自民党”財政本部”が2つ!?
新たな主導権争い勃発か

“財政健全化”か、“積極財政”か。
自民党内で財政をめぐる議論が活発になりつつある。
今秋の自民党総裁選挙で争った総理大臣の岸田文雄と、政務調査会長の高市早苗。
その2人のもとに財政政策を議論する2つの組織が発足した。
岸田のもとにできた組織の最高顧問は党副総裁の麻生太郎、高市のもとにできた組織の最高顧問は元総理大臣の安倍晋三。
財政を軸に展開される論争は、党内の新たな主導権争いにつながるのではないかという見方も出ている。
自民党内のパワーバランスを読み解く。
(森田あゆ美)

攻める高市

「総理は、今回の国債発行額(22兆円)の規模は大きすぎるとお考えでしょうか」

12月13日の衆議院予算委員会。トップバッターで質問に立った自民党政務調査会長の高市早苗は、総理大臣の岸田文雄に切り込んだ。
かねてから財政規律よりも積極的な財政出動を求めている高市。
岸田の所信表明演説に“財政健全化”の文言が盛り込まれたことの真意をただした。

岸田の答えは…
「22兆円の国債発行は決して小さなものではないと思いますが、必要なものをしっかりと用意することが政治の責任だ」

秋の総裁選挙での戦いを経て、総理大臣と政務調査会長となった岸田と高市。

政権発足から2か月余りを経て、2人の路線に違いを感じている自民党議員は少なくない。その象徴とも言えるのが、財政政策だ。

2つの「財政本部」

この論戦の1週間ほど前の12月7日。自民党本部で2つの組織の会合が開かれた。

党総裁の岸田直轄の「財政健全化推進本部(=以下、健全化本部)」と、政務調査会長の高市のもとに設置された「財政政策検討本部(=以下、検討本部)」だ。

このうち「健全化本部」の初会合には、岸田本人が駆け付けた。政策を議論する党の会合に現職の総理大臣が出席するのは珍しい。

岸田は「経済あっての財政」だとして、コロナ禍で経済が傷んでいる今は財政出動を優先する考えを示す一方、「責任政党」ということばを使って、中長期的な財政健全化に向け議論する重要性を説いた。

言うまでもなく財政は国の信頼の礎だ。国の信頼を維持し、財政健全化について考えていく姿勢は、政治にとり、責任政党である自民党にとっても大切な使命だ」

そして、政府は、プライマリーバランス=基礎的財政収支を2025年度に黒字化する目標の再確認に向けた動きを年明けから本格化させるとして、党でも議論を急ぐよう要請した。

岸田直轄の「健全化本部」は、名前の通り、財政規律を重視する議員の集まりと目されている。

この5時間半後。党本部の別の部屋で開かれたのが、もう1つの「検討本部」。最高顧問は安倍晋三。
これに先立つ12月1日の初会合で安倍は積極的な議論を呼びかけ、財務省が重視するプライマリーバランスの黒字化だけによらない、新たな財政指標の検討に意欲を示した。

(財政の)健全性という評価だけではなく、デフレ状況を改善していくマクロ政策的な目標の検討も必要だ

「検討本部」では専門家を招いてのヒアリングを重ねている。積極財政を前面に出すことは控えつつ幅広く検討する立場を標榜しているが、これを額面どおり受け取る議員は少なく、党内では積極財政に軸足を置く議員の集まりと認識されている。

では、なぜ方向性の異なる2つの組織が党内に立ち上がったのか。取材を進めると財政をめぐる党内の駆け引きが垣間見えてきた。

最初の一手は積極財政派

高市のもとに設置された「検討本部」の本部長を務めるのは、党内きっての積極財政派で政務調査会長代理の西田昌司だ。

「自国通貨を発行できる国は、財政赤字が膨らんでも破綻しない」という「現代貨幣理論(MMT)」の主張を展開する西田は、衆議院選挙の直後に高市と面会した。

これまで政務調査会にあった「財政再建推進本部」の名称から「再建」の2文字を取り、新たな組織に変えるよう提案した。

私は財政破綻するはずがないと確信的に思っていて、高市さんも同じように認識されている。申し出ると、高市さんは『それはいいわね』と。二つ返事で『やってください』となった

西田は、高市の政務調査会長への就任に加え、総理大臣を退任した安倍が自由に発言できるようになったことを好機と捉え、党主導で積極財政について検討を進めるべきだと考えている。

アベノミクスでもデフレ脱却は完全にはできなかった。理由は財政出動していないからで、安倍さんも総理退任後、それを嘆いていた。安倍さんに議論のバックボーンになってもらい、党内を引っ張っていけると思った

折しもこの時期、政府の経済対策の検討が佳境を迎えていた。

およそ9年ぶりに派閥に復帰し、「安倍派」会長に就任した安倍は、西田の動きに呼応するように、躊躇ない財政出動を声高に求めた。

真水ベースで30兆円を超える予算編成を行う必要がある

財政再建派の危機感

高市や西田による新たな組織の立ち上げと名称変更の動きは、岸田やその周辺にも伝わっていた。

「与党である自民党が財政健全化の旗を降ろしたと思われかねない。国際社会へのメッセージとして心配だ」(政権幹部)
同じ懸念は自民党内にもあった。

こうした声を耳にし、急きょ調整に動いたのが幹事長の茂木敏充だ。

岸田と連絡をとりあった茂木は、高市らが考案していた組織はそのまま立ち上げる一方、「財政健全化」の名を冠する新たな組織を、総裁の直轄機関として設置する案を伝えた。
岸田は茂木の提案を受け入れ、本部長には、財務大臣の経験があり、党内でも財政再建派の重鎮として知られる額賀福志郎に白羽の矢を立てた。
最高顧問には、9年近くにわたり副総理兼財務大臣を務めた副総裁の麻生太郎を据えた。

