衛隊を派遣するのか?
日本の選択は

2001年の「アメリカ同時多発テロ(9.11)」から、18年。

この間、自衛隊の海外派遣は、インド洋での給油活動、イラクでの人道復興支援活動と、その度に特別法を作り、活動の幅を広げてきた。
いま再び、中東・ホルムズ海峡での航行の自由をめぐり、自衛隊派遣の是非が問われている。

同盟国アメリカと、伝統的な友好国イラン。
そのはざまで、日本の選びうる選択肢は何なのか、考えてみた。
(山枡慧、地曳創陽)

首相訪問中の襲撃

ことし6月。日本の海運会社が運航するタンカーともう1隻が、中東のホルムズ海峡付近で、何者かに襲撃された。船体の中央から炎と黒煙が上がる映像は、各国のメディアでも大きく報じられた。

この時、安倍総理大臣は、日本の総理大臣として41年ぶりにイランを訪問していた。

アメリカとイランの対立が深まるなか、緊張緩和を図るべく最高指導者・ハメネイ師との会談を終えたすぐ後に、事態は発生した。

「日本は62%の原油をホルムズ海峡経由で輸入している。なぜ我々が他の国々のために報酬も得られないこの輸送路を守っているのか。すべての国々は自国の船を自分で守るべきだ」
タンカー襲撃事件からまもなく、アメリカのトランプ大統領は、ホルムズ海峡の安全確保をめぐって、みずからのツイッターで、不満をあらわにした。

トランプ大統領は、タンカー襲撃にイランが関与していると強調。
イランはこれを否定し、両国の緊張関係がさらに高まる中、アメリカはホルムズ海峡周辺の海域の安全確保に向けて、同盟国などとの「有志連合」を結成する方針を表明した。

「日米同盟の絆はかつてないほど強固」と言われるなか、トランプ大統領に名指しされた日本は、中東で、再び役割を求められる事態となった。

「ショー・ザ・フラッグ」

日本がアメリカから行動を求められたのは、過去に遡ると何度かある。その度に、決断を迫られてきた。

18年前、2001年の9月11日。

ハイジャックされた複数の航空機が、ニューヨークの世界貿易センタービルや、ワシントン郊外の国防総省などに突っ込んだ、「アメリカ同時多発テロ」。

このときも、アメリカは日本に行動を呼びかけた。

当時、アメリカのブッシュ大統領は、「各国はテロ側につくか、アメリカの側につくのかどちらかだ」と迫り、世界各国に、テロとの戦いに対する態度を明らかにするよう求めた。

これに対し、日本の小泉総理大臣は、「国際社会の一員としてきっちりと責任を果たす」と呼応。「テロ対策特別措置法」を成立させてインド洋に海上自衛隊を派遣し、補給艦による後方支援活動を行った。

「ショー・ザ・フラッグ」つまり、「旗を見せよ」
アメリカ政府高官がしたとされる発言に注目が集まる中、日本は、アメリカの呼びかけに応じ、旗幟を鮮明にした。

「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」

2003年には、国連安保理決議に基づく大量破壊兵器の査察を拒否したイラクに対し、アメリカなどが多国籍軍を結成。
この時も、アメリカは日本に対し、具体的な行動を求めた。アメリカの姿勢は「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」と表現された。要するに「陸上部隊を送れ」ということだ。

日本は、「イラク人道復興支援特別措置法」を成立させ、陸上自衛隊を派遣。

イラク南部のサマーワで医療、給水、学校といった公共施設の復旧整備など、人道復興支援活動を行った。

派遣のたびに法律 「歯止めがなくなる」批判も

こうして自衛隊の海外での活動が広がる中、2015年には安全保障関連法が成立、集団的自衛権の行使が一部、容認された。

日本の平和と安全に重要な影響を与える事態を「重要影響事態」と位置づけ、地理的な制約がないことが明確にされた。

国会審議を通じて野党などからは、「自衛隊の海外派遣に歯止めがなくなる」という批判が出された。

一連の法律により、南スーダンに派遣している陸上自衛隊の施設部隊に、国連の関係者などが襲われた場合に救援に向かう「駆け付け警護」などの任務が付与されたほか、アメリカ軍の艦船の防護などが行われてきた。

