ージス・アショア
配備停止 極秘決定はなぜ?

それは、極秘の決定だった。
建造に約4500億円の巨費が見込まれた「イージス・アショア」。“日本全域を24時間365日、切れ目なく防護する”という触れ込みの「陸の盾」だ。しかし政府はその配備を事実上、撤回。ミサイル防衛政策は、大きく変更を迫られることになった。
なぜ、計画は突然停止したのか。その背景と今後の弾道ミサイル防衛の行方を探った。
(稲田清、山枡慧、地曳創陽)

極秘決定と反発

6月15日午後5時半。
河野防衛大臣は、新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画の停止を、突然、表明した。

その直前、山口・秋田の両県の知事に河野自身が電話で説明をしていたが、それ以外に計画停止の表明を事前に説明したのは、安倍総理大臣と菅官房長官の2人だけだったという。

河野は事務方に「迷惑をかけた地元に伝えるまでは一切、口外するな」と厳命していた。
「候補地だった両県の知事に、もし事前に漏れたら、今後一切、防衛省・自衛隊への協力は得られない」
そう考えてのことだったという。秘密の保持は徹底された。

日頃、アメリカ側との連絡役を担っている防衛省の幹部は「アメリカから『どうなっているんだ』と次々に聞かれたが、大臣が話した内容しか手元にない。何も、知らされていなかった」と話す。
計画の停止は、日米同盟の窓口にすら、事前の周知もなく決められていた。

与党側も同様だ。
自民党の二階幹事長にも、公明党の山口代表にも、伝えられたのは表明当日。防衛省と調整を続けてきた山口県と秋田県選出の党幹部に連絡があったのは、河野が計画停止を表明した後だった。

二階は後日、党の会合で「国防の重要な問題を、これまで党と政府がともに進めてきたはずだが、一方的に発表されたことは、表現のしようがない」と、不快感を示した。

政府内からは「事前に知らされていなかった人たちと大臣の分断が気になる」「次の内閣改造で河野大臣も交代だろうから、それまでの我慢だ」といった声すら、漏れ出した。

河野は「これまで、さまざまに情報が漏れていたが、どこから漏れているか特定が出来なかった。知事に説明するまでは一切説明をしないことで、情報漏れを防いだ」と胸を張る。その一方で、二階ら党幹部への謝罪に追われた。

「河野君が頭を下げに来たのは、初めてじゃないか。ふだんから、そうやっておけばいいのにな」
ある自民党のベテランは、そう振り返った。

撤回の理由は

「根回し」がほぼ行われなかった、今回の決定。停止のきっかけは、候補地との「約束」だった。

候補地だった山口県は、迎撃ミサイルを発射した際に切り離す「ブースター」と呼ばれる推進補助装置の落下について、懸念を示していた。防衛省は2018年8月以降、山口県に対し、「演習場内に確実に落下させる」と繰り返し説明し、必要な措置を講じることを約束してきた。

この、迎撃ミサイルの「ブースター」とは、「イージス・アショア」で運用される迎撃ミサイル「SM3ブロックⅡA」を、発射直後、垂直に推進させる部品だ。

ミサイルは3段式の構造で、全長約6.7mある。
このうち発射して、最初に切り離される1段目は、長さ約170cm、直径約53cmと、人間の大人くらいの大きさだ。重さは200kg強もある。

これを、安全に落下させるために防衛省が「講じる」としていた措置は、次のようなものだ。

まず、①ミサイルの速度と飛しょう方向、②上空の風向きと風速、③落下時の「ブースター」の姿勢、という3条件に基づき、落下位置をあらかじめ算出する。

その上で、算出した落下位置にブースターを落とせるよう、燃焼ガスを噴出するノズルの向きを、ソフトウエア上で変更して、ミサイルの飛しょう経路をコントロールするというのだ。

「設計に無い発想」

だが、イージス艦の運用に携わり、実際に迎撃実験に携わった海上自衛隊の元幹部は、非現実的だったと指摘する。

「迎撃ミサイルは、敵のミサイルにぶつけるのが目的で、『より遠く、より早く、より正確に』が肝要だ。北朝鮮からミサイルが発射された場合、日本に到達するまでおよそ8分で、時間が勝負だ。早く撃てば反撃は、第2撃が可能だが、ブースターの落下を計算して発射すれば、時間にロスが出る」

