保守王国分裂 勝敗の分岐点

半世紀ぶりに保守分裂となった富山県知事選挙。
全国有数の「保守王国」で有権者が選んだのは、自民党が推薦した現職ではなく、民間出身の新人だった。
何が勝敗を分けたのか。
(佐々木風人、佐伯麻里、山澤実央)

<分裂までの経緯はこちら ~保守王国分裂 いったい何が~>

まさかこんな差が

25日午後8時すぎ。
富山市にある新人の新田八朗(62)の事務所は当選確実の知らせに沸いていた。
新田は富山市長の森雅志や自民党の地方議員ら支援者が見守る中、笑顔で抱負を語った。
「保守分裂ということで注目されたが、分裂したままでは素晴らしい富山県は作れない。みんながワンチームとしてこれからの富山県をつくっていく」

新田の挨拶から遅れること2時間ほど。
事務所に姿を見せた現職の石井隆一(74)は、意気消沈した様子を隠せなかった。
「残念ながら結果を出すことができなかった。すべての責任は私にある」
これまで自民党の推薦を得て当選を重ねてきた4期16年のベテラン知事。


5度目の勝利を手にすることはかなわなかった。

富山県は、有権者に占める自民党員の割合が全国で最も高い。
その「保守王国」で、石井は自民党県連の推薦を得て戦った。
組織の力は新人の新田をはるかに上回っていたはずだった。
しかし、結果は、県内15市町村のうち勝利したのは5つの市と町だけ。
新田におよそ12ポイントの大差をつけられた。


石井を支援したある県議は「まさかこんなに差がつくとは…」と言葉を失った。
半世紀ぶりとなった保守分裂選挙は、どこで差がついたのだろうか。

“大物”議員も火花

「私どもから見ても全国で上から数えて何番目に入る知事だと思う。能力を買ってください」

知事選挙の告示を2週間後に控えた9月26日。
副総理兼財務大臣の麻生太郎が、現職の石井を応援するため富山市を訪れた。
総務大臣の経験もある麻生は知事としての石井の能力を絶賛し、支持を呼びかけた。


さらに、前政務調査会長の岸田文雄、総務会長代理の片山さつき、幹事長代行の野田聖子といった“大物”も続々と石井の応援のために富山入り。県連が推薦する候補者を落選させるわけにはいかないと党を挙げた応援を展開した。
選挙戦の最終盤には、地元・富山選出で9月に農林水産大臣に就任したばかりの野上浩太郎もマイクを握った。

一方、新人の新田のもとにも自民党関係者の応援が相次いでいた。

地元のガス会社の元社長で、日本青年会議所の会頭も歴任した新田。富山市長の森を長く後援会長として支え、自民党など富山の政界関係者に幅広い人脈をつくっていた。党の推薦は得られなかったが、石井とぎくしゃくした関係にある森や一部の自民党の県議、富山市議の強い後押しを受けた。

さらに、新田の姉は前北海道知事で自民党参議院議員の高橋はるみだ。
高橋は、弟の応援に入りマイクを握った。


「弟は長年会社を経営し、時代に合わせて常に新しいことにチャレンジしてきた。新しい富山づくり、ワクワクする富山づくりをやっていきます」
このほかにも、隣の石川が地元の元総理大臣、森喜朗や元文部科学大臣の馳浩らが応援に駆けつけた。

保守分裂を象徴するように、自民党関係者も両陣営に分かれて火花を散らした。

県議会でも分裂が

地方政界でも象徴的な出来事があった。

告示9日前のことだ。
「知事選挙に向けて新田氏を支援したい」
県議会議事堂の会議室で会見したのは、自民党会派を離脱して新会派を立ち上げた4人。


知事選挙に立候補する現職の石井への推薦を決めた党県連の方針に反し、新人の新田を公然と支援して県連から役職停止の処分を受けていた。
新会派の1人で県連の重鎮、中川忠昭は「県民の声をしっかり聞き、多様な意見を県政に反映させたい」と述べ、自らの正当性を訴えた。

