の3人の総理大臣を輩出するなど絶大な存在感を示し、名門派閥と言われてきた。


しかし、近年は有力な総裁候補を出せず、第3派閥に転落。体制の立て直しに向けて、参議院側が派閥から離脱する構えを見せ、当時の派閥会長の額賀氏に退任を要求する“お家騒動”の末、4月には竹下氏が会長に就任、“竹下ブランド”のもとで、派閥復活への歩みを進め始めたばかり。今度の総裁選挙で、かつての「鉄の結束」を示せるのかが、まさに試金石となっていた。

「熟考」戦略

竹下氏は会長就任当初から、ギリギリまで情勢を見極めることを、総裁選挙の基本戦略としてきた。
安倍晋三総理大臣(63)の外交を高く評価する一方、「ポスト安倍」の岸田文雄政務調査会長(61)を「政策的に一番近い」、石破茂元幹事長(61)も、かつて同じ派閥に所属していた経緯から「同志という感覚を持っている人もいる」と評した。
一方、派内には茂木敏充経済再生担当大臣(62)や加藤勝信厚生労働大臣(62)など、衆議院側を中心に安倍総理大臣に近い議員がおり、先んじて安倍支持を表明する派閥幹部もいた。
それでも竹下氏は「政治は『一寸先は闇』だ」と繰り返し、最終的に誰を支持するか明言しなかった。効果的なタイミングで、派閥がまとまって支持を打ち出すことで、選挙戦の流れを決定づけ、存在感を誇示したいという思いを感じた。

岸田氏立たず 誤算に

竹下氏の戦略を大きく狂わせることが起きる。


7月24日、岸田氏が立候補を見送り、安倍3選支持を表明したのだ。
その晩、地元島根から帰京した竹下氏を直撃すると「総裁選挙の構図が変わってきた感じを強く持っている」と緊張感をにじませた。
当初の方針を前倒しして、8月9日の長野市の会合までに対応を決めることになった。安倍総理大臣と石破元幹事長の一騎打ちの構図がほぼ固まり、安倍優勢の見方が強まる中、これ以上決定を遅らせるのは得策ではないという判断だった。

派閥幹部は「我が派は、ほぼ安倍支持でまとまっている」と、安倍総理大臣支持でまとめることに自信を見せていた。

予想もしなかった動き 突然に

7月最後の週末、同僚記者から予想もしていなかった情報が入ってくる。
「青木さんが石破支持でまとめたがっているとの話がある。竹下さんもそれに傾いているようだ」。
青木さんとは、青木幹雄・元自民党参議院議員会長(84)。

かつて「参議院のドン」と言われ、政界引退後も派閥に影響力を持つ長老だ。竹下登元総理大臣の元秘書で、竹下氏とも関係が深い。半信半疑のまま取材を進めていると、石破支持に向けた動きが表面化した。

7月31日朝、竹下派の会長代行も務める吉田博美参議院幹事長(69)ら参議院側が、東京都内のホテルに集まり、総裁選挙への対応を吉田氏に一任することを決めた。出席者の1人は「この場で参議院側は石破支持の方向が固まった」と解説する。

なぜ石破支持?

ではなぜ参議院側は石破支持にかじを切ったのか。

参議院側の幹部の1人はこう説明してくれた。
「有権者の中に『安倍NO』という感情は強い。来年夏の参議院選挙を考えると、安倍総理大臣以外の選択肢を見せなければ、自民党全体が沈む。石破さんを積極的に支持する理由はないが、消去法でそれしかない」
また別の幹部も「安倍総理がダメだなんて言っていない。安倍政権がいいことはわかりきっている話だ。ただ議論もしないまま続投を認めると、自民党は意見を封殺する政党だと思われてしまう。議論して総理・総裁を決めた方が世論もついてくる。広い意味で安倍政権を支えることになる」と話す。
つまり来年夏の参議院選挙への危機感が石破支持の理由だという。劣勢とみられる石破氏を支援して論戦を活性化させ、党の多様性や人材の厚みをアピールした方が得策だという判断だ。

