ち上がれ 手本などない!

平等だ、と思っていたのは、大学まで。
社会に出てみると、男女って差がある。
私の正直な感想だ。子どもができると、働き方を変えなければならない、キャリアの形成がいったんストップする、それを負うのは、いまだに多くは女性。制度も、社会の環境も対応しきれていない。これでいいのか。

そう感じていた矢先に、1枚のチラシが目に入った。
「女性政治リーダー・トレーニング合宿。議員になって社会を変えよう!」
いったいどんな女性が、どんな思いで参加するのだろう。すぐに、応募した。
(政治記者 相澤祐子)

もしも、あの時に

振り出しは長野県、脇目も振らずサツ回りをした。特ダネを書くこと、それが楽しく、それしか考えられなかった。
5年目、気がついたら東京に引っ張られ、政治記者になった。
結婚したのは、2009年。でも、その年は政治記者にとって特別な年だった。

麻生内閣から鳩山内閣へと、政権交代が起きたのだ。いま子どもを作ったら、やりたい仕事ができなくなる。結局、子どもは作らなかった。

それから5年、35歳になった時、ふと周囲を見回した。
政治部の同期には、全員に子どもがいた。同じように仕事をしていたのに…。そう、私以外、すべて男性記者だった。
それに気づいた時のショックは、今でも忘れない。

いま、39歳。1児の母になり、毎日夕方5時半には帰る。結局、かつての「夜討ち、朝駆け」とは無縁の生活になった。もしも、あの時、男性が女性と等しく育休を取ることや時短勤務をすることが、当たり前の世の中であったなら、考え方も、やり方も、違ったかもしれない。自分でした選択だから、後悔はしていない。それでも…

もしも、あの時…。

「政治家になるつもり?」

7月13日(金)1日目

「合宿」は、金曜から日曜まで、週末を利用した2泊3日。応募すると決めたのは、1か月以上前だった。夫には、「絶対この日程には仕事を入れないでね」と、子どもの面倒をお願いした。

こんな合宿に参加する女性は、意識が高く、輝かしいキャリアを持った人ばかりなんだろうな。私はついていけるだろうか。そんな思いを抱いて、会場となった都内のホテルに向かった。

まずは、席が隣になった女性とペアになり、10分間で互いのことを聴き取り、1分間の他己紹介をしろという指示。私とペアになったのは、一橋大学の大学院生。「政治家のカリスマとは何か」をテーマに修士論文を書くのだという。

「議員になるつもりはないの」と聞くと、「最近、それも考えてみようかなと」という反応。なるほど、やはり意識は高そうだ。

参加者は28人。年齢層は10代から40代まで。
「来年の統一地方選挙に立候補するかどうか、気持ちを確かめるために来た」という、かなり本格的な女性。
「地元の祭りが開催出来なくなっている状況を何とかしたい」と話す18歳。
「会社に女性が1割しかいなくて、世の中の女性がどう思っているのか知りたい」という人まで、動機はさまざまだ。シングルマザーやLGBTであることを明かす人もいた。

「リスクを取らないでどうする!」

講師を務めるのは、アメリカで女性がリーダーシップを発揮するためのトレーニングを行っている専門家、クリスティン・ハフェート氏と、ヒラリー・クリントン氏など多くの女性の政治家の選挙運動を支えてきたジェシカ・グラウンズ氏の2人だ。

合宿の冒頭、彼女らはこう宣言した。
「『私は選挙に出馬したくない』という人に申し上げたい。『前線には立ちたくない』『個人的な生活が暴露されるような圧力が嫌だ』という人は多いし、男性と違って、女性はヘアスタイルや服装にまでいろいろ言われる」

「だがリスクを取らなければ、見返りはない!」
これは…いきなり圧倒された。

世界中の女性が同じ、越えるべきもの

7月14日(土)2日目

2日目の冒頭、こう問いかけられた。
「日本の女性が政治に参加しない、立候補しない理由を5つ挙げてみて」

「女なのに出しゃばるな、と言われる」
「家族の理解を得るのが難しい」
私も「仕事に加え、家庭内の役割の多くを女性が担っているので余裕がない」ということが頭に浮かんだ。どれも想像の範囲内だ。シングルマザーの女性からは「自分は大丈夫だけど、子どもが批判されるようなことになったら耐えられない」という声も出た。

こうした意見に2人の講師は、そろって答えた。
「アメリカでもアフリカでも、同じ質問をしてきたけれど、どの地域でも女性はいつも同じリストを挙げる。世界中の女性が同じことを考えている。これは乗り越えなくてはいけないし、皆さんにはその力がある」
世界中で同じ。軽い驚きを覚えた。

