自公政権に すきま風?
~細るパイプの先は~

「もう、お互いに協力するのはやめよう」

長年連れ添った伴侶から、突然、そう言われたら、どう思うだろうか。
「いつもの夫婦ゲンカさ。時間が経てば『やっぱり一緒がいい』となるに違いない」と、考えるかもしれない。

でも、1週間たっても、1か月たっても、状況が変わらなかったらどうか。
さすがに互いにいらだちを隠せなくなり、売り言葉に買い言葉…
いくら熟年夫婦とは言え、先行きに一抹の不安を感じるのではないか。

戦後政治の中で最も長い期間、連立政権を組んできた自民党と公明党。
この2つの政党が今、ちょうどそんな関係にあるように見える。
一体、何が起きているのか。
(米津絵美、初田直樹)

突然の方針表明

「今頃は、もっと進んでいると思っていたのだが。話し合いにも来ないでくれと言われている。参っている…」

先日、自民党幹部がこう嘆いていた。
今年夏の参議院選挙に向けて公明党との関係が悪化し、出口が見えない状況が続いている。

年明け間もない1月13日、問題は突然、表面化した。
この日、議員会館の会議室で公明党の両院議員団会議が、メディアに非公開で開かれた。この場で幹事長の石井啓一は、夏の参院選について、こう切り出した。

「参院選は政権選択ではなく、多様な国民の意思に応える選挙だ。本来の意義に立ち返り、自民党へ推薦を求めず、公明党から自民党候補者への推薦を見送る」

3年前と6年前の参院選では、自民党と公明党が互いの候補者を推薦しあう「相互推薦」を行ったが、今回はそれを行わないと宣言したのだ。

石井は、自民党と選挙協力について協議を行ってきたものの、自民党内の調整が難航し進展がみられないことなどを理由に挙げた。

夏の参院選。
公明党は、東京、埼玉、神奈川、愛知、大阪、兵庫、福岡の7つの選挙区に候補者を擁立する予定で、東京と大阪を除く5つの選挙区で自民党に推薦を依頼。その代わりに32ある1人区を中心に公明党が自民党候補を推薦する方向で協議を進めていた。

公明党は、去年の年末までに推薦を出すよう求めていたが、自民党は、5つの選挙区に自分たちも擁立を予定しているため、地方組織と丁寧に調整したいとして、年内の決定には至らなかったのだ。

石井の発言は、「相互推薦」に向けた協議を止めることを意味した。

2日後には、公明党代表の山口那津男が、党のオンライン会議で同じ内容を表明。全国の地方組織に周知され、この方針は不可逆的なものとなった。
両党が強力に推進してきた組織的な選挙協力体制に暗雲が立ちこめた。

“ブラフだ”

しかし、こうした公明党側の発言に対し、自民党側は当初、それほど強い危機感を抱いていなかった。

「遅れていた協議を進めるために、あえて『選挙協力をしない』と言ったのだろう」という受け止めが大半で、「自分たちを高く売るためのブラフだ」という声もあったほどだ。

こうした自民党内の空気を反映し、党選挙対策委員長の遠藤利明は、所属する議員グループの会合で「20数年間の連携を大事にして、参院選でもしっかり協力したい。党の方向を決め、公明党に改めて協力を申し上げたい」と語り、あくまで協議を継続する考えを示した。

すきま風

自民党側が比較的、悠長に構えていたのは、公明党と積み重ねてきた経験値からだった。

今年で23年目に入る自民・公明両党の連立政権。
これまでも意見の違いはさまざまな分野で幾度となくあったが、その都度、乗り越えてきた。

公明党や支持母体の創価学会と太いパイプを持つ前総理大臣の菅義偉。菅が総理だった時も、こうした事態はあった。
おととしの暮れ、高齢者の医療費2割負担への引き上げの対象年収をめぐって、自民党と公明党の意見が対立した。

党の政策責任者の間では調整がつかず、最終的に菅と山口の直接交渉による「大将戦」での決着となった。

【リンク】政治マガジン特集『公明党が強気 いまなにが?』で詳しく

ただ、岸田政権では、両党の関係は、これまでにない深刻な状況だという見方が少なくない。

典型的な例が、衆議院選挙の直後に浮上した子育て世帯への10万円相当の給付だ。
自民党は真に必要な家庭に限定するため所得制限を設けるよう求め、公明党は親の所得で子どもを分断すべきではないと主張。