別れても好きな人・・・

ただ参議院側をとりまとめる吉田氏にとっては、苦渋の決断だった。

吉田氏は安倍総理大臣と同じ山口県出身で個人的な関係も深い。参議院の国会対策委員長や幹事長として、安全保障関連法など重要法案の成立に尽力し、安倍政権を支えてきたことは自他ともに認めるところだ。7月下旬に吉田氏が、党の支持団体の幹部から総裁選挙での対応を質問され「安倍支持でまとめてくれ」と答えていたという証言もある。
しかし「おやじ」と慕う青木氏の意向、そして、来年の参議院選挙の環境を、どう整えるのか思い悩んだ結果、個人の思いとは逆の判断を下す。
吉田氏はこの頃、開かれた会合で、昭和のヒット曲のタイトルを引きつつ苦しい胸の内を吐露した。

「これまで安倍政権を支えてきたが、これからも『別れても好きな人』でありたい」

深まる溝

参議院側の動きに対し、安倍総理大臣を支持する議員が多い衆議院側からは反発の声が上がる。若手の1人は「なぜ、すでに引退している青木氏の意向に従わなければならないのか。自分は“青木派”ではなく、竹下派だ」と、強い抵抗感を示した。
さらに幹部からも、安倍総理大臣が3選した場合、石破氏を支持した派閥が、内閣改造や党役員人事で冷遇されるとの懸念が上がった。衆議院側と参議院側との溝は深まっていく。


タイムリミットが近づく中、竹下氏は「迷っていないと言えば嘘になる」と繰り返す一方、派閥として支持の一本化に、あくまでもこだわる考えを強調し続ける。

自主投票論広がる

竹下氏の思いに反し、派内では「衆参で別々に対応すべきだ」という意見が広がる。
衆議院側への意向の聞き取りで、安倍総理大臣支持が大勢を占めた翌日の8月3日、参議院側のある幹部がささやいた。

「もう最終的には痛み分け。つまり来週の竹下会長の判断は『衆と参、それぞれ別でやりましょう』という形になるんじゃないか」

石破支持へと先に仕掛けた参議院側から「一本化にこだわらない」とする意見が出始めたのは潮目の変化のように感じられた。タイムリミットまで残り2日に迫った8月7日、参議院側の対応を一任されている吉田氏が、国会近くの派閥事務所で竹下氏と会談。

 

関係者によると、吉田氏は、過去の総裁選挙でも衆・参で支持する候補が分かれたこともあったとして、衆議院と参議院で対応を分けることも選択肢に含めるよう提案したという。事実上の自主投票に向けた流れができた。

封じられた竹下氏の意向

8月8日夕方、対応の最終協議のため、竹下氏のほか衆・参の幹部が派閥事務所に顔を揃えた。
冒頭、竹下氏は「『一本化する』と言い続けてきたができずに今日まで来た。色々なハレーションも起こし、反省している」と陳謝。そのうえで、衆・参双方の立場や、議員個人の考えも尊重するとして、事実上、自主投票とする方針を決めた。

実は、竹下氏はこの協議に先立ち、幹部と相次いで会談し、一本化はしないとしたうえで「個人としては、石破氏を支持したい」という考えを伝えていた。しかし、これに衆議院側の幹部は「個人の思いであっても、派閥の会長が表明すると、所属議員の判断に影響が出る」と反発。
結局この日、竹下氏が石破氏支持を表明することはなかった。

どうなる“鉄の結束”

竹下氏は総裁選挙について、会長就任当初から「私1人が決めようとは思っていない。何が何でも、右向け右というわけにはいかない」と述べてきた。それは、これまでのように派閥の領袖がすべての方針を決めるのではなく、若手を含めた所属議員から意見を聞いて決めるという、新たな時代の派閥像を目指しているようにも見えた。
竹下派は今回の総裁選挙後、派閥として再度結束し、3年後の次回選挙では、自前の候補者の擁立を目指す方針だ。
しかし、今回、総裁選挙で意見集約できず「派閥の意味がなくなった。派閥であることを放棄した」(参院ベテラン)という指摘や、竹下氏の調整力、決断力を問う声も上がっている。また、総裁選挙の後、人事などへの影響を懸念する声もくすぶる。
再び派閥としての存在意義を示し、「鉄の結束」を取り戻せるのか。待ち受ける道は、決して平たんではなさそうだ。

政治部記者
宮里 拓也
2006年入局。さいたま局から政治部。再びさいたま局を経て、現在は政治部で参議院を担当。
政治部記者
根本 幸太郎
平成20年入局。水戸局を経て政治部。去年8月から竹下派担当。