額賀は、これまで歴代の政務調査会長のもとで、財政再建の議論をとりまとめてきた。高市に対しても、財政健全化を検討する組織が必要だと訴えたという。

再び財政再建推進本部が設置されると思っていたが、呼びかけがなかった。名称はともかく、健全化本部のようなものを作ってもらえるとありがたいと話した

結果的に、額賀に「健全化本部」の設置と本部長就任を打診したのは、高市ではなく、岸田だった。
額賀は続けてこう話した。
総裁直属の機関となり、重みを増したと思っている。岸田政調会長時代から議論しているので、考え方や何を目指すかは互いにわかっている。緊急時に再び自信を持って財政出動できるようにするには、累積債務を少しでも減らしたほうが将来の負担にならない

「国の借金」にあたる国債の発行残高は、新型コロナ対策などの積極的な財政出動で、今年度末には初めて1000兆円を超える見通しとなり、先進国の中でも突出した金額となっている。

岸田は、臨時国会の閉会に伴う12月21日の記者会見で、政府としてMMTは採用しない考えを明確にした。
自国通貨建ての国債を発行する国の政府は、いくらでも国債を発行し支出できるという意見の方もいると承知しているが、政府としてはこうした考え方は取っていない。道筋を大事にしながら、財政健全化についても考えていきたい

路線の違いが表面化しただけ?

2つの本部の始動について、自民党内では、総裁選挙以来の岸田と高市の路線の違いが表面化したものだという受け止めがもっぱらだ。

加えて、岸田派の中堅議員は、似て非なる組織の並立を次のように解説する。
「財政について検討するのは1つの組織で十分だが、両方のパワーバランスをとるということだろう。それぞれのカラーが分かりやすくチーム分けされていて、『自民党にはいろんな意見がある』という姿を見せるためではないか」

この「パワーバランス」とは何か。そこには、岸田政権における党内力学を読み解くカギがありそうだ。

岸田と安倍、そのバランス

9月の総裁選挙で、念願の総裁の座を手中にした岸田だが、党内基盤は盤石とは言いがたい。

岸田が率いる岸田派は、党内の派閥では5番目の勢力で、安定した政権運営のためには、最大派閥を率いる安倍の意向にも配慮せざるを得ないという見方は少なくない。

岸田が安倍派のパーティーに来賓として駆け付けた際の挨拶は、いい例だ。

岸田内閣をど真ん中で安倍派の皆さんが支えて下さり、政治の安定で大きな意味を持っている。政策を決断できるのも政治が安定していればこそだ

当選同期の岸田と安倍が親しい間柄にあるのは広く知られたところだ。

しかし、出身派閥の系譜を背景に、政策面では違いがあるという指摘もある。
岸田派=宏池会は、岸田と同じ広島出身で、岸田が目標と公言している元総理大臣・池田勇人が創設した派閥だ。

軽武装・経済重視の立場をとり、昭和35年から4年余り政権を担った池田。「所得倍増計画」を打ち出した。

池田の路線に公然と異を唱えたのが、のちに総理大臣を務めた福田赳夫だ。福田が立ち上げた「党風刷新連盟」は安倍派の源流となっている。比較的リベラルとされる岸田派=宏池会に対し、保守色が強いのも特徴だ。

岸田と安倍の違いについて、岸田派のベテランは次のように話す。

「宏池会(=岸田派)と清和会(=安倍派)で考えの違いは大前提としてある。財政で言えば、宏池会は『コロナの影響があったので財政支出』という考えがあり、ずっと支出を続けようということではない。財政健全化の旗を降ろしたわけではまったくない」

安倍はこのところ、外交・安全保障でも発信を強めている。台湾への軍事的な圧力を強めている中国をけん制するとともに、来年の北京オリンピックへの政府関係者の派遣の是非についても、政府に早期の判断を求めた。

麻生・茂木と連携を密に

こうした中、岸田が会談を重ねているのが副総裁の麻生と幹事長の茂木だ。

第2次岸田政権の発足後、それぞれ派閥のトップでもある3人は、時には食事をとりながらたびたび会談し、政権運営をめぐって意見を交わしている。

党内の一部からは、こうした動きを、安倍派へのけん制ではないかと見る向きもある。

「安倍派は95人だが、麻生派・茂木派・岸田派を加えるとその人数を超える。まとまれば政権が安定するという見方もできるのではないか」(閣僚経験者)

2022年 岸田は

政権発足後、最初にして最大の関門だった衆議院選挙を乗り越えた岸田にとって、次なる課題は来年夏の参議院選挙だが、そこを無難に突破すれば、最長で3年間、本格的な国政選挙の予定がない「黄金の3年間」を手にする。
それを見据える岸田派議員からは「今は安全運転の時期だ」という声も聞かれる。

夏から秋の政局を経て、派閥の存在感も大きくなる中、パワーバランスに気を配りつつ、党内をどう統べていくか。
政策的な違いが、党内の“きしみ”とならないか。
財政をめぐる党内論争は、岸田政権の今後を占う試金石になるかもしれない。
(文中敬称略)

政治部記者
森田あゆ美
2004年入局。神戸局などを経て政治部。自民党安倍派担当。趣味は海外旅行。