社を休んで、選挙に行け!

「7月21日(日) は、投票日のため、お休みします」

あるアウトドア商品の販売会社が、参議院選挙の投票日、直営の22店舗を閉店するとウェブサイトで発表した。従業員を選挙に行かせるためだという。

夏休み前の日曜日は、稼ぎ時だ。なぜ、そこまでして選挙に行かせたいのか。
(高松奈々、大淵光彦)

選挙に一度も行ったことがない

「実は、私1回も選挙に行ったことがないんです」
恥ずかしそうに告白してくれたのは、スタッフの小針早貴さん(21歳)だ。

朝のミーティングで「家族や友人と政治の話をして、選挙に行ってほしいから7月21日お休みにします」と店長に言われ、驚いた。

普段は、政治について話すタイミングはない。「選挙に行きますか?」と聞いたところ、「今回を機に考えることができたので、ぜひ行ってみようと思っています。両親と一緒に選挙に行きたい」と笑顔がこぼれた。

この会社「パタゴニア」は、30~40代の男性が客の中心だったが、数年前からインスタグラムで、若い女の子たちがTシャツを着ている姿を投稿したのをきっかけに、若者からも支持されるブランドに変わりつつあるという。

「若者から注目されているお店なので、みんなが考えるきっかけになって、いい取り組みだと思います。いいことをして、注目が集まるのは嬉しい」と小針さんは話す。

企業の姿勢、それがブランドに

「確かに、投票日である日曜日は売り上げが高いです。でも売上よりも、社会のなかで若い人たちが政治に対して関心を持ち、選挙に行くムーブメントが起こればいいなと思い、今回、お休みにさせていただきました」
キャンペーンを仕掛けたパタゴニア日本支社の環境・社会部門シニアディレクター、佐藤潤一さんはそう話す。

選挙のために臨時休業をするのは、日本支社では初の試みだ。SNSでは「パフォーマンスだ」という意見も出ているが、「カッコいい」「小売業として週末に休む勇気はすごい」などと話題になっている。

佐藤さんは、「お休みにしてまで選挙に行って欲しいんだということに、驚きの声がよく挙がっています。会社として、選挙に関わるという企業の姿勢を示すことができました」と手応えを話す。

「最近、パタゴニアの製品をお買い上げいただく若い人たちのなかには、フェアトレードやオーガニックコットンの商品をご購入いただく方が増えています。ですので、製品のデザインや値段も、大きな選択を考える意味での基準ではあると思いますが、やはり、企業の姿勢などで選んでいただけるお客さまが、増えたと思います」

企業の姿勢を打ち出すことで、ブランドイメージの向上を図る。それが、「長期的な視点で考えれば、ビジネスそのものにも有利に働く」というのだ。

若者の投票率を上げたい

この会社では、実は2016年の参院選、2017の衆院選でも、「Vote Our Planet 私たち地球のために投票しよう」というキャンペーンを展開している。

2016年は、投票できる年齢が「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられた初めての国政選挙で、18歳・19歳の投票率は46.8%だった。しかし、2017年の衆議院選挙では40.5%と下がっている。20代の投票率も国政選挙では、30%台であることが多い。このような若者の投票率の低さを変えたいのだという。

「私たちは自然を相手にするアウトドアブランドとして、地球環境が健全であることを会社で実現したいと思っています。若い人たちは10年後20年後に、気候変動など環境問題の被害を実際に受ける方だと思います」

「でも、中長期的な問題に対して若者が声を上げない社会は、どうしても、そういう話題が後回しにされてしまう。そうなると、中長期的な視点で日本の社会だけではなくて、地球規模の環境問題が解決に向かわないと思っています」

政治を話すことを「かっこいい」に

政治に関心がある人とない人の格差が激しいように佐藤さんは感じている。
「今の日本の社会ですと、政治に関心がある方が政治の話をすると、『意識高い系』と言われたり、揶揄(やゆ)されたりする風潮があると思うんですね。ですので、そういう若い人たちがもっと積極的に、政治の話をできる社会の雰囲気を作ることをお手伝いできたらと思っています」

