野党は岸田政権を倒せるか?

野党側は岸田政権の誕生をどうみているのか。
衆議院選挙は「10月19日公示、31日投開票」の日程で行われる。「11月選挙」の見方が広がっていた中、岸田が先手を打った形だ。
岸田内閣への“ご祝儀相場”の中で衆院選を迎えるかもしれない。
野党側の警戒感は、いやおうなしに高まっている。どう対峙していくのか。
(並木幸一)

【リンク】特集 岸田文雄の人事 真価問われる“聞く力”

“安倍傀儡”批判強める

岸田が自民党総裁に選出された9月29日。
野党各党の党首が高らかに批判の声をあげた。全員が口にしたのが「安倍」ということばだ。

立憲民主党代表 枝野幸男

「『自民党は変われない』ということを示す結果だ。岸田氏は『安倍・菅政権』とどう違うのか説明すべきだ」

共産党委員長 志位和夫

「岸田新総裁は9年間におよぶ『自公政権』の多くの期間を中枢で支えてきた。『安倍・菅直系政治』そのものだ」

国民民主党代表 玉木雄一郎

「派閥の力学が反映され、安倍元総理大臣の影響が強く表れた。そのもとで岸田氏がどれだけやれるのか、厳しく見定めたい」

岸田は、安倍政権のもとで外務大臣、党の政務調査会長と要職に重用されてきた。
そして、今回の総裁選の決選投票では安倍が支援した高市の陣営と連携し、総裁の座をつかんだ。
それだけに、野党側は今後もその影響力は変わらないと、「安倍傀儡政権だ」と批判しているわけだ。

広がる安ど

しかし野党側は、批判を強める一方、ひそかな安堵感も見て取れる。

衆議院選挙に向けて野党側が最も警戒していたのは、世論調査などで知名度が高いとされる河野太郎が選ばれるシナリオだった。


結果は、手堅さが売りで派手さはない岸田が衆院選の対戦相手となり、そこまでの風は吹かないはずだと、胸をなで下ろしたというわけだ。

野党幹部は「怖かったのは河野だ」と率直に認めている

「正直、河野であれば関東を含めて、都市部の選挙は相当厳しかった。『河野旋風』が吹き荒れる可能性もあったが、岸田ではそういう力はないよ」

1回目、党員票で河野に後塵を拝した岸田が、国会議員票の比重が増した決選投票で勝利したことから、旧態依然とした派閥政治によって新総裁が決まったと批判しやすくなったと捉えていた。

「国民の支持だけを見れば河野だったのに、国会議員の票でひっくり返したのだから、ガックリと来た有権者は多いのではないか。これで自民党が世論に鈍感な政党であるとアピールしやすくなる」(野党幹部)

人事にも安倍 そして麻生の影あり!

そんな中、野党側をさらに強気にさせているのが、人事だ。
岸田による党役員や閣僚の人事。

幹事長は麻生派の重鎮、甘利明。政務調査会長は、総裁選で安倍の全面的な支援を受けた高市早苗。

官房長官は、安倍が実質的な影響力を持つ細田派の松野博一だ。

人事の一端が、報道各社の速報で判明した9月30日の夜。野党幹部に電話取材をしてみると、辛らつな言葉が次々と出てきた。

「まるで『第3次安倍政権』じゃないか。自分で何も決められず、安倍氏の顔をうかがいながらの政権運営を迫られるんだろう。岸田内閣は短命に終わるよ」(立憲民主党幹部)

「安倍氏に加えて、麻生氏も加わった『安倍・麻生傀儡政権』そのものだな。これは選挙に大きく響いてくると思うぞ」(共産党幹部)

「結局、岸田氏は何も変わっていなくて、人の話を『ふにゃ、ふにゃ』と聞くだけで、自分の考えで決められないということなんだろう」(国民民主党幹部)

一方、野党各党の幹部が、そろって言及したのが河野太郎の人事だ。
ワクチンの調整という重責を担う閣僚から、党の広報本部長に。
格落ち以外のなにものでもないと、野党幹部からも驚きの声があがった。

「ものすごい冷遇ぶりだな。党員の支持は最も高かったのに、こんなことすると、地方の反発は必至じゃないか。自民党が“国民政党”じゃないってことがよくわかった」

「しかし、驚いたね。決選投票にまで行った人間にこの処遇かよと。広報本部長ということは、岸田の新しいポスターを携え、全国で配って来いということだろう」

また、閣僚人事に対しても辛辣だ。

「初入閣は多いが、よく見ると選挙に弱い議員も多いな。完全な『選挙管理内閣』ってところだろう。相変わらず派閥の意向に配慮してバランスをとっているところも、岸田じゃ何も変わらないってことだよ」

是々非々の維新も批判

一方、他の野党とは一線を画す日本維新の会。
政権与党とは是々非々のスタンスで、前総理大臣の菅とも良好な関係を保ってきたが、今回の岸田には手厳しい。

岸田が自民党総裁に選出された日。

日本維新の会代表 松井一郎

「永田町の派閥の論理だ。党内の権力争いの中で旧態依然とした体質をさらけ出した」

菅も、派閥の論理で総理・総裁になったはずだと思うが、何が違うのか。
その真意を日本維新の会の幹部はこう語る。

「信念の違いだ。菅氏は、携帯電話料金の値下げや不妊治療の保険適用に道筋をつけるなど、国民目線で政策に取り組み『総理大臣になったら、これをやる』という強い信念があった。残念ながら、岸田氏にはそのような強い信念が感じられない」

さらに人事をめぐっても…

「ちょっと、びっくりの人事やな。これまでの人事を見る限り、『安倍による、安倍のための人事』という印象や。河野の処遇も、まさに懲罰人事やないか。国民受けは悪いと思うぞ」(日本維新の会幹部)

今後も政権与党に対する是々非々のスタンスは変わらないというが、菅政権との向き合い方とは変化があるかもしれない。その動向は、今後注目だ。

岸田の政策と似ている!?