「ミサイルのブースターやロケットモーターは、バンドのようなもので締めてつないであり、火薬を爆発させて外すだけ。落下をコントロールする発想は設計上、全くないし、ミサイルを発射するような状況では、弾道ミサイルに命中させることが第一だ」

「投資に見合わない」

山口県にある「むつみ演習場」の場合、海までの距離は、約10kmあり、その間には住宅地もある。

住民の理解を確実に得るため、防衛省は地元への説明と並行して、ソフトウエアの改修によって安全な落下を実現すべく、アメリカ側と調整を進めてきた。

ところが演習場の複雑な地形を元に、より精緻なシミュレーションを行った結果、ことしに入って、「100%、演習場内に落下できるとは言えないのではないか」という疑念が生まれた。

日米の担当者が疑念を払拭するべく、議論を加速させる。

「1段目のブースターを小型化し、早く落下させてはどうか」

シミュレーションを重ねて行うが、1段目を小型化すると、2段目を大型化しなければならなくなることや、ミサイルの直径を拡大しないといけないことがわかった。

さらに改修はミサイルだけでなく、発射装置まで必要になる可能性も出てきた。

防衛省は5月下旬になって、安全に落下させるという「約束」を守るためには、事実上、新しいものを作るのと同じレベルで、ミサイルそのものの改修が必要だと判断した。

日米共同で開発が行われた「SM3ブロックⅡA」。すでに12年の歳月と2000億円余りが費やされている。改修のためには、これに匹敵する歳月がかかり、ほぼ同額の負担を日本単独で負うことになる上、ミサイル自体の能力が向上することはない。

6月3日に報告を受けた河野は翌4日、安倍にこう伝えた。
「総理、申し訳ありません。この改修は10年、2000億円の投資に見合いません。プロセスを止めざるを得ません」

河野は12日に再び、安倍と会談し、配備計画は中止せざるを得ない考えを伝え、了解を得た上で、15日に計画停止を表明した。

3年前、北朝鮮による弾道ミサイルの発射が相次ぐなか、導入が決定した「イージス・アショア」の配備は、急転直下、事実上の白紙撤回に追い込まれた。

19日、河野の謝罪を受けた山口県の村岡知事は、見通しの甘さを批判した。

「周辺住民の命に直結する問題であり、たいへん重要な問題だ。最初の段階から、しっかりと精査して回答してほしかった。大変、遺憾に思う」

日本のミサイル防衛体制は

防衛省は「イージス・アショア」は、日本のミサイル防衛体制のなかで、「24時間・365日、切れ目なく、長期にわたって」日本を守る柱になるとしてきた。

これがなくなることで、日本のミサイル防衛体制はどうなるだろうか。

まず、今の体制では、イージス艦や地上に配備された警戒管制レーダーなどで、発射された弾道ミサイルを探知し、宇宙空間を飛しょうしている段階で、イージス艦の迎撃ミサイル「SM3」で撃ち落とすとしている。

さらに、この段階で撃ち落とすことができず、弾道ミサイルが大気圏に突入して、日本の都市部などに向かってきた場合は、地上配備型の迎撃ミサイル「PAC3」が撃ち落とすことになっている。

「イージス」の実態

「イージス・システム」は、ギリシャ神話で、ゼウスが娘のアテナに与えた、すべての厄災を払いのける「イージスの盾」を名前の由来としている。

弾道ミサイルなどの探知から追尾を行うレーダーや、迎撃ミサイルの発射管制までを行う装置などで構成され、攻撃に対応する。

護衛艦に搭載されたシステムは、弾道ミサイルに対処するとき、レーダーの電磁波を狭い範囲に集束して強力にすることで、遠くから飛来するミサイルを捉え続ける。

防衛省・自衛隊は詳細を公表していないが、防衛白書では、イージス艦による弾道ミサイルの防護体制を示していて、従来型1隻と、より防護範囲が広がった新型1隻の合わせて2隻で、継続的に対応できるとしている。

海上自衛隊の元幹部は、「詳細は言えないが、弾道ミサイル対応なら、条件次第では防護範囲よりさらに遠くから、音速を超える速さで飛んでくるバスケットボール程の物体も追えるし、近づけば、野球のボールくらいでも追跡できる。艦の電力のほとんどを振り向けるため、一般家庭2万世帯分の電力を消費する」と打ち明ける。

