総理になるならを書け

総理大臣になる条件とは何か。

「政策」「カネ」「手腕」「人気」…どれもこれも、必要に思える。でも、何か足りなかった人でも総理になったことがある気もするし…
そんなことを考えているうち、私たちは、総理大臣の座をつかみ取った人たちに、ある共通点があることに気づいた。
それは…本を出していることだ。
(政治部自民党担当 加藤雄一郎、立町千明)

本を出すことが「立候補表明」!?

…というわけで、「総理大臣と本の関係を探ってみよう。そうすれば、9月の自民党総裁選挙も、ちょっと変わった視点で見られるんじゃないか」などと、記者と編集担当で話していたのだが、そんな折も折の7月14日、ある本が出版された。タイトルは「政策至上主義」。

著者は、石破茂 元幹事長(61)だ。
著書では、アベノミクスの問題点をあげるとともに、森友学園や加計学園をめぐる問題の政権の説明は丁寧さを欠いていたと指摘するなど、安倍総理大臣との対立軸を鮮明に打ち出している。そして、みずからの政治理念として、『自立』と『持続可能性』のキーワードを掲げる。初代地方創生担当大臣の経験も生かし、地方で農林水産業や建設業の生産性を向上させ、所得を底上げしたいと訴える。

そう、この本の出版、永田町では事実上の「立候補表明」だと受け止められた。石破氏が、自民党総裁選挙への立候補の準備を進めていたことも背景にある。

この本の編集作業に携わったのは、赤澤亮正 衆議院議員。石破氏の側近だ。

話を聞いてみると、もちろん、総裁選挙を見据えたものだとはっきり語った。
「総裁選挙に向けたステップの1つだ。
石破茂はどういう人間で、どういう政治家なのか、国民や党員に知ってもらうために出した」

「ちまたでは彼のことを軍事オタクという人もいるが、政策は安全保障に特化しているわけではなく、経済や憲法、社会保障と幅広いことが分かってもらえる」

なんと7割以上が!

総理大臣と本に、どんな関係があるのか。

なんと言っても有名なのが、田中角栄の「日本列島改造論」だ。91万部を売り上げるベストセラーとなり、出版直後に総理大臣に就任した。著書の内容がそのまま、田中内閣の施策となった。それ以降、総理大臣となった政治家の多くが、政権を取る前後に本を出版していることがわかる。調べてみると、確認できただけで田中角栄総理大臣以降、民主党政権も含め、23人中、17人にのぼっていた。なんと7割超えということになる。

ターゲットは変わった

どうして総理大臣を目指す人が本を書くのか。日本政治史に詳しい東京大学先端科学技術センターの牧原出教授は、政治を取り巻く環境の変化が、政治家に本を書かせるようになったと話す。

「実は戦後の総理大臣で、本を効果的に活用したのは池田勇人でした。1952年の抜き打ち解散の時に『均衡財政』を出版します。総裁選挙とは直接には関係ありませんが、この本の執筆に関わったブレーンがその後の池田の看板政策『所得倍増計画』にも携わります」

「総裁選挙に打って出た田中角栄も、同様に官僚や番記者などと相談し、選挙の直前に自らの宿願だった『日本列島改造論』を出版しました。
それが変わってくるのは1990年代です。小選挙区比例代表制の導入に代表される政治改革が行われました。それまでは挑戦者は自民党の中、それも旧田中派という派閥を見ているだけで良かったのですが、そうはいかなくなりました。そして自民党が与党であり続ける55年体制が崩れ、総裁選挙に勝つだけではなく、その後の国政選挙にも勝たなければならない。政治家の意識が大きく国民に向いたと言えると思います」

書く政治家のタイプは2つ

牧原教授によれば、総理大臣を目指して本を書く政治家は、2つのタイプに分類できるという。

1つは「執筆派」
政権構想を磨き、政権を自分で取りに行くタイプ。牧原教授が例に挙げたのは、橋本龍太郎。

そして、小泉純一郎氏だ。

もう1つが「総裁選対応派」
総裁選挙に出るから、そのために本を出すタイプで、田中角栄や竹下登が典型だという。

本で長期政権!?