こんなに苦しくて、楽しい

このあと、現役で活躍している女性議員の経験談を聞くことが中心になった。
登壇したのは、3人。

篠原ゆかさん(東京・昭島市議)、マイクを持って1人街頭に立つと、内容も聞かずに近寄ってきて文句を言う人に悩まされた。元は候補者の“ウグイス嬢”を務めていたが、そんなことをされた経験はなかった。

いざ議員になってみると、今度は「結婚しないのか」「子どもは産まないのか」という言葉をしょっちゅう投げかけられる。
ふつうなら「セクハラ」で問題になるところだ。

永野ひろ子さん(東京・豊島区議)は、仕事で議員と関わりができるようになり、声をかけられたことがきっかけで、議員になった。だから、女性にも理解のある議会かと思っていた。ところが、出産した時に別の議員から難癖をつけられた。そういう時は、基本は「スルー」するそうだが、こう感じた。

「前例がないことは、『ルール外』ととられてしまう」
それでも、議会が夜中まで続いた時に、会議室に子どもを連れてきて授乳をした。そうした経験がきっかけで、区の施設に授乳室を作る流れができたという。

山田裕子さん(埼玉・越谷市議)、東日本大震災をきっかけに、「食の安全」に興味を持つようになり、議会を傍聴するようになった。するとそこで気づいたことがある。
「議員って、何も知らないんだな」

だから、立候補した。「子どもがかわいそうじゃないか」と言われることはある。正直、苦しい。でも、日常の課題解決が仕事になる。
「こんなに苦しくて楽しい仕事はない」

一緒に怒りたくなる言葉と、手をたたきたくなる言葉が、そこにはあった。

政治家は、自分の理想を実現するのではない

そして、VTRでも次々と国会議員や地方議員が登場。その発言は、永田町を回っていたはずの私が、いつしか忘れていたものばかりだった。
「政治は、自分の理想を実現するのではなく、その時代に求められているものに耳を澄まし、共に実現させていく作業だ」
人の話を聞くことが、政治家の仕事。毎日のように永田町界隈で議員を取材していても、そう感じられることは、正直、多いことではない。

「『ママ友ネットワーク』のように、女性には情報調達能力がある」
「地方議会は日程があらかじめ決まっているので、比較的、家庭と両立しやすい」
なるほど、日常に身近な課題を、耳を澄ませて取り上げ、解決していくのが地方議員としての彼女たちのスタイルなのか。ふだん取材している国政とは違った、女性の政治参画のあり方が見えてきた気がした。

「それなら私にもできるかもしれない」
「地方議会は女性に向いている、というのは意外だった」
参加者からも、そんな声が上がっていた。

ただ、女性議員が1人もいない市町村議会が、2割もあるのが現実。簡単じゃない。
でも、衆議院議員も女性はたったの1割だ。「暮らしで感じた課題を解決する」という具体的な話を聞くと、「政治は女性に向いている仕事なんじゃないか」という気さえしてくる。

饒舌でなくても

ただ、こんな思いを持っていても、有権者に届かなければ議員にはなれない。
そう、「訴える力」が必要だ。
2日目の後半、2分間の「選挙演説」を作るワークショップが行われた。

「私の会社では、『結婚しても仕事続けるの?』と普通に聞かれます。名前では呼ばれず、『あの背の高い女の子』と。それが当たり前だと思っていたけど、それではいけない。当たり前だと思って欲しくない。だから立候補しました」
8年間、建設会社で働いている女性のスピーチだ。決して、特別にうまいわけではない。しかし、
「饒舌(じょうぜつ)ではなかったけど『シャイな感じ』で話すからこそ、伝わってくるスピーチもあると思った」
という参加者からの感想もあった。確かに、きれいにまとまった言葉よりも、たどたどしくても真に迫った言葉の方が、訴える力を持っていることがある。

え、私はどうしたかって?「働き方や子育て、賃金の格差などの課題の根底には、男女平等の問題がある。多様性を認め合うことが、多くの人の生きやすさにつながる」という内容でスピーチを組み立ててみた。結局、披露する機会はなかったけど、訴える力としてはどうだったろうか。いや、こういうのって、テレビでリポートするとか、解説するのとは、全然違うスキルであって…。

2泊3日の合宿で、スピーチ力を磨くのは、そう簡単ではない。

チャレンジ、立候補

7月15日(日)3日目

合宿の仕上げはやはり選挙だ。
4人1組で、「候補者」「統括マネージャー」「コミュニケーション担当」「資金集め担当」を割りふり、具体的な戦略を立てて、プレゼンテーションを行う。大阪府茨木市の市議会議員選挙に立候補するという想定だ。

