消えた外相のつぶやき
「座ってろって」

「やらねばならないことが山のようにあるのに、外交防衛の集中審議だから、9時から5時まで答弁が無くとも委員会に座ってろって(中略)腕組んで目を瞑る暇に仕事させてほしい!」
河野外務大臣がツイッターでつぶやいたのは2月14日のこと。国会では、予算審議が佳境を迎えているさなかでした。しかし、そのツイートは、いつの間にか消えてしまっています。どうして消されたのか。取材を進めると、1つの課題が浮かび上がってきました。
(政治部記者 瀬上祐介)

張り付き大臣

2月14日、国会では衆議院予算委員会で集中審議が行われていました。テーマは「外交・安全保障等」。朝9時から夕方5時までお昼の休憩を挟み、7時間の質疑でした。

私は委員会をずっと傍聴していましたが、質疑は主に「働き方改革」。質問は安倍総理大臣や加藤厚生労働大臣に集中、河野大臣が答弁する機会はほとんどありませんでした。

国会では、テーマに関わる担当閣僚は、答弁の機会があってもなくても、審議の間はずっと座ってなければなりません。これを国会用語で、「張り付き大臣」と言います。

テレビ中継では、腕を組んで、下を向いている河野大臣の姿が映し出され、ネット上では「ずっと腕を組んで目を瞑ってた外相」などというツイートが投稿されました。

冒頭の河野外相のツイートは、これに対する反論だったのかもしれません。

河野大臣は外相就任以降、精力的に外国訪問を続け、1月下旬の国会召集以降は週末の土日を使った2~3日の弾丸日程が5回連続。(3月末現在)

ツイートには、外交課題が山積する中、ただ、じっと座ってなければならないという、いらだちを感じました。

「謝罪が必要だ」

このツイート、少なくとも翌週には削除されていました。理由の1つは、国会で野党側が問題視したことにあります。

「委員会への挑戦ではないか、謝罪が必要だ。おごっている」
「予算委の権威がある。ツイートを削除してもらい、誠意ある対応をお願いしたい」
「テーマは『等』となっており、幅広に議論を行ってもよいとしていたはずだ」

翌15日、衆院予算委理事会での、野党側の理事の発言です。集中審議のテーマは「外交・安全保障等」。野党側の指摘は、テーマは「等」としており、外交・安全保障以外に何を質問しても問題ないことは与野党共通の理解だというもの。このため、河野大臣のツイートは的外れだというわけです。

後日、経緯を河野大臣に聞いてみました。

「外交防衛等の集中審議があったが、私の答弁時間が6分少々ということだったので、ずっと座っていると仕事ができないということをツイートしたが、理事会でその件が取り上げられたりとか、各方面に予算審議のご迷惑をかけてはいかんということで、削除した」(3月6日閣議後ぶら下がり)

削除は河野大臣みずからの判断でした。新年度予算案の年度内成立を目指す政府・与党の立場を考えれば、削除はやむをえないと考えたのでしょう。

強い権限持つ国会

閣僚の出席に強い権限を持っているのが国会です。与野党の違いはなく、根拠になっているのが、憲法63条の規定です。

「内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとにかかはらず、何時でも議案について発言するため議院に出席することができる。又、答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない」

後段の「出席を求められたときは出席しなければならない」という規定。閣僚の国会出席だけでなく、外国出張にも影響力を及ぼします。国会開会中に外国出張する時には、たとえ総理大臣といえども、国会の了承を得なければなりません。

トイレでも根回しでバカヤロー

国会見学の経験のある人は見たことがあるかもしれませんが、国会議事堂内の廊下に、ずらりと人が立っている光景。実はこれ、説明の順番を待つ各省庁の担当者たち。彼らが立っているのは、与野党の国会運営の司令塔・国会対策委員会、いわゆる「国対」と呼ばれる控え室の前です。閣僚の外国出張も、逐一、こうした「根回し」を行い、与野党の内諾を得て行われます。

しかし、霞が関のすべての省庁が訪れるため、なかなか時間をとってもらえないことも日常茶飯事です。中には、出てきた幹部にトイレまでついて行き、ものすごいけんまくで「バカヤロー!」と怒鳴りつけられる担当者も。