これらの活動は、日米同盟の強化や、自衛隊による国際貢献の一環として位置づけられてきた。
では、今回のケースは、どう考えれば良いのだろうか。

「今回は海上交通路の防衛だ」

「今回のケースは9.11とは違う」

4年余りにわたって自衛隊トップの統合幕僚長を務め、現在は防衛省顧問の河野克俊・前統合幕僚長は、こう指摘する。

「アフガニスタン紛争の時は、まず、アメリカが被害に遭ったということで、アメリカを支持して国際社会が立ち上がり、日本も加わったという図柄だった。その10年前の湾岸戦争の時、日本は『トゥー・リトル、トゥー・レイト』、つまり、少なすぎる上に、遅すぎると、非常に厳しい評価を受けたトラウマがある。
9.11は、『ショー・ザ・フラッグ』と言われるが、『旗を立てた』という意味では、迅速にできた」

「今回は、『日本の国益をどう守るか』という話だ。国際社会に同調して、『われわれもやらないと孤立してしまう』という話ではない。わが国の『国益』に直結する話だから、わが国の判断でやるべきであって、有志連合が日本のシーレーン(=海上交通路)を守ることに有益であれば、逆に、利用すればよい」

派遣する場合、選択肢は?

政府内では、自衛隊派遣の是非も含め、アメリカとイランの双方に配慮できる選択肢をめぐる検討が進められている。

▼「調査・研究」
防衛省設置法に基づく。
法律では、日本の防衛や警備をはじめ、防衛省の業務全般を遂行するために、「必要な調査及び研究を行う」と定めている。自衛隊が、日本周辺の海域で通常の「警戒・監視」を行う根拠となっている。
ただ、目的が限られるため、タンカーの護衛や、有志連合に参加する国々との連携に限界がある。また、自衛隊派遣の「歯止め」の点から議論となる可能性がある。

▼「海上警備行動」
自衛隊法に基づく。
自衛隊による警察権の行使として艦船や哨戒機を出動させ、日本船籍や、日本の積み荷を輸送する外国船籍などの護衛や、監視活動が可能。また、不審な船への立ち入り検査も行える。地理的な制約はない。
ただ、警護の対象は日本関係の船舶に限られ、「有志連合」など、他国との連携に課題が残るほか、武器の使用は、合理的に必要と判断される場合に限られる。

▼「海賊対処」
海賊対処法に基づく。
「海上警備行動」を、海賊対策に限定し、海域を限った上で、ほかの国の船舶を守れることを可能にした。また、海賊船が、警告を無視して接近する場合などに、停船させるための射撃を速やかに行うことができる。アフリカのアデン湾に、海上自衛隊の護衛艦や哨戒機を派遣している。
一方、対象が海賊のため、軍艦や、ほかの国の政府が所有する船舶に対しては対応できない。

▼「重要影響事態」
重要影響事態法に基づく。
情勢がさらに緊迫し、日本の平和と安全に重要な影響を与える「重要影響事態」と認められた場合、アメリカ軍など外国軍隊に対し、給油をはじめとした後方支援活動などを行うことが可能となる。
地理的な制約はないが、事前に基本計画を閣議決定し、国会承認を得ることが必要。日本に関連する船舶などの護衛は含まれていない。

元自衛隊トップ「海上警備行動が最適では」

こうした選択肢の中で、何が最も現実的なのか。
護衛艦を率いて中東で活動した経験もある河野氏は、現在の法制度の中では「海上警備行動」が最適だと指摘する。

「現行法で何が一番適当かと言えば、海上警備行動だ。日本に関わる国民の生命・財産等が脅かされた場合は、それを防御できる法律だからだ。ほかの国は守れないし、武器の使用も、非常に制限がかかるが、やることはできる」