私たちのチームは、下の写真の右上から時計回りに、
「候補者」役である、料理教室を開く準備をしているという女性。
「コミュニケーション担当」の私。
「統括マネージャー」が、現役の国会議員の秘書。
「資金集め担当」が、長くシンガポールで暮らし、数年前に帰国したという東大生。

前夜から、作戦検討。まず市議会議員の年齢構成を調べた。20代~30代が少ないので、「若い世代の声を反映させる」必要性を訴えることにした。
次に人口構成を調べると、大都市のベッドタウンになっていることや、大学があること、そして年少人口と生産年齢人口を合わせた64歳以下の人口が大阪府の平均を上回っていることから、「子育て世帯にフォーカスしよう」ということになった。
さらに、大阪北部地震があったばかりなので、女性視点からの災害対策の必要性も、訴えの柱の一つとした。

さて、コミュニケーション担当としては、キャッチコピーを考えなければならない。
「茨木の未来のために」
「茨木の未来をひらく」
「茨木の未来を見続ける」
どう、これ?

「ピンとこない」
おっと、みんなに却下されてしまった。ということで、再度思案し、最後に、

「茨木をつなぐ」

と提案した。
「『つなぐ』は人と人をつなぐ意味にもなるし、未来に町をつなぐという意味にもなるから、いいね」
と、全員からOKをもらうことができた。

そして、マイクを握ってプレゼン。その結果は…

上位には入れなかった。

1位は、宮崎市議選に立候補する想定の、LGBTの候補のチームだった。
「私とこの宮崎市は、縁もゆかりもございません!」で始まったスピーチは、どうなることやらと思ったが、「宮崎市は、チャレンジしやすいまち、起業しやすいまちの世界10位というデータがある。でも1位を目指しましょう。そのためには私のようなよそ者も受け入れる柔軟性が必要で、LGBTも、女性も、高齢者も、若者も、障害がある人も、生き生き暮らせる市を目指しましょう」と訴えた。

キャッチコピーは「チャレンジシティNo.1」。なんと即席でポスターまで作っていた。
参りました。

政治家になるのが「答え」なのか

ただ、私にはこのトレーニングを始める前に、一つの疑問があった。
女性の政治家を増やすのが目的なら、全員がそれぞれ候補者として当選するための戦略を考えるべきではないか、ということだ。

しかし、これは必ずしも正しくないのだと、考えるきっかけがあった。
それは「スタッフの立場で選挙戦略を考えてみたことで、実際に立候補しなくても自分でやれることがあるということが分かった」という参加者の言葉だ。
選挙にはさまざまな立場の人が関わる。候補者はもちろんのこと、スタッフとして実現したい政策を候補者に託す人もいる。女性の視点を反映させるため、それはとても重要なことだ。
そして何より、政治家になるプロセスを考えてみることだ。世襲を除けば、議員事務所や議会に関係していた人が声をかけられ、立候補するケースは多い。まずは、裏方も含め、関わる人たちに女性を増やすことが必要なのではないかと感じた。

一足飛びに「政治家」になることが、必ずしも正解ではない。裾野を広げることこそが、大切なのではないか。
こうして、2泊3日の「合宿」は終了した。

ロールモデルはない

ことし5月、女性議員を増やすことを目的とした初めての法律が成立した。だが、与野党を問わず、まだまだ各党の動きは鈍い。来年は統一地方選挙と参議院選挙が控えている。「各党の本気度をしっかりと見極めなくては」とは思っている。

でも、正直に言うと、この記事の提案をすることさえ、私はためらってしまった。「また『女の話』か」、女性の私が書くと、そういう目で見られてしまうのではないかと、どうしても思ってしまう。
しかし、国政を取材していると、世論調査では支持されていない政策や法律が決まったり、多くの声が上がっていても国会であまり多くの議論がされなかったりすることがある。例えば「夫婦別姓」などだ。それは、今回の合宿で改めて確認した「政治家の仕事は自分の理想を実現するのではなく、人の声に耳を澄まし、ともに実現すること」というあり方とは違うのではないか。そう強く思った。

二の足を踏んでいる暇はない。今回の合宿にVTRで意見を寄せてくれた全国の議員が口を揃えて言ったのが、「ロールモデル(お手本)はいなかった」ということだ。
そう、私たちは、誰もしたことがない世界に踏み出さなければ、何も、変えられないのだ。

国際放送局記者
相澤 祐子
平成14年入局。長野局を経て政治部へ。30年7月に国際放送局に異動。政治取材を海外へ発信。