イージス艦は、いまの7隻体制から、来年春には8隻体制になる。だが、中国の空母が沖縄本島と宮古島の間を通過したり、中国のものと推定される潜水艦が領海のすぐ外側を浮上しないまま航行したりする状況の中、南西海域でのイージス艦の需要も高まっている。

イージス艦の弾道ミサイル警戒の負担を軽減させようとその機能を陸上に移設し、常時、稼働させようというのが「Ashore(アショア)=陸上の」と名付けられた、「イージス・アショア」だった。

巨額プロジェクトめぐる受注争い

「イージス・システム」は高額だ。アメリカのロッキード・マーチン社とレイセオン社が、熾烈(しれつ)な受注争いを繰り広げてきた。

海上自衛隊の護衛艦やアメリカの初期のイージス艦は、ロッキード・マーチン社の「SPY-1」というレーダーを基にした「イージス・システム」を搭載している。

2013年になってアメリカ海軍は、レイセオン社と「SPY-6」というレーダーの導入契約を結んだ。次期イージス艦や空母への搭載が決まっている。

日本での「イージス・アショア」の配備に向け、ロッキード・マーチン社は「LMSSR」(後にアメリカ軍から型式を取得し「SPY-7」と名前を変えた)を、レイセオン社は、「SPY-6」を基にしたシステムを売り込んでいた。

レイセオン社は「SPY-6」が、すでにアメリカ海軍で採用されて量産が始まっていることによる信頼性や、箱形のレーダーを37個組み合わせて「SPY-1」の3倍以上、遠距離を探知できる能力を売りにした。

これに対して、ロッキード・マーチン社は「LMSSR」(SPY-7)は、同じ系統のレーダーが、アメリカの国防総省の内局のひとつ、ミサイル防衛局がアラスカやハワイに設置して使われることや、カナダやスペインでも、採用を前提にプロジェクトが進行していることを打ち出した。

防衛省は最終的に、基本性能や後方支援、経費の面で「LMSSR」(SPY-7)が優れているとして、採用を決めた。

回収できない「サンクコスト」

配備には一連のシステム2基分で2500億円余り、今後30年にわたる維持・運用費で約2000億円かかるとしていた。プロジェクト全体では約4500億円を見込んでいたが、さらに膨れ上がる可能性も指摘されていた。

防衛省は、探知や追尾に基づいて発射管制を行う「ウエポン・システム」2基や、「SPY-7」の費用など、すでにアメリカ側と1800億円の購入契約を締結。約200億円の支払いは済ませている。

河野は「回収できない『サンクコスト』(=戻ってこない費用のこと)は決して安くなく、責任を痛切に感じている」と述べた。

防衛省は、契約した金額の支払いを減額できないかなどを今後、アメリカ側と交渉することにしている。また契約を取り消せない場合は、「SPY-7」を護衛艦に搭載したり、地上に配備したりすることも含め、転用も検討している。

安保戦略の改定へ

弾道ミサイル防衛の新たな柱としていた「イージス・アショア」の配備を、事実上、撤回した安倍政権。

「代わりの柱」は、どう見いだそうとしているのか。

「抑止力、対処力を強化するために、何をすべきか。安全保障戦略のありようについて、この夏、国家安全保障会議で徹底的に議論し、新しい方向性をしっかりと打ち出し、速やかに実行に移していきたい」

配備計画の停止が表明されてから3日後。安倍は、弾道ミサイル防衛を含め、日本の安全保障戦略そのものを見直す考えを打ち出した。

NSC=国家安全保障会議で、9月末をめどに集中的に議論した上で、外交・防衛の基本方針となる「国家安全保障戦略」の改定や、防衛力整備の指針となる「防衛計画の大綱」などの見直しも進める方針だ。

「当面の間、イージス艦と地上配備型の迎撃ミサイルPAC3でやっていく。海上自衛隊に頑張ってもらうしかない」
河野は、新たな方針とそれに基づく体制が固まるまでは、イージス艦を中心に対応する考えだ。

イージス艦を8隻体制から、さらに増やす案も取りざたされているが、建造だけで5年は見込まれている。「イージス・アショア」の導入が、海上自衛隊の人員不足も理由に決められた経緯もあり、防衛省・自衛隊では「イージス艦の増勢は抜本的な解決にはならない」という見方が強い。

再浮上した「敵基地攻撃能力」

こうした中、安倍は記者会見で次のように述べた。
「相手の能力が上がる中で今までの議論の中に閉じこもっていていいのかという考えのもとに自民党の提案が出されている。そういうものを受け止めなければならない」

