1からわかるSOMIA

「うそだろ」「ありえない」「気絶しそう」
防衛省の幹部たちは、その衝撃を隠そうともしなかった――
韓国と日本との軍事情報包括保護協定=「GSOMIA(ジーソミア)」の破棄。双方と同盟を結ぶアメリカも、韓国の決定に「強い懸念と失望」を表明した。
でも、「GSOMIA」がどんなものか、一般にはよく知られていないのではないだろうか。その仕組みと、破棄によって何が起きるのか、改めて取材してまとめてみた。
(稲田清、山枡慧)

GSOMIA:その仕組み

3年前の2016年11月23日に、日本と韓国は「秘密軍事情報の保護に関する日本国政府と大韓民国政府との間の協定」を結んだ。

それが「GSOMIA」だ。弾道ミサイルの発射の兆候など、秘匿性の高い軍事情報を2国間で交換するため、情報を適切に保護する仕組みなどを定めている。

その主眼は、情報の「保護」にある。協定を結べば、相手に秘密を伝えても、同意がないかぎり、そこから先の第三者に伝えないことや、情報を取り扱う人を限定することなどを定めている。いわば、「秘密の話をするための条件」とも言え、防衛省関係者は、「これがなければ、防衛相会談を行っても、秘密の話はできない」と語る。

その実態を知るために私たちが訪ねたのは、元海将で、金沢工業大学虎ノ門大学院の伊藤俊幸教授だ。

伊藤氏は、潜水艦の艦長などを経て、防衛省情報本部情報官や、海上幕僚監部指揮通信情報部長などを務めた、いわゆる「情報畑」の元幹部である。

伊藤氏の説明によれば、アメリカの情報システムを介して、日米韓の3か国で情報をやり取りしているのが実態だという。
日本と韓国は、それぞれがアメリカとGSOMIAを締結していて、アメリカのシステムに秘密の情報を登録。アメリカによる情報も同様に登録され、そのシステム上で情報を共有するという。

伊藤氏は、「共通のサーバーのようなものがあり、日本や韓国は、そこにアクセスして、情報を見に行くことになる」と説明する。このシステム上で、日韓両国がお互いに登録した情報を見られるようにしたのが、日韓のGSOMIAだという。

情報の世界には、『情報を提供された国は、入手した国の許可無く、第3国に情報を提供しない』という厳密なルールがある。このため、日本や韓国が、アメリカのシステムに情報を登録しても、そのままでは、日本から韓国に、あるいは、韓国から日本に、情報を渡すことはできない。

一方で、日韓の間にもGSOMIAがあれば、第3国の手に渡るおそれがなくなるため、日米韓3か国で、自由に情報を共有できることになる。

その協定が破棄されると、どのようなことが起きるのか。
「アメリカが、『これを日本(韓国)に提供してよいのか』と、問い合わせる必要が出てくる」

「日本と韓国の間には、GSOMIAとは別に、ミサイルや核実験などの情報に限って、アメリカを介して情報を交換する取り決めがあるものの、アメリカがいちいち、情報の中身を精査して提供可能か判断し、場合によっては加工しなければならず、当然、時間のロスも生じてくる」

なぜ、日韓両国で秘密の情報をやり取りするのに、アメリカを介すのか。その疑問に対して、伊藤氏は、「暗号とシステム」が答えだという。
「日本と韓国は、アメリカとは同盟を結んでいるが、日韓の間に同盟は存在しない。同盟を結ぶというのは、『暗号とシステム』を共有し、常に秘密の話をできるようにすることだ。秘密保全を考えれば、アメリカを介して行うしかないのが現実だ」

GSOMIA:両国のメリット

日韓の「GSOMIA」は、どう活用されていたのか。

協定に基づく情報共有の件数について、日本政府は明らかにしていないが、韓国メディアの報道によると、8月22日の破棄決定までに、主に北朝鮮の核実験や弾道ミサイルの発射などをめぐって、29件の秘密情報が共有されたという。さらに菅官房長官は、8月24日に北朝鮮が新型の短距離弾道ミサイル2発を発射した際も、韓国の防衛当局との間で、補完的な情報交換を行ったことを明らかにしている。

