私の所をさらさないで!

政治家のプライベート。
それは、どこまで明らかにされるべきなのか。
公人だから、すべてをさらすのは当然?それとも、政治家といえども、公私は分けられるべき?
春の統一地方選挙を終えて、この問題に疑問の声を上げ始めた人たちがいる。
(国際放送局 相澤祐子)

初当選の女性市議「さらされる!」

4月の統一地方選挙。北海道室蘭市の市議会議員に初当選した滝口紘子さん(40)。当選後、市議会のウェブサイトにある議員紹介欄で、自宅の住所と電話番号が公開されることを知り、驚いたという。

「『連絡先の公開は、事務所にしてほしい』と議会事務局に申し入れたところ、『ダメです』という答えが返ってきました。“公人なんだから、自宅住所の公開は当然”“隠すほうがおかしい”という反応でした。私の場合、自宅よりも事務所のほうが連絡が取りやすいです。普段、本人やスタッフがいる事務所の連絡先を公開しなくて、何の意味があるのかと思います」

総務省に問い合わせてみると、所属議員の情報をどこまでネット公開するかは、自治体ごとの判断にゆだねられているということだった。
実際、同じ北海道の札幌市議会のウェブサイトを見ると、議員の名前、選挙区や所属会派名、所属委員会は掲載されているが、連絡先は載っていない。

一方、NHK放送センターのある渋谷区議会のウェブサイトでは、議員の名前、所属委員会、所属会派名のほか、“住所等”が公開されている。区議会に問い合わせると、「公表する住所等」として、議員から届け出があったものを掲載しているということで、自宅の場合もあれば、事務所の場合もあるという。

室蘭市議会の事務局に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「昔は、市民の方から『議員の名簿が欲しい』と言われれば、紙で議員名簿を渡していましたし、その時から自宅住所を公開していました。議員は公人ですし、過去にならって公開しています」

滝口さんによると、今回3期目となる先輩女性議員も、議員になった当初、自宅住所の公開に戸惑いを感じ、周囲に相談したという。しかし、話はうやむやになってしまった。当時は、女性議員の数も少なかったこともあり、理解の輪が広がらなかったようだ。

「その先輩市議も、『この8年間で状況も変わったから』と、問題提起することに賛同してくれました」
そして、所属会派の議員らと相談した結果、今後、議会運営委員会などで議題として問題提起をしていくことになったという。

「最終的には、どの情報までを載せるのか、選択ができるようになればいいと思います。連絡先として、自宅住所、携帯電話番号など、すべてを載せるのか、あるいは町名までにするか、事務所の住所にするのか、議員本人が選べる形がベストです。そこにもっていければいいなと思います」

候補でも公開「立候補しにくい」

滝口さんと同様、今回の統一地方選挙を受けて、自宅住所がネット公開されることに疑問を持った女性がいる。横浜市に住む菊地麗子さん(35)は、今回、横浜市議会議員選挙に一度、立候補を表明したが、自身の体調が理由で、直前に立候補を取りやめた。

今回、立候補を決意して初めて、横浜市では、立候補者名簿としてPDFで自宅住所が公開されることに気付いたという。
「『えっ、まさか』と思って、過去の選挙も調べてみたら、検索で出てきちゃったんです。これは、今後横浜市で選挙に出る限り、ずっと自宅住所は公開されたままかもしれないと思って、怖くなりました。私はシングルマザーで、ストーキングの被害にあったこともあるし、子どもが自宅で留守番することもあるし、ちょっとこれはないんじゃないかと」

菊地さんはこうも話す。
「いま、連絡をとる手段はさまざまあると思うんです。事務所があればそれでいいし、フェイスブックやツイッターなどのSNSでも連絡は取れる。選挙期間中などは、忙しくて恐らく寝られるのは数時間になると思うんですけど、きちんと公私を分けて、自宅くらいはゆっくり休める場所であってほしい。女性が選挙に出る壁のひとつに、『家族の理解を得ることの難しさ』がありますが、たとえ家族の理解を得られたとしても、自宅住所をさらすことで、万が一家族に迷惑がかかったらと思うと、躊躇(ちゅうちょ)する人もいると思います。男性だって、嫌な人はいると思いますよ」

横浜市議会のウェブサイトの議員名簿をみると、ほとんどの議員が、連絡先として事務所の住所を載せている。一方、横浜市選挙管理委員会のウェブサイトでは、選挙の立候補者の自宅住所を含めた情報が、PDFでダウンロードできるようになっている。