では、現在の安倍晋三総理大臣(63)は、どちらのタイプなのか。
2006年7月、第1次安倍政権発足前に出版した「美しい国へ」。

政治家になった経緯や政治信念から始まり、拉致問題や靖国参拝、集団的自衛権の行使容認などといった外交安全保障のほか、教育改革や年金改革、憲法改正などについて考えを記している。

そして政権に返り咲き、第2次安倍政権を発足させた翌月の2013年1月に出した「新しい国へ 美しい国へ完全版」。

東日本大震災からの復興やデフレ脱却、それに集団的自衛権に関する憲法解釈の変更などを打ち出した。
牧原教授は、二冊の本からこう分析する。

「当初の安倍総理大臣は『総裁選対応派』の典型だったと思います。やっぱり準備がなかったし、本は書いたけど、ほとんど政権運営にはいかされなかった。でも安倍総理大臣は、下野したあとノートを毎日のようにつけた。そのプロセス、思索を重ねたことで、本に書いたことを消化し、何をするか考えた。それが今の長期政権につながっているのではないかと思います」

「中曽根、小泉、安倍。自民党で長期政権を担っている人たちは、みな『執筆派』だと言えるのだと思います。そして『執筆派』じゃない政治家は、やっぱりつまづく。それなりに識見があっても、総理大臣になって何をするかというものが、しっかりしていないといけません」

政権論を競う時代

また、近年の傾向として“政策論”だけで無く、どのように政権を運営していくかという“政権論”への言及が増えてきたという。

「第1次安倍政権以後、政権交代ということを、徐々に政治家たちが意識するようなった。菅直人、野田佳彦、安倍総理大臣の本は“政権論”つまり政権をどう組織するかという国造り、国家ビジョンに重きが置かれている。お互いの“政権論”を出し合う時代になった」

編集長に聞いてみた「売れるのは?」

では、政治家の本って、売れるのか?
最近では安倍晋三氏の「美しい国へ」が51万部、麻生太郎氏の「とてつもない日本」が22万部を売り上げた。しかしそのほかの多くは、数万部にとどまっているという。

ちなみに最初に取り上げた石破氏の「政策至上主義」は、初版が2万部。発売3日で5000冊の増刷。ここ数年の新書市場の冷え込みを考えると、かなり速い増刷だという。

どういう本なら売れるのか。今回、石破氏の本を手がけた新潮社新書編集部の後藤裕二編集長に聞いてみた。

「本を作る上では本人の知名度に加え、本1冊分を語るに足るロジックがあるかというのは欠かせない要素です。その政治家が10時間語った内容を凝縮したものが本1冊なんです。自民党総裁だろうが総理大臣だろうが、それくらい語るべき内容がないと本はつくれません」

まずは本の中身、と語る後藤編集長。さらに政治家の本では、もう1つ重要な要素があると指摘する。

「政治家は一定のキャリアがないと、いくらプランが素晴らしくても、それだけでは説得力に欠けてしまう。いくら勉強しても『キャリアまだ2年だろ』となったら説得力も無いわけですからね」

「ポスト安倍」は書くのか

総裁選挙に立候補が取りざたされている「ポスト安倍」、本を書くつもりはあるのか。

立候補したいと表明している野田聖子総務大臣(57)は、8月上旬にも出版の予定だ。前回、3年前の総裁選挙に立候補しようとした時、「ライフワークの女性政策以外に、政策が見えない」と指摘された反省から一念発起。この3年間、練ってきた外交や経済などの政策を発表するという。

一方、24日に立候補を見送ったばかりの岸田文雄 政務調査会長、実は直前に取材をしたのだが、いまのところ出版の予定はないとの回答だった。毎週末のように地方に出向き、1時間近い講演を行っている岸田氏。当選9回、5年近く外務大臣を務め、現在は政権の政策決定の要である政務調査会長だ。本が売れる条件は整っているようにも思えるが…。

暑いし…じゃあ、読んでみるか

9月に迫る自民党総裁選挙。政権与党のリーダーを決める選挙は、日本のリーダーを決める選挙にもなります。「命に関わる暑さ」が続くこの夏、とても外に出られないと思ったら、かつての総理や候補が書いた本を読んで、これからの社会や暮らしのことを、考えてみてもいいかも知れません。さてさて、読後に「涼しく」なるか、「熱く」なるか…

政治部記者
加藤 雄一郎
平成18年入局。鳥取局、広島局を経て政治部。現在、自民党麻生派を担当。この夏の課題図書は「ジョゼフ・フーシェ」。
政治部記者
立町 千明
平成21年入局。冨山局を経て政治部。現在、自民党石破派を担当。この夏の課題図書は「ピーターの法則」。