政府が否定してきた「敵基地攻撃能力」の保有を、自民党内に求める意見があることに触れ、議論する考えを示したのだ。

自民党は3年前、「北朝鮮の脅威が新たな段階に突入した」として、弾道ミサイル防衛の強化について、1つの提言をまとめた。この中で、イージス艦などによる従来のミサイル防衛能力の強化とともに、「敵基地反撃能力」の保有を検討するよう求めている。

日米同盟に基づいた「総合力」で対処する方針は維持しながら、抑止力のいっそうの向上を図るためには、巡航ミサイルなどを使って敵の基地を攻撃できる能力について「弾道ミサイルの脅威に対処するため、保有を検討すべき」とした。

その上で、現状では打撃力はアメリカに依存しているものの、弾道ミサイル技術が急速に発展するなか、「予防的な先制攻撃はしない」という制約をつけた上で、日米の間で新たな役割を見いだすべきだとしている。

ただ、政府はこれまで「敵基地攻撃能力」について、「憲法に定める自衛権の範囲に含まれ、保有は可能」とする一方で、「装備として保有しておらず、保有する計画もない」と説明してきた。つまり、持つことはできるが、そのような装備は持たないとしてきた。

「持てるが持たぬ」根拠は

政府の考えの基になるのが、60年余り前の1956年2月、当時の鳩山一郎総理大臣の答弁だ。(船田防衛庁長官が代読)

「わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです」

「そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います」

「普通の場合、つまり他に防御の手段があるにもかかわらず、侵略国の領域内の基地をたたくことが防御上便宜であるというだけの場合を予想し、そういう場合に安易にその基地を攻撃するのは、自衛の範囲には入らないだろうという趣旨で申したのであります」

提言したとはいえ、自民党内が保有すべきだという意見でまとまっているわけではない。
ましてや公明党内には「他国内での武力行使は認められない」「イージス艦で防御できるのに、必要とは言えない」など、反対意見が根強い。

また、与党内には、「攻撃能力の保有の議論も行うのは唐突だ」という指摘や、基地そのものを攻撃するのではなく、サイバーや電磁波の能力を高め、発射できなくする手段を検討すべきだという声もある。

これまでの政府答弁との整合性や、自民・公明両党の対応も焦点になりそうだ。

さらに野党からは、「敵基地攻撃とは先制攻撃であり、攻撃的兵器の保有は自衛のための最小限度の範囲を超え、憲法を完全に蹂躙(じゅうりん)するものだ」として、保有は憲法に反するという声も上がっている。

「盾」も「矛」も…

「イージス・アショア」という陸上の「盾」を築く計画は、事実上撤回され、イージス艦という、海の「盾」も、運用はひっ迫している。ほかに新たな「盾」といっても、カバーできる範囲が大幅に狭く、しかも高額な迎撃ミサイルシステム「THAAD」をアメリカ側から購入するなど、選択肢は多くはない。

「イージス・アショア」で使われるはずだった迎撃ミサイル「SM3ブロックⅡA」は、イージス艦には今後配備される予定だが、1発あたり数十億円とされ、「多数の弾道ミサイルに攻撃されることに備えようとすれば、財政が持たない」という懸念がある。

一方で、「敵基地攻撃能力」という「矛」に手を伸ばそうとすれば、安全保障政策の大きな転換となり、国民の理解を得るのは容易でない。

そもそも北朝鮮は、日本全土を射程に収めるミサイルを数百発、保有しているといわれている。
偵察衛星での補足が難しい移動式発射台からの発射を繰り返している上、基地をたたくだけで、日本を守りきるのは困難だ。

「イージス・アショア」配備の事実上の撤回から、弾道ミサイル防衛にとどまらず、安全保障戦略の見直しに向かう政府。国民の理解を得ながら、国防の責務を果たすことができるのか。

日本の安全保障政策は、大きな岐路を迎えた。
(文中敬称略)

政治部記者
稲田 清
2004年入局。与野党や外務省など取材し、防衛省キャップ。ハワイにあるアメリカ軍の「イージス・アショア」も取材。
政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局を経て政治部に。文科省や野党を経て、防衛省担当。趣味は水泳。
政治部記者
地曳 創陽
2011年入局。大津局、千葉局を経て政治部に。総理番を経て、防衛省で河野大臣番。