政治や選挙を話すことがかっこよくて、普通のことなんだということを、体験してもらいたいという思いから、16の直営店で「ローカル選挙カフェ」という政治について語り合うイベントを企画した。

7月12日に東京・渋谷で開かれた選挙カフェを訪れた。

この日選挙カフェに参加したのは、中学生から75歳まで約30人。

キャンプ用の椅子に座りながら、パンとジュースを飲みながら、グループに分かれて、政治を気軽に語り合った。「選挙に行くか行かないか」など、世代を超えて、楽しみながら交流していた。

18歳になって、初めての選挙だという春日かれんさん(18)。「アメリカに長く住んでました。アメリカでは、高校でも、政治の話とか、切実な今の社会問題の話とか、普通にする環境だったけど、東京に引っ越して大学生と一緒にそういう話をしたら重いとか、普通の会話をしたいとか言われて、カルチャーショックがすごくあった」と話した。

イベント終了後に春日さんに感想を伺うと、「普段、選挙の話ができないから、本当に今日は来てよかった。このブランドは前から利用していましたが、最近、その理念や、これからどう社会を変えようとしているのかというのを聞いたあとに、もっと好きになった。初選挙楽しみです」と少し興奮気味に答えていた。
選挙にいざなうだけでなく、やはり企業としてのイメージアップにもつながっているようだ。

70代は「日本も捨てたもんじゃない」

近所に住んでいて、町内会で案内をもらったので来たという渡邉弘子さん(71)。
「来てよかったです。若い子と話せて楽しかったです。皆しっかりしていて、日本も捨てたもんじゃないと。うちの孫とも政治の話をしたいです」

パタゴニアの佐藤さんは、「皆さん積極的にお話しをしていましたし、さまざまな年代の方が、意見を話し合う機会は、なかなか日本ではないかなと思いますので、こういう機会を通して、政治や選挙について話すことが、本当にタブーではないような社会になればいいなと思います。」と話した。

社会に広がる「選挙に行くと得をする!」

投票所に足を運んでもらおうという取り組みは、この会社だけではない。
いま、各地で広がっている。

その1つが「センキョ割」。投票したことを示す証明書を飲食店や専門店で提示したり、投票所の看板などを自撮りした写真を見せたりすれば、お得なサービスが利用できるというものだ。

あるラーメン店では替え玉、喫茶店ではコーヒー100円引き、居酒屋では唐揚げが一皿無料、など。

2012年から大学生たちのグループ「センキョ割学生実施委員会」とPR会社が活動を始めた。

当初、4店舗だった参加店は、おととしの衆院選では731店舗に。今回は800を超える予想になっている。

政治をタブー視せず

政治について話すと『意識高い系』と揶揄されるのは、よく分かる。より詳しい人にマウントをとられたり、強い思想を持つ人に言い負かされたりするのではないかと、怖いイメージもある。政治について話すことはタブー、そんな風潮も確かに感じる。

そんな中で、終始穏やかに、政治について気軽に楽しく話せる場が提供されていた。

学校のように、堅苦しく学ぶということもなく、知識を持っている必要もなく、何より若者がたくさんいるから安心して参加できる。普段、政治イベントでは見かけない20代のおしゃれな男女を見かけ、ブランドがこういう場を作っていることの効果を感じた。

楽しそうだったので、私たちも話に加わりたいと思いながら、取材していた。18歳選挙権が導入され、高校では主権者教育が始まったが、大学ではまだまだ実施されず、投票率が低い20代の社会人にはアプローチが少ない。そんな中では、企業の戦略ということ以上に、意義が出てくるかも知れない。

企業が政治参加を促す。こうした取り組みがほかにも広がっていくか、期待して見ていきたい。

おはよう日本ディレクター
高松 奈々
2018年入局。教員の働き方問題や子どもの自殺・不登校など教育を中心に取材。
おはよう日本ディレクター
大淵 光彦
1998年入局。報道局映像取材部でカメラマンとして東日本大震災などを取材した後、現在はディレクターとして現場の取材を続ける。