それでも立つ 破の流儀

「もうゲームオーバーだ」そんな声も上がる9月の自民党総裁選挙。
それでも、敢然と戦いを挑むと公言する男がいる。
石破茂(61)。
何が彼を突き動かしているのか。今回、これまで聞けなかった質問をぶつけてみた。「出来レースとの声も出るが、本当に勝つことを考えているか」「ほかの議員との飲食も少ないが、もっと人望を高める努力をすべきでは」「もし政権を取ったら、何を変えるのか」など。普段は表情が読み取れないこわもてからも、ポロリと本音がこぼれた…のか?
(政治部「石破番」記者 立町千明、谷井実穂子)

変わってきた?発言

「石破番」として、この半年間に石破氏の発言を書いた原稿は57本。それを読み返してみると、興味深いことがわかる。

総裁選や自民党のあり方を意識した発言が出るようになるのは3月末ごろからで、合わせて24本。これを分析すると、当初は、
「国民に理解してもらう」「共感してもらう」
という発言が多く、次第に
「共鳴してもらえる人とともに」
という発言につながっていく。支持の輪を広げようという意識の現れだろうか。

それが、6月に入って以降、
「自分の損得や保身は捨てる」
など、「損得」という言葉を何度も使って次第に強い発言になっていく。よほど、デメリットも大きいと見えるようになったのか。

そして、国会が閉会した後の7月末以降は、
「総裁選に出るのが私の責務」
など「責務」「義務」という発言が続き、
「どんなに批判を浴びようが」
と、まるで自分自身にも言い聞かせるような、発言になっていった。

当初は「共感」「共鳴」を呼びかけ、それが次第に「責務」なので「批判」を浴びても立つのだ、という発言への変遷。意思を示しても、容易には打開できない状況への苦渋がにじみ出ているようだ。

出来レースなのか

総理大臣を事実上決めることになる自民党総裁選挙。実は、いまだ正式に立候補表明した議員はいない。安倍総理大臣も、石破氏も、まだ正式表明をしていない。野田総務大臣も政策は発表したが、正式表明ではない。
そんな状況だが、早くも細田派、麻生派、岸田派、二階派の4派閥が、安倍総理大臣の3選支持を表明している。議員の数では圧倒的に不利だが、なぜ立候補するのか、単刀直入に聞いた。

出来レースとも言われていますが、どう戦うんですか。
「議員たちが、派閥の領袖から言われたから『はーい』というようなことばっかりじゃないと、私は思いますけどね。私も11回衆議院選挙に出て、2回目の当選の時は、事前の報道では圧倒的に劣勢だった。選挙はやってみなきゃわかんないってのが、本当の実感なわけ」

劣勢という認識はあるわけですね。
「日本人はこういう話が好きですけど、たとえば『桶狭間の戦い』とか、ありますよね。劣勢だからやめておこうというのでは世の中に進歩はない。そういうような損得を考えていたら、政治なんて出来ないと私は思いますね」

お、出ましたね「損得」ワード。
でも、相手は派閥大連合ですよ。
「今回、無投票なんて、あり得ない。それは党員に対する背信行為だと思っています。今後の自民党のためにも、日本国のためにも、絶対に必要なことだと思っています」

「石破政権」はこれをやる

もし総理大臣になったら、何をするのですか。
「これから先、日本は世界で誰も経験したことない人口急減、高齢化の時代に入っていく。国のあり方を根幹から見直していかないと、この国は次の時代に生き残っていくことができない。今までと違う日本の設計図を書いていかねばならない」

う~ん、最近の政治家がいかにも語りそうなことだ。もっと具体的に聞こう。
それは安倍政権では、出来ないということですか。
「私も、安倍政権のうち4年間は、閣僚や党の役員をやっていたわけだから、それを否定するのは、天につばをするようなものでね。ただ、この次をどうするかなんです。社会保障、農林水産業、地方と都市のあり方も」

では、石破政権になったら、ここが良くなるということを。
「政治は手品でもなく魔法でもない。『共感と納得』をキーワードにしてやっていきます。つまり、社会保障にしても『政と官』という言葉に代表されるように、『国民』がそこから落ちているのね。
思いを共有した上で、テーマを限定して、国民会議みたいなものを幾つか立ち上げたいと思っています。国民皆保険をどうすれば50年先も続けることができるのか。また、地方に雇用と所得を生むためには、トリクルダウン(注1)の議論では絶対にだめで、どうやったら人材が都市から地方に環流し、雇用と所得が生まれるのか」

やり方を変えるということですね。
「事業仕分け、ああいうショーみたいなことをやりたいとは思っていない。バサバサ官を切ることで国民の喝采を浴びようなんて思っていない」

野党では政権はとれない

「今、自公政権以外の選択肢はないでしょうよ。立憲民主党や国民民主党に政権担えるなんて誰も思ってないよ。ただ『権力を取って国を変えるんだ』という雰囲気がなくなってきた」

そして、石破氏は自民党そのものについて、強く危惧しているという話を始めた。

自民党は「変質」してしまった

「『三角大福中』(注2)だって、『安竹宮』(注3)だって、みんな『こういう国にしたい』というビジョンを持って戦ってきたじゃないですか。しかし今は総理・総裁の言うがままにした方が、権力の恩恵を享有できるということになっていったんじゃないですか。自民党が変質したんだと思いますよ」

安倍総理大臣を支持する派閥連合の動きにも、冷ややかに疑問を投げかけた。

「総理の実績を評価するという、その1点においてだろう。
だけど北方領土って何か進みました?
拉致問題って何か進みました?
日米関係は質的に変わりましたか?」

人望がなくて悪かったな!