自民党の地方議員の間にも大きな溝ができていた。

現職の体制は「盤石」のはずだった

「いつまで自民党は旧態依然なんだ」
告示から1週間後。石井を支援する県連の常任総務会。
関係者によると、若手県議がこう述べて危機感をあらわにしたという。

半世紀ぶりの保守分裂選挙にもかかわらず、県連の戦略は、麻生や岸田など大物政治家を投入するだけに映った。
集会や演説会に集まるのも毎回同じ顔ぶれで、支持の広がりに欠けると感じていた。
体質の古さを感じていた別の県議も「よくぞ言ったと思った」と振り返る。

「推薦の決定方法が強引だという批判があるのに、選挙戦略にも工夫が見られない。このままでは石井は大差で負けてしまう」

県連推薦を取り付け、盤石なはずだった体制は“幻”なのではないか。石井を支持する県議らからそういった不安のつぶやきを何度も耳にした。

選挙戦も終盤を迎えると、石井の劣勢がささやかれるようになる。

新人側はイメージ戦略重視

対する新田は、徹底してイメージ戦略にこだわった。

去年12月の立候補表明後から、著名な選挙プランナーを雇い、準備を進めた。
キャッチフレーズは「変えていこう!新しい富山へ」
有権者の多い富山市を中心にいたるところにポスターやのぼり旗を掲げた。

「今の県政は停滞している。県政運営に民間の手法も取り入れ、スピード感を重視して経済対策を行う」
官僚出身の石井との違いを出そうと、県政にも民間の経営感覚が必要だと訴えた。
街頭では、体をかがめてドライバーと目線を合わせ手を振る地道な活動を展開。


「石井県政はトップダウン型だ」と批判し、県民の声を丁寧に聞く姿勢を強調した。

自民党の支援組織が高齢化する中、かつて会頭を務めた日本青年会議所の若手の会員の後押しを受けたことも大きかった。
知り合いに声をかけて集会に誘い、投票を働きかけるという草の根の運動を展開。声かけや投票の依頼はSNSを活用した。
身内からも旧来型の運動だと批判された県連とは対照的だった。

投票日の前夜、午後7時から富山駅前の広場で開かれた新田のマイク納め。
雨上がりで肌寒い中、市長の森の熱を帯びた演説などで集まった500人の聴衆は盛り上がった。
なかなか鳴りやまない「ハチロー」コールが新田の勢いをうかがわせた。

保守王国の「しがらみ」

「保守王国」ゆえの複雑に絡み合う人間関係も支援のあり方に影響した。
県選出のすべての国会議員と多くの県議会議員や市町村長が県連の方針を受けて、石井支持を表明した。
しかし、新田やその支持者と深いつながりを持つ議員も少なくない。
富山1区選出の衆議院議員、田畑裕明もその1人だ。


みずからの後援会の会長は新田の支援団体の会長も務め、新田を強力に推す市長の森ともつながりが深い。
田畑は街頭演説や集会に参加して石井への支持を呼びかけてきたが、選挙戦最終盤の集会に欠席するとさまざまな憶測を呼んだ。

田畑の事務所は欠席の理由について「国会対策副委員長の仕事で東京を離れられなかった」と説明している。
2人の間で股裂きとなり、結果として推薦した現職の運動が抑制的にならざるを得なかったと分析する県連関係者もいる。

決め手は「政党推薦」にあらず

投票日当日、NHKが投票を済ませた有権者に行った出口調査。
「保守王国」らしく、自民党の支持率は実に59%。ほかの都道府県と比べても高い数字だ。その自民党支持層の投票先は新田が50%余りと石井を上回った。
自民党に次いでパイの大きい「無党派層」(28%)でも、新田が60%余りの支持を集めた。

