市長空白の4か月
異例ずくめの再選挙

4月24日。千葉県市川市の市長室に、4か月ぶりに“あるじ”が足を踏み入れました。市川市では、去年11月、新市長を決める選挙が行われたものの、当選者が決まらず再選挙となり、その後、再選挙の日程もなかなか決まらなかった結果、市長不在という状況が年度をまたいで続きました。
異例ずくめとなった市長選。長期のインターバルは、選挙結果にも影響を及ぼしました。
(千葉放送局記者 松山翔平 内藤貴浩/報道局選挙プロジェクト記者 鈴木有)

「1日でも早く市民に安心を」

4月22日に行われた市川市長選挙の再選挙は、立憲民主党などが推薦した元衆議院議員の村越祐民氏が初当選しました。

その2日後、市役所に初登庁した村越新市長は、職員らを前に「4か月近く市長不在の期間があったので、1日でも早く市民に安心してもらえるように、誠心誠意、一生懸命職務にあたっていきたい」と述べました。

全国6例目の再選挙

千葉県北西部、東京に隣接する市川市。都心まで電車で20分。50万近くの人口を抱える都市のリーダーは、去年11月に決まる予定でした。

任期満了に伴って行われた1回目の市長選挙は、新人5人の争いとなりました。5人は、それぞれ一定の知名度があったことから票が分散し、誰も「有効投票数の4分の1」という当選に最低限必要な“法定得票数”に届きませんでした。

その結果、当選者が決まらず、首長選挙ではこれまで全国で5例しかなかった再選挙が行われることになったのです。

12万票を数え直し

“異例”は、さらに続きました。

有権者から「開票作業に不自然な点があった」として選挙の無効を求める異議の申し出があり、再選挙の日程がなかなか決まらなかったのです。

選挙の効力に対する異議は、納得がいかなければ、制度上、訴訟にまで持ち込むことが可能で、その間、再選挙はできません。過去には、最高裁まで争われ、再選挙まで1年半かかった事例もありました。

市の選挙管理委員会は、長期化を避けるため、申し出の求めに応じて、およそ12万の票をすべて数え直し、開票作業に関わった職員への聞き取り調査も実施しました。

その結果、異議を棄却し、再選挙の日程が確定したのは、ことし3月にまでずれ込みました。

“前例踏襲”予算案

再選挙の日程の決定に時間がかかったことは、多方面に影響を及ぼしました。

大きかった1つが市長の不在です。
1回目の選挙から1か月後の去年12月下旬、現職の任期が終わり、市川市はリーダー不在という異例の事態に突入しました。

「市政の停滞を招いてはいけない」
市長の職務代理となった佐藤尚美副市長は、危機感をあらわにしました。折しも当時は、4月からの新年度の予算案を編成する大事な時期。全国でも有数の多さとなっている待機児童問題への対応など、喫緊の課題を抱えるなか、新しい対策を打ち出すことはできません。

さらに、既存の事業をやめる判断もできず、新年度予算案は、前の年度の事業をほぼ踏襲したものとせざるをえませんでした。

市の幹部は「市民生活に影響が出ないよう最大限の努力をしたが、市長がいないと『何も決められない組織』になってしまう」と漏らしていました。

また、市民からは「大きな災害や事故があった時に、行政としてきちんとした対応をしてもらえるのか不安だ」という声も聞かれました。

駅前1等地を半年間賃借

影響は、候補者の側にも出ていました。

1回目の選挙に立候補した5人は、当初、全員が再度、立候補する意向を示していました。各陣営とも街頭活動などを続けていましたが、日程が決まらないまま選挙の態勢を維持するのは簡単ではありません。

ある陣営では、JR市川駅から徒歩6分の国道沿いに開設した広さおよそ40坪の事務所を半年間にわたって借り続け、大きな負担となったと言います。

この候補者は「再選挙の日程が決まらない間は、先が全く見えない状況だった。事務所を維持することやスタッフのモチベーションを保つことが難しかった」と話していました。

再選挙は3人の争いに

再選挙の構図が変わったのは、告示まで2週間を切ってからです。

1回目の選挙で、得票数が4番目と5番目だった候補が立候補を断念。再選挙は3人に絞られ、懸念されていた「再々選挙」の可能性はなくなりました。

1回目の選挙で得票が最も多かった村越氏は、立憲民主党など野党5党から推薦を受け、「野党統一候補」を掲げて選挙戦を展開。

これに対し、2位だった坂下茂樹氏と3位だった田中甲氏は、自民党の地方議員の間で、どちらを支援するかで対応が分かれ、保守分裂の構図となりました。

ただ、坂下氏と田中氏は、立候補を断念した2人がそれぞれ支援に回ったため、1回目の選挙の結果を単純に足し合わせると、両氏が村越氏を上回る計算でした。

「政権への批判が追い風に」

一方、この5か月で国政を取り巻く状況は大きく変わっていました。

1回目の選挙が行われた去年11月は、衆議院議員選挙を終えた直後。NHKの直近の世論調査では、安倍内閣の支持率が46%と前の月から7ポイント上がって大きく盛り返していました。

これに対し、再選挙が行われた4月は、森友学園や加計学園をめぐる問題などが立て続けに明らかになり、内閣支持率は38%に下落。半年ぶりに「不支持」が上回る状況となっていました。

そして、再選挙を制したのは、村越氏でした。1回目の選挙から1万8000票余り伸ばしての勝利でした。

村越氏は勝因について、「安倍政権への市民の怒りが少なからず追い風になった」と述べました。

無党派層が多いとされる都市部の選挙。敗れた側からも、国政の影響を指摘する声が聞かれました。

“再選挙”どう考えますか?

異例ずくめとなった市川市長選挙。
首長選挙の再選挙の制度をめぐっては、これまでも何度か議論になってきました。

東京都選挙管理委員会は「大都市では、立候補者の乱立で再選挙が生ずる可能性が十分ある」として、1999年、再選挙になっても行政運営に支障が出ないように公職選挙法の規定を見直すべきだという見解をまとめました。

このなかでは、異議の申し出や裁判に関係なく再選挙を迅速に行えるようにすることや、再選挙を何度も繰り返しても当選者が決まらないような事態を避けるための対策の必要性を訴えていました。

今回の市川市長選挙では、20年近い時を経て、当時の懸念が再びクローズアップされる結果となりました。

選挙制度に詳しい一橋大学大学院の只野雅人教授は「異議の申し出などに関係なく、一律に再選挙を行えるようにすることには賛同できないが、票の数え直しを行っても再選挙となる可能性が高く、行政トップの不在の長期化などが予想される場合は、何らかの対応を検討することも一案だ」と話しています。

再選挙の制度は、あまりに少数の支持だけで当選者が決まらないようにするために設けられています。

今回の市川市長選挙の再選挙の投票率は、1回目よりは上がったものの34%にとどまりました。当選した村越氏の得票率は35%でしたので、有権者全体からみると12%の支持で新市長が誕生したことになります。

制度に関係なく、投票所に足を運ぶ人が増えないかぎり、多数の民意の反映はありえません。市民の政治参加について改めて考えさせられる取材でした。

千葉局記者
松山 翔平
平成22年入局 。大分局を経て現所属 。千葉県政、市川市政などを担当。
千葉局記者
内藤 貴浩
平成24年入局 。松江局を経て現所属 。県政、選挙取材などを担当。
報道局 選挙プロジェクト記者
鈴木 有
平成21年入局。和歌山局、横浜局を経て現所属。選挙の分析が専門。