「今の段階では、日本のタンカーが危険な状況にはさらされていないので、『情報収集』というやり方でいいと思うが、護衛ができない。タンカーが危機的状況に陥ったときに『調査・研究』では守れないから、そのときには、海上警備行動など、何らかに切り替える必要がある。『9.11』の時も、前段階として、『調査・研究』に行かせ、その後、特措法に基づく給油に切り替えている」

船舶事業者「今は、その時ではない」

しかしホルムズ海峡の現状は、どこまで切迫しているのか。

岩屋防衛大臣は、「航行に著しく支障をきたしているのであれば、スピーディーに対応を考えなければいけないが、現段階では、そういう状況にはない」と指摘。

防衛省幹部も、「派遣のニーズが、いま、あるとは考えていない」と述べる。

では、ホルムズ海峡を航行する船舶事業者は、現状をどう捉えているのか。

「日本船主協会」で、船の安全運航のための情勢分析を担当する大森彰常務理事は、「ことし6月のタンカー襲撃は衝撃だったが、その後は落ち着いている」と述べる。

「日本関係船が被害を受けたということで、そういった意味でのインパクトは大きかった。イランからできるだけ離して航行したり、スピードを上げたり、あるいは船の上の警備態勢を強化するとか、そういった対応をとって、それは続いている」

「ただ、攻撃の犯人像も目的も分からない状況で、6月以降は小康状態というか、特段の被害は出ていない。『すごい危険を感じているか』と言えば、そうでは無いけれども、みんな、『用心はしている』というような状況だ」

大森氏は、海賊対処を決めた際には、海賊が攻撃的な手口で頻繁に現れていたことから、民間船舶では対応できず、「安全確保のため、業界として、派遣を要望した」と振り返る一方、「当時と比べると、今の状況は異なる」と指摘する。

「シーレーンの確保というか、船員や船体、その他もろもろの安全が脅かされるという状態が、自衛隊が海賊対処を行っている一時期のアデン湾だった。いまのホルムズ海峡やオマーン湾で、『本当に危惧しなくてはいけない状況か』と言われると、現状はノーだ。自衛隊は『要る』とも『要らない』とも言えないが、やっぱり、状況を総合的に判断すれば、今は、まだその時ではない」

判断で見える「安倍政権の価値観」

小康状態が続くホルムズ海峡だが、日本に輸入される原油の8割が、この海峡を経由するなか、エネルギー安全保障上のリスクは残されている。
同盟国と友好国のはざまで、判断のカギを握るのは何なのだろうか。

「湾岸戦争以降、自衛隊はPKOを含めて各国に展開するようになっている。だから、今回もホルムズ海峡が危機的な状況になったときに、おそらく日本の国民も、自分でやるべきだという気持ちになっている。自国の国益は自国で守るということ。戦後の日本はアメリカに依存していたきらいがあると思うので、原点に立ち返るべきだ」

「『有志連合』のスキームも分からないなか、船主協会としては、イエスともノーとも言えない。ただ、私個人の意見では、『有志連合』への参加と、アメリカとイランの関係を緩和し、エスカレートしないようにすることのどちらが国際貢献かと言うと、間違いなく、後者だと思う」

8月のNHKの世論調査では、自衛隊を有志連合に派遣することについて、▽「賛成」が22%、▽「反対」が32%、▽「どちらともいえない」が37%となっている。

政府は、9月下旬の国連総会に合わせて、安倍総理大臣とイランのロウハニ大統領の首脳会談を調整するなど、外交努力を続けていく方針だ。

自衛隊の派遣をめぐる政府の判断に、安倍政権が重視する価値観が見えてくるのではないか。

政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局を経て政治部に。文科省や野党を経て、防衛省担当。趣味はフットサル。
政治部記者
地曳 創陽
2011年入局。大津局、千葉局を経て政治部に。総理番を経て、防衛省担当。趣味はモルジブ。