こうした情報交換について、伊藤氏は、「ミサイル防衛について言えば、韓国はのどから手が出るほどほしいはずだ」と説明する。

北朝鮮がミサイルを発射すると、まず、アメリカの「早期警戒衛星」が、ロケットエンジンの熱を探知し、瞬時に、その情報は日本や韓国と共有される。その後、日米韓3か国が、地上のレーダーや、海上のイージス艦などを駆使して、追尾。落下地点を予測する仕組みになっている。

ただ、レーダーは、照射する場所の水平線上までしか、探知できないため、地球が丸い以上、限界がある。ミサイルが、日本海に向けて発射された場合、落下するころには、韓国は捉えられなくなる。

さらに、最近の北朝鮮の弾道ミサイルなどの「航跡」を考えると、韓国はこれまで以上に、日本の情報が必要なはずだと指摘する。

「これまでの弾道ミサイルは、打ち上げたあとは、ほぼ自由落下する形で、落下地点はある程度、予測できた。一方、最近の弾道ミサイルは、最も高い位置に達したあと、2回、ホップしながら落下すると指摘されている。詳細な落下パターンを把握するためにも、日本からの情報が不可欠なはずだ」

一方で、防衛省関係者は、協定に基づいて、日本が受けるメリットもある指摘する。
「『HUMINT』(ヒューミント)と呼ばれる人的な情報、つまり、北朝鮮内の協力者などから得られる情報には、韓国からしか得られないものがあるし、発射の兆候などについては、距離的に近い韓国だからこそ得られるものもある」

それぞれの国を守るため、お互いに必要な情報のやり取りを可能としてきたのが「GSOMIA」なのである。

米情報機関の元担当者に接触すると…

今回の破棄を、アメリカ側は、どのように見ているのか。私たちは、日本での勤務経験が長い、アメリカの情報機関の元担当者と接触することができた。
「協定の破棄は、驚きでしかない。軍事機密は、それぞれ、『光る宝石』を含んでいるので、われわれの同盟国どうしが、直接、やり取りできなくなるのは大きな損失だ。そもそも、日米韓3か国は、話す言語すら異なる。韓国は『アメリカを介してやり取りできる』というが、そんなに簡単なものではない」

その上で、この元担当者は、北朝鮮に向き合う中で、協定の破棄は、地域の安定に大きな損失になるとして、自らの見解を述べた。
「この状況を見て笑っているのは、北朝鮮であり、中国であり、ロシアだ。それなのに協定を破棄した韓国は、なぜアメリカが不快に思っているのか、理解できていないのではないか。こうした対応をとるムン大統領は、アメリカにとって『非協力的』とすら言える」

「脅威」認識の違いか

日米の思惑を外れ、破棄が決定されたGSOMIA。海上自衛隊元幹部の伊藤氏も、アメリカ情報機関の元担当者も同様に口にしたのが、「北朝鮮の脅威についての認識が、根本的に異なることが露呈した」ということだ。

日米は「地域の安定のためには、日米韓3か国の連携が欠かせない」と呼びかけている。北朝鮮は、低高度で不規則な飛び方をする短距離弾道ミサイルに加え、8月24日には、まったく新しいミサイルも発射。防衛省は、北朝鮮の脅威は高まっていると分析している。

一方、韓国政府は、破棄の決定について、日本が輸出管理の優遇対象国から韓国を除外したことが、両国の安全保障協力の環境に重大な変化をもたらしたと指摘。「このような状況で、敏感な軍事情報の交流を目的に締結した協定を続けることは、わが国の国益に合致しないと判断した」と説明している。

北朝鮮のミサイル技術が高度化し、さらに、アメリカと中国、ロシアの対立も深まるなか、東アジア情勢は混迷の道をたどるのか。日本と隣国・韓国の対立を打開する糸口は、まだ見えていない。

政治部記者
稲田 清
2004年入局。与野党や外務省のほか、鹿児島・福島局も経験。趣味は海に出ること。

政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局を経て政治部に。文科省や野党を経て、防衛省担当。趣味はフットサル。