交渉は幹事長間に委ねられ、年収960万円の所得制限を設けることと、現金とクーポンを組み合わせることなどで合意した。しかし、高額な事務経費や、自治体の混乱を招いたことなどに批判が相次ぎ、自民党内からは「公明党が衆院選で掲げた政策だから歩み寄ったのに…」などと恨み節も聞かれた。両党関係には後味の悪い結果となった。

さらに、総理大臣の岸田文雄が、たびたび言及している「敵基地攻撃能力」の検討も関係に水を差している。

去年12月7日の山口の記者会見。
記者から、敵基地攻撃能力の保有について公明党の姿勢や発言が軟化しているのではないかと指摘されると、山口は「言葉尻を捉えて後退したとか前進したとか、そういう決めつけはやめなさい!」と一喝した。
ふだんは冷静沈着な山口が、声を荒らげるのは極めて異例なだけに、この件に公明党がいかに過敏になっているかがうかがえた。

最近の自公の関係について、自民党のベテラン職員は次のように語る。

「前の二階幹事長は何かにつけて『メシでも行こう』と誘って意思疎通を図っていた。今の執行部はタイプが違い、用件がある時に会いましょうというスタンス。ボタンの掛け違いから感情的なしこりが残っているという感じだ」

慌てた自民は…

さて、参院選の選挙協力に話は戻る。

公明党の方針を「督促」と受け止めた自民党は、対象となる5つの県連との協議を急いだ。遠藤は、1月中旬から下旬にかけて各地の県連に足を運び、公明党候補に推薦を出す方針を説明し理解を求めた。

このうち自民党本部が重視したのが、公明党側が「最も激戦」と見ている兵庫選挙区だ。3年前の選挙では、日本維新の会、公明党、自民党、立憲民主党が激しい選挙戦を展開。

当落線上と見られていた公明党の新人・高橋光男に対して、官房長官だった菅らの調整によって一部の業界団体が支援に回り、総理大臣だった安倍晋三も応援に入った。
その結果、高橋は2位で当選。
一方、自民党の新人・加田裕之も当選はしたものの、次点に3万票差にまで迫られた。
地元の兵庫県連は、党本部が公明党候補の支援に回ったことで苦戦を強いられたという思いがある。

兵庫選挙区をめぐっては、今年の選挙も、自民・公明両党のほか、日本維新の会、共産党、NHK受信料を支払わない国民を守る党などが候補者を擁立する方針だ。立憲民主党も擁立を検討していて、激しい選挙戦が予想されている。

遠藤が兵庫県連を訪れたのは、石井の発言から6日後。
県連幹事長を務める兵庫県議会議員、藤田孝夫と向き合った。
約1時間の議論の結果、遠藤は、公明党候補を推薦することについて、藤田の同意をおおむね取り付けた。

県連との折衝を終えた遠藤は、安どの表情を浮かべながら記者団の取材に応じた。

「党本部としての判断があれば、受け入れざるをえないということだった。大変苦渋の決断をしていただいた」

ところが、これで一件落着とはいかなかった。

支持母体の文書

自民党本部が5つの県連と調整を急ぎ、いずれも公明党候補に推薦を出すという流れができつつあった1月27日。
公明党の支持母体である創価学会がある文書を発表し、自民党内に緊張が走った。

「候補者の政治姿勢、政策、これまでの実績など『人物本位』で総合的に評価し判断する」

文書は、今後の国政選挙などでの支援の考え方を説明したものだった。
「人物本位」で判断するということは、党と党の枠組みで支援を決めないとも読み取れる。公明党・創価学会側の強気の姿勢を目の当たりにし、自民党内の危機感もここへ来て本格的なものになった。