閣僚は、国会に呼ばれる可能性がある平日は、基本的に出席できるようにしなければならず、国会開会中に、河野大臣の外国訪問が週末に限られているのは、こうした事情があるのです。

幻のミャンマー訪問

「河野大臣、こないだ、わざわざ国対に来ていたよ」

去年11月、自民党の国対関係者から、そんな話を聞きました。多忙な河野大臣が、わざわざ国対を訪ねるのは相当な理由があるに違いない。取材してみると、外交と国会の板挟みで苦しんでいる河野大臣の姿が見えてきました。

当時、訪問を検討していたのはミャンマーとバングラデシュ。ミャンマーは少数派のイスラム教徒 ロヒンギャが隣国のバングラデシュに避難している問題をめぐって、国際社会から批判を受けていました。

河野大臣はミャンマーと伝統的に良好な関係にある日本として積極的な役割を果たしたいと、訪問の機会を探っていました。

しかし、国会の日程と重なることは避けられない状況で、河野大臣みずから国対に働きかけていたというのが真相でした。

結局、了承は得られず、実現したのは年明けの1月でした。

広がる中国との差

「日本ほど、総理大臣や閣僚が、国会に縛られる国はない」

永田町や霞が関で取材していると、政府・与党の関係者からよく聞く声です。私は2010年、民主党政権時代に、政治部記者として駆け出しましたが、当時の与党・民主党内でも同じ指摘を耳にしました。

政権与党が、国会と外交をどう両立していくか課題だと認識しているとは思いますが、時の野党と折り合うのも難しく、解決にはほど遠いのが現状です。

一方、こうした声の背景の1つには、アジアやアフリカをはじめ、世界各国への進出が目立つ中国への対抗意識があります。日本と中国の外相の訪問国数を比較してみます。

日本=岸田・河野両外相5年間で123の国と地域
中国=王毅外相262の国と地域

(2018年1月政府の答弁書より)

およそ2倍の差。中国は日本と政治体制が違い、王毅外相が日本の国会のように議会で質問を受けることもありません。河野大臣も対抗して、訪問国数を増やすべく、国会開会中の週末外交を重ねていますが、週末だと訪問国数は1~2か国に限られるほか、相手国も休日にあたるため、調整が思うようにならない現実があります。

専用機の導入

こうした中、河野大臣は1つの策を提案しています。外相や閣僚が利用する専用機の導入です。

先日のワシントン訪問には「国会への出席とアメリカ出張を両立させる唯一の方法」として、実際にチャーター機が利用されました。

河野大臣は「最後までさまざまな方と面会して月曜日の朝までに帰ってくることが可能になり、フレキシブルに対応できた」とその効果を強調しています。

一方で、外務省は今回のチャーター機を利用した人数や経費などは精算が終了していないことなどを理由に明かしておらず、費用対効果や利用の透明性が問われることになるのはいうまでもありません。

“おもてなし外交”の強化

もう1つ力を入れているのは、日本を訪れる外国要人を接遇する、いわゆる「おもてなし外交」です。

国会対応のため平日に外国に行くことができなければ、来日する外国の要人をもてなす機会を増やすことで、積極的な外交を展開させようというわけです。

とくに、ピョンチャンオリンピック・パラリンピックが開かれていた2月から3月にかけては韓国を訪れた各国の要人が日本を訪問するケースも多く、河野大臣は積極的に夕食会を開催し、もてなしました。

政府は国会開会中でも効果的な外交を進めるため、賓客としてもてなす外国要人の対象を、ことし2月から拡大しました。外交における信頼関係は一朝一夕で構築できるものではなく、直接の会談も重ねて、関係が深まるというのも事実です。

一方で、国権の最高機関である国会には内閣に対するチェック機能を果たすという役割があり、いたずらに総理大臣や閣僚の国会出席を限定しようとするのは危うい議論だと思います。国会への説明責任を果たしながら、いかに効率的で、効果的な外交を展開していくのか。日本外交の戦略性が一層問われていると感じています。

政治部記者
瀬上 祐介
平成17年入局。長崎局を経て政治部。外務省担当。