攻勢を強める野党。
しかし「岸田の方がくみしやすい」とは言い切れない面もあるという。
政策が似通っているという指摘があるのだ。

立憲民主党は「アベノミクス」などで広がった格差の是正が必要だと強調。
年収1000万円以下の人たちに対する所得税の実質免除で可処分所得を増やすほか、低所得者への公的な住宅手当の創設などで、中間層以下を底上げしていくことを掲げている。
また、医療や保育などを、生活の維持に不可欠な「ベーシックサービス」と位置づけて、この分野に携わる人材の待遇改善を訴えている。

一方の岸田。
「アベノミクス」が成長に寄与したことは認めつつも、その実感が広く行き渡っていないと指摘し、「成長と分配の好循環を」と強調している。
企業に従業員の賃上げを促すための税制措置や、子育て世帯への教育費や住居費の支援などを主張する。さらには、医療や保育などの分野で働く人の所得引き上げなどを通じて、中間層の復活を目指そうというのだ。

「中間層以下の底上げ」と「中間層の復活」。これだけをみれば、確かに似ている。

野党幹部はこう語る。

「岸田派、つまり宏池会ってリベラルだろう。大局的な政策路線としては、格差是正、適正な分配ということで一致しているんだよ。安倍・菅政権で自民党に投票しなかったリベラル層も取り込まれるおそれがある。差別化が課題だ…」

いよいよ衆院選 どう勝負する?

衆議院選挙は10月31日に行われることになった。
岸田にどう対峙していくか。
野党側が活路を見いだそうとしているのが、あくまで政策の違いを際立たせることだ。

1つは消費税。
野党各党は「コロナ禍」の経済対策として時限的に消費税率を引き下げるべきだと訴えている。与党は、現状維持の姿勢だ。
また、自民党内に反対論や慎重論が根強い、選択的夫婦別姓や同性婚の導入なども争点化し、揺さぶりをかけていく戦略だ。

さらに野党幹部は、こう強調した。

「あとは、岸田の実行力だな。人事を見ていると、安倍氏や麻生氏など、有力者や派閥の領袖の話ばかりよく聞くだけで、自分の意思で決められていないってのは明らかだろう。こんなことではやるといっても、実行できませんということだよ」

野党内で、岸田が語られるときに、よく出てくる話がある。
去年、安倍政権で岸田が政務調査会長を務めていたとき、コロナ禍の初期のことだ。
国民への現金給付をめぐり、岸田は、当初、収入が減少した世帯に30万円を給付するという案をまとめた。
しかし、その後、当時の二階幹事長や公明党から激しい突き上げにあい、結局、ひっくり返され、国民1人あたり10万円を一律給付することになったのだ。

岸田の指導力、実行力のなさをあらわす象徴的な一幕だったというわけだ。
今回も、政策的には、安倍・麻生、そして菅路線の修正を図ろうとしても、実際に実行できる力はないと浮き彫りにする戦略だ。

「岸田氏が何を訴えようが、結局、実現できなかったら絵に描いた餅だ。党として、選挙公約に盛り込めるならやってみたらいい。コロナが感染拡大した時に要職にいたのに実行できなかったのだから。派閥の重鎮の言うことをよく聞いていたら、今後も何もできないんじゃないか」(立憲民主党幹部)

深化できるか野党連携

一方、野党側にとっては、自分たちの足元を固めることも課題だ。
与党をいくら批判しても、野党各党の支持率が一向に上がらないのも厳しい現実だ。

与党と対峙していくには、ばらばらでは戦えない。鍵を握るのは候補者の一本化だ。
立憲民主党は、国民民主党、社民党との間では、小選挙区289のうち、230以上で一本化を実現。共産党との間でも、立憲民主党による政権が実現した場合、締結した共通政策の範囲で限定的な閣外からの協力を得ることで合意した。
共産党とは、いまもおよそ70近くの競合区があるが、この合意をきっかけに、できるだけ多くの選挙区で候補者の一本化を進めたい考えだ。

衆院選は、野党側が求めていた予算委員会などが開催されないまま、行われる公算だ。
野党側は「十分な国会質疑を行わないまま解散するのは、逃げの姿勢だ」と強く反発するが、解散権はあくまで総理の専権事項。野党側は勝負を受けて立つ立場に変わりはない。
野党各党の幹部は、決戦への決意を示した。

立憲民主党代表 枝野幸男

「『支え合いの社会』の実現などを掲げた我々の明確な政権政策を国民に示して論戦に挑み、まっとうな政治に変えていく。国民の命と暮らしを守るために政権をとらなければいけない」

共産党委員長 志位和夫

「自民党内で政権のたらい回しをしても政治は良くならず、どうしても政権交代が必要だ。暮らし、気候、ジェンダー、外交の4つのチェンジを訴えて戦う」

日本維新の会幹事長 馬場伸幸

「いつ選挙があってもいい準備をしてきたから混乱はない。最低所得保障の『ベーシックインカム』の導入など、日本の大改革を訴え戦っていく」

国民民主党代表 玉木雄一郎

「衆議院選挙は早まろうと受けて立つ。経済政策の転換を図れるのかどうかは大きなテーマで、積極財政への転換を目指して戦い、勝つ」

岸田が率いる政権与党に対峙するためにいかに態勢を整えるか。衆院選までに残された時間は少ない。どう臨むか、野党側の力量が問われる。
(文中敬称略)

政治部記者
並木 幸一
2011年入局。山口局を経て政治部。現在、野党クラブで国会対策などを担当。