深まる溝

さらに公明党幹部からは、自民党側の“努力”に否定的な反応も出始めた。

「県連に『不本意ながら党本部の意向を了とする』と言わせているようではダメだ。実が伴わない合意はいらない」

公明党・創価学会のかたくなな態度は、総理大臣の岸田にも伝えられた。
ある自民党幹部は、連立の信頼に関わりかねないと不快感を示した。

「こちらは誠実に党内調整を進めているわけで、これで協力できないとなると『連立を組む必要あるのか』という話になりかねない」

公明党・創価学会のこうした動きに対抗するかのように、2月3日には自民党も参院選に向けた方針を打ち出した。

幹事長の茂木敏充と、選挙対策委員長の遠藤の連名で都道府県連に出した通達だ。
党の支持層を固めることと、無党派層を取り込むことに主眼が置かれ、期日前投票の呼びかけやSNSによる情報発信の強化などを指示する内容だった。
表向きは公明党の動きとは無関係だとしつつも、“公明党に頼らない”選挙戦を意識したものとも言える。
ただ、自民・公明両党の溝が深まるにつれ、自民党内には懸念の声も広がっている。

「公明党との選挙協力をきちんとやらないととんでもないことになる。今の自民党執行部に対し、創価学会・公明党は不満があるということだ」(閣僚経験者)

「参院選の1人区は選挙全体の勝敗のカギを握る。公明党の支援がなければ影響は甚大だ」(若手議員)

懸念は、参議院だけではない。
衆議院の小選挙区で接戦を余儀なくされる議員にとっては、公明党支持層の票が大きな頼りだ。今回の騒動が、次の衆院選にも影を落とすことにならないか、心配する声が早くも出始めている。

トップ会談も打開できず

こうした中、2月8日。山口が岸田との会談のため総理大臣官邸に入った。

月に1回程度のペースで行われている昼食を伴う懇談。
国内外の情勢について党首同士2人が率直に意見を交わす場だ。
山口の好物である納豆が供された和定食を食べながら、およそ1時間、意見を交わした。
しかし、岸田から選挙協力について切り出したものの、山口はことば少なく、踏み込んだやりとりには至らなかったという。

会談のあと山口は、記者団に対し、硬い表情で次のように述べるにとどめた。

「連立政権の合意をしっかり実現していくことが、互いの責任だと確認した。岸田総理の立場としては『大局的に、互いに力を合わせていこう』という趣旨の話だった」

細るパイプ

自公政権は、双方のベテラン議員による頻繁な面会や、時には酒を酌み交わす密接なやりとりによって維持されてきた。

「悪代官と越後屋」とも称された自民党の前衆議院議長・大島理森と公明党の元国会対策委員長・漆原良夫の関係は有名だ。

また、安倍政権でたびたび総理大臣官邸を訪れ、安倍と率直に意見を交わした公明党元代表の太田昭宏もいたが、引退した。

現役の国会議員でも、公明党・創価学会と太いパイプをもつ前総理大臣の菅や、自民党元幹事長の二階俊博は、政権中枢から距離を置いている。
両党の関係者からは、連立を解消するというレベルの話ではないものの、かつては太く強かったパイプが、細く弱くなってしまったことを案じる声が聞こえてくる。

関係者のささやき

今の自公関係をどう見ればいいのか。
元公明党幹部は、夫婦の危機に例えて次のように答えた。

「これだけ表沙汰になると、『離婚届のハンコを押してくれ』と言ってしまったようなものだ。デッドロックに乗り上げている」

公明党関係者は取材を進めている私に対し、次のようにささやいた。

「相互推薦ができた方が望ましいが、現状は残念なことだ。見通しができない状況だから突っ走った書き方はしない方がいい。慎重に見ていった方が良い」
夫婦ゲンカの終わりは見えないが、双方とも“熟年離婚”という事態は避けたいという意向は垣間見える。

参院選までおよそ5か月。
夫婦間のいさかいはすぐに収まるという「夫婦ゲンカは犬も食わぬ」とのことばもある。
国民に信を問う選挙の前だからこそ、夫婦関係の意味をもう一度見つめ直すいい機会なのかもしれない。
(文中敬称略)

政治部記者
米津 絵美
2013年入局。長野局を経て、政治部。現在は公明党を担当。趣味はスキーとスノーボード。
神戸局記者
初田 直樹
新聞社を経て2017年入局。盛岡局から神戸局。行政や選挙を幅広く取材。趣味はサッカー観戦。