保守王国で、どうして自民党の推薦が、威力を発揮しなかったのか。

押さえておきたいのは、知事選挙に対する有権者の意識の変化だ。
富山県知事選挙が保守分裂になったのは実に51年ぶり、3人以上が立候補したのも47年ぶり。
選挙への関心は一気に高まり、投票率は、石井と共産党推薦の候補者の2人の争いとなった前回・4年前の選挙を実に25ポイントも上回って60%に達した。

出口調査では、今回の保守分裂選挙について、4割以上が「新しい選択肢が増えてよかった」と肯定的に受け止めていた。
自民党県連内で会派分裂による県政の停滞などネガティブに捉える意見が多かったのとは対照的だった。

では、敗れた石井の県政運営の評価はどうだったのだろうか。

出口調査によると、石井県政を評価すると答えた人は実に8割以上にのぼった。
この4期16年の石井の手腕は十分に評価されていたということだ。さらに、知事の多選の弊害はあるか尋ねたところ「弊害はない」が6割以上だった。
それでも有権者は石井ではなく新田を選んだ。

今回の保守分裂選挙は、「自分が選ぶ」という意識を強めた有権者が「何かを変えたい」と臨んだ選挙だったのではないか。

投票日翌日、富山駅前で有権者に話を聞いた。
19歳の女性は「新型コロナの影響もあって富山県民が変革を期待したのだと思う」と話した。


70代の男性も「自民党という組織が推した候補者ではなく民間出身のほうに期待した」と話した。
「県知事が久しぶりにかわり、新しい政治が始まるのが楽しみだ」と答える男性もいた。

出口調査では、投票で重視したことを聞いた。
すると、▽「政策・公約」が最も多く29%、次いで▽「人柄・イメージ」が24%、▽「経歴・実績」が22%、▽「清新さ」が17%などとなった。
▽「政党・団体の支援」はわずか3%だった。


このうち「人柄・イメージ」と答えた人の60%余り、「清新さ」と答えた人の80%台後半が新田に投票したと答えた。

折しも新型コロナの感染拡大で、休業要請などの強い権限が与えられた知事の一挙一動が注目されていた。
とりわけ、東京都知事の小池百合子、大阪府知事の吉村洋文、北海道知事の鈴木直道はメディアに露出し、次々と地域独自の対策を発信し、存在感を示した。
新田には、支援を受けた日本維新の会の国会議員のつてで、吉村がビデオメッセージを寄せた。
吉村はコロナ禍の今こそ、官僚出身ではない新しい知事による改革の必要性を訴えた。

新田も「派手さはない堅実な実務家」の石井とは異なる知事像を提示しようとした。

答えは4年後に

新田の勢いは地元の政界関係者の思惑から最も遠いところにあった。
自民党の中堅県議は語った。
「多くの意見に耳を傾けず、県連の一握りの幹部で物事を決めるという自民党のやり方は、もう時代遅れだ」
自民党が推薦した候補者を自民党の支持層がそのまま投票する、そうした選挙のあり方が全国有数の「保守王国」でも崩れ去った。

富山県政上の歴史的な出来事になった今回の県知事選挙。
県民の審判は下った。
しかし政治経験のない新人が難局を乗り切るのは簡単なことではない。

石井は、県財政の再建や国との交渉、新型コロナの対策など、着実な成果を上げてきた。
富山県の将来を新人に託した選択は果たしてどうだったのか。
その答えは、次の4年間で新田が成果を出せるかどうかにかかっている。
(文中敬称略)

富山局記者
佐々木 風人
新聞記者を経て2018年入局。警察担当などを経て富山県政キャップ。自民党県連と石井候補を担当。
富山局記者
佐伯 麻里
2016年入局。警察や富山県政の担当を経て選挙キャップ。若手職員による投票率向上プロジェクトに参加。
富山局記者
山澤 実央
2019年入局。警察担当を経て高岡支局。新田候補を担当。若手職員による投票率向上プロジェクトに参加。