なるほど。ではちょっと聞きにくいことを聞こう。

総理になるには人望が必要ですが、党内で石破さんは理屈っぽい政策通で、とっつきにくいというイメージが定着している。だから、人望を高めるには…
「人望がなくて悪かったな!」

おっと、質問の途中で鋭い一撃を受けてしまった。

あ、いや、人望を高めるには、裃(かみしも)を脱いで、酒を飲みながら、腹を割った話をした方がよいのでないですか。
「私は選挙の応援は誰よりも行っている。飲み食いするよりも、その人が当選することの方が大事じゃないですか、その人にとっては。私の選挙の応援って半端じゃないから。そこのことを全部調べて。それよりも、飲み食いの方が大事でしたらどうぞ。
それに酒飲んで話していると『それは違うよ』って言いたくなるんだよ。でもそこで、それを指摘したら酒がまずくなるじゃない。逆に言いたいのは『酒飲んで遊んでいるヒマがあるなら選挙区を回れ』」

でも、選挙応援は押しかけるわけにもいかない。とすると、会話する場が必要では。
「幹事長の時にいっぱい当選してきたんで、顔と名前が書いてあるカードを作った。学生の時の単語帳のように。一人残らず無理矢理覚えましたね。選挙の応援は今でも行ってるよ。それは市長選挙だろうが町長選挙だろうが行ってる。その議員にとって大事な市長であり町長であるんだから。わかっている人はわかってるんじゃない。議員は忘れても有権者は覚えている」

勝機はここだ

今回の総裁選挙は、地方の党員票と国会議員票が同じ数となる仕組みだ。
これまでの選挙応援の積み重ね、そこに勝機があるということですか。
「そうだと思うよ。それは『石破先生、勉強ばっかりしてるもんね』ってのはあるけど、日々『これ知らなかった』ってことは、いっぱいあるのよ。講演などを聞く人たちに『ああそうなんだ』と思ってもらえることを、自分の中で知識として咀嚼するのは大事だと思っているので。話を聞いてくれる人が『良かった』と思って帰ってくれることが大事なんでね。それが自分にとってのプライオリティーが高いんだよ」

「『怖い』とか『取っつきにくい』とか言われても、そっちの方が大事なんでね」

理想の総理大臣とは

そんな石破氏には、目標としている総理大臣像があるという。

「田中角栄元総理は『神』だが、いろんな総理を見て、本当にこういう人たちに一歩でも近づきたい。そういう人たちに教えを受けた人間として、あるべき総理像というのは、自分の中では形成されている」

「竹下元総理の『気配り』、
橋本元総理の『勉強』、
小泉元総理の『好き嫌い抜きに人を人材として使う』、
福田元総理の『人の話を聞いて、人の気持ちに立って政治をやる』、
その良いところを少しでも学びたい」

インタビューを終えて

冒頭に挙げた57本の記事を書くため、そしてそれ以前から、番記者である私(立町)は、石破氏を追いかけ続けてきた。
地方での講演の前に、秘書の作った訪問先に関する分厚い資料を電車内で読み込んでいる姿を見ると、地道な努力を惜しまない人なのだと感じる。ただ、正直に言うと1時間の講演でも、内容を詰め込みすぎて、理解しきれない時がある。今回のインタビューで許されたのは1時間だったが、やはり足りなかった。もっと突っ込んで聞きたいことがあったが、今回はこれでご容赦いただきたい。

石破氏が総裁選挙に出るにあたり、番記者の仲間に7月下旬から谷井記者が加わった。初めて石破氏に相対する谷井記者によれば、これまでのイメージは「こわもてのおじさん」だったそうだ。で、インタビューの後に印象が変わったかと尋ねると、「実はあまり変わらない」とのこと。「酒を飲むくらいなら選挙区を回れ」と聞いた時には、この人が上司だったら絶対に怖いだろうなとも思ったそうだ。胸の内の野心や思惑は「こわもて」の表情から読み取ることはできなかったとのことで、これからも本心に迫る取材を続けたいという。
私は、番記者ゆえなのかも知れないが、みずからの流儀を貫く石破氏の強い意思を改めて感じた。果たしてそれが国民に受け入れられ、厚い壁を突き破ることができるのか、戦いぶりを追いかけ続けたい。

注1)生産性の高い大企業などの収益が上がれば、あふれ出した金で国民全体が潤っていくという考え方
注2)三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘
注3)安倍晋太郎、竹下登、宮沢喜一

政治部記者
立町 千明
石破氏が初当選した年に誕生。平成21年入局。富山局を経て政治部。去年夏から石破番。
政治部記者
谷井 実穂子
平成20年入局。和歌山局、熊本局、千葉局を経て政治部。現在、自民党を担当。