横浜市選挙管理委員会に尋ねてみると、候補者に住所の情報を載せるかどうかは聞いていないということだった。つまり、自分の住所がネットで公開されていることを知らない候補者がいる可能性があるということだ。

なぜ、そうなっているのか。選挙管理委員会によると、公職選挙法にのっとった対応をとっているからだという。
「公職選挙法第86条の4に、候補者は文書で、氏名、本籍、住所、生年月日、職業及び所属する政党その他の政治団体の名称などを届け出なければならないとあります。そして、届け出があったときなどは、選挙長は、直ちにその旨を告示しなければならないとあります。このため、届け出内容をそのまま載せています。法律に書いてある事項なので、候補者に『この情報を出しますか、出しませんか』ということは聞いていません」

菊地さんは、4年後の統一地方選挙に再挑戦を考えているが、自宅住所公開の状況が変わらなければ、当落に関係なく、選挙後に引っ越すことも考えているという。

「もし当選したら、自宅住所のネット公開については議会で訴えていきたいし、今でももし、同じようにおかしいと考える人がいれば、そうした人たちと連携して、署名活動などをやって変えていくようにしたい。そうでないと、特に、選挙に出て挑戦しようという女性は、なかなか増えないと思います」

国会議員の場合は

では、国会議員の場合はどうなっているのか。
衆議院のウェブサイトには、議員一覧の情報があるが、そこには名前、ふりがな、会派、選挙区、当選回数のみが一覧になっており、名前をクリックすると、経歴が見られるようになっている。

一覧の最初に名前がある逢沢一郎議員の名前をクリックすると、このような情報が表示される。住所や連絡先はない。

参議院の場合は、名前、読み方、会派、選挙区と、任期満了の期日が一覧になっており、名前をクリックすると、経歴のほか、所属委員会や当選年、当選回数などが見られるようになっている。やはり連絡先の記載はない。

その代わり、衆議院も参議院も、議員会館議員事務室の一覧がPDFになっており、それを開けば、各議員の部屋番号がわかるようになっているので、もし有権者が連絡を取りたければ、それを活用することができる。

また、私たち記者は国会議員の連絡先を調べるのに、『国会議員要覧』という出版物をよく使う。発行元の国政情報センターによると、連絡先は議員側が申告した内容をそのまま掲載しているが、最近は自宅住所を伏せる傾向があるという。

「統計を取ったことはなく、感覚的な話になりますが、かつては東京選出の議員は東京の自宅、地方選出の議員は東京にある宿舎の住所を書いていた方が多かったと思います。が、いまは連絡先として、永田町の議員会館の事務所を書かれる方が多いように思います」

ただ、先に紹介した地方議員のケースと同様、選出選挙区の自治体のウェブサイトに行くと、自治体によっては、「選挙の記録」などとして、当落関係なく、立候補者として、地元の自宅住所が書かれた一覧を載せているところがあるようだ。

「不必要」と専門家

上智大学の三浦まり教授は、議員や候補者の自宅住所がインターネット上で公開されることは、「不必要」と断言する。
「男性中心の議会だったころの慣行が続いているということだと思います。いま、女性議員へのストーキングを含めた、ハラスメントの問題があるということが明らかになっているわけです。資産を公開するとか、政治活動の透明性をはかるために重要な情報公開というのはありますが、公人ではない子どもたちと一緒に暮らしている自宅住所が、果たして民主主義を良くするために必要な情報かと言ったら、そんなことはありません」

「議員が有権者とつながることはとても重要なので、その意味で住所は必要です。しかしそれは、事務所であるとか、個人事務所がないのであれば、会派の事務所とかで十分です。そうした意味では、議員が、そういった事務所機能を持つということと、それを支える政党の機能というのも重要だと思っています」

表面化してこなかった声

取材を進める過程で、この問題については過去にも、疑問の声を上げたり、「そこまで公開されるのは怖い」と話していた女性議員がいたことがわかった。だが、女性議員が少なかったことや、すべての自治体で同じ対応ではなかったため、そうした声が表面化することが少なかったのだと思う。

SNSの発達で、個人情報の扱いは、格段に慎重さが求められる時代になった。議員のなり手不足や、女性政治家を増やす重要性が語られる中で、政治家のプライベートについても、公的情報としてどこまで公開されるべきか、議論が必要な時期に来ているのではないだろうか。

国際放送局記者
相澤 祐子
平成14年入局。長野局を経て政治部へ。30年7月に国際放送局に異動。政治取材を海外へ発信。