挙運動は、すぐやめて!

平成最後の1か月に展開される統一地方選挙。
人口減少・高齢化に悩む地方議会の今後が注目されているが、実は都市部でも思わぬことが起きている。大都市、横浜でその現場を目撃した。
(横浜放送局 山内拓磨、石原智志)

当選するぞ!

先月29日。全国41の道府県議会議員選挙が一斉にスタートした。

横浜市都筑区。神奈川県議選に臨む自民党の敷田博昭さん。
元大臣などが来賓に駆けつける中、5期目を目指すベテラン県議は、出陣式で気勢をあげた。

「9日間にわたる選挙戦。正々堂々戦い抜き、必ずや勝利を獲得したい!」

走って掲示板を回り、自らポスターを貼る。

「ご覧になる有権者の皆さんに自分の気持ちが伝わればありがたいな、そんな気持ちで貼らせていただいています」
その後も、駅前で政策ビラを配りながら、有権者に訴えを続けた。

突然の電話で何が?

「皆さん、私はこれまで、障害者の福祉政策の充実などに尽力を…」
初日とあって、演説にも力が入る敷田さん。

ところが、夕方5時半、突然1本の電話が。

はい、え…ちょっとお待ちください、すぐ代わりますので…

みなさ~ん、私は…ん、どうしたのかな?

電話?いま?誰から?

はい、はぁ…そうですか…わかりました

彼は、選挙運動の手を止めた。

何の電話だったんですか?
「選挙運動を直ちに中止してくださいということでした。初めての無投票という経験でありますので、大変複雑な思いで…」

そう、彼の当選は、その時、決まったのだった。

立候補の受付が締め切られ、定員2人のところに、2人しか届け出なかった。
敷田さんは、まばらな拍手で迎えたスタッフに、「無投票当選が決まった時点で選挙運動は一切行えない」と伝えた。

準備した1万6000枚の政策ビラは、ほとんど配れないまま。

選挙カーはただちに業者に引き取りに来てもらうことになった。投開票日の前日までおさえていた「うぐいす嬢」の予定も白紙になった。

開始からわずか9時間余り。敷田さんの選挙戦が終わり、マイクを切った選挙カーで駅を後にした。

いわゆる「選挙の7つ道具」の返還など、事務所に集まったスタッフが選挙運動中止の対応に追われるなか、敷田さんのもとには、関係者から当選祝いの電話が次々とかかってきた。
「当選のバンザイはしないんですか?」
明るい呼びかけの声にも、敷田さんはどこか浮かない表情だ。

「私の声も届かなかった。そして有権者の皆様の声も選挙戦を通じて承れなかった。これはお互いにとって残念なことだったと思っています。競争原理が働かない中で選ばれてくる、 そうした議員によって税金の使い方とか将来の決定や判断が委ねられていいのかというところは、甚だ不安や心配な面はあると思います。健全な民主主義という観点からすると、複雑な思いがあります」

知事選と市議選は、続行

翌朝。
敷田さんが自らポスターを貼った掲示板。1分足らずで、土台ごと撤去された。

一体、このポスターを目にした有権者はどれくらいいたのだろう?

県議選の掲示板だけが撤去された横浜市都筑区。知事選、横浜市議選は続行していた。
道行く有権者に話を聞いた。
「看板(掲示板)も出てないから分かりませんけど、県議会議員さんにどなたがいらっしゃるのかすら分かりません」
「県議が何やってるかも分からない。無投票?世の中落ち着いてるってことじゃないの」

なり手不足、大都市でも?

今回の統一地方選挙、影の主役は、議員の「なり手不足」だ。
地方の問題だと思われてきたが、どうも都市でも無投票の選挙区が広がっているようだ。

神奈川県議選の選挙区は48。今回、過去最多の13の選挙区で無投票となった。投票機会を失った有権者は140万人にのぼる。

こうした傾向は、神奈川県だけではなかった。今回行われた41の道府県議選すべてで無投票の選挙区があった。無投票で当選した人は、全国で612人。定員に占める割合は27%で、総務省に記録が残っている昭和26年以降、最も大きくなった。

特に目を引いたのが、横浜市のような政令指定都市の選挙区での無投票の多さだった。

広島県議選では、広島市内8つの選挙区のうち6つが。

京都府議選では、京都市内11の選挙区のうち5つが無投票となった。

なり手不足の問題は、町や村のような人口規模の少ない自治体の議会で主に起きてきたが、対極にあるような大都市で、なぜ無投票の選挙区が生まれるのだろうか。

その深い事情

横浜市など政令指定都市での県議選の無投票は、特有の事情があるーー。
こう解説するのは、国民民主党神奈川県連の雨笠裕治幹事長だ。

今回の統一地方選挙で、国民民主党は候補者を公募した。すると、応募してきた人の希望は、横浜市や川崎市などの市議に集中し、同じ地域でも県議には「人気」がなかったのだ。見せてもらった用紙の中には、「第1希望は横浜市議で、第2希望は県議」というものもあったが、多くは第2希望すら空欄で、市議だけを希望していた。

これには選挙制度が大きく絡んでいるという。
例えば、敷田さんが立候補した神奈川県議選横浜市都筑区の定員は2。
一方、同じ都筑区でも、横浜市議選の定員は5。
横浜市内全体に広げると、県議選の定員は40に対し、市議選の定員は86。

県議よりも市議のほうが、当選のハードルがぐっと低くなる、というわけだ。

さらに、県と政令指定都市の微妙な関係も影響しているという。
地方分権の流れの中で、現在、政令指定都市の自治体としての権限は、県に近づいている。
都市計画や、小中学校の教職員の定数、公立病院の開設など、権限や財源は年を追うごとに移譲が進んできた。政令指定都市のエリアで県が持つ権限は、実は非常に限られているのだ。
このため、県議より政令市議を目指す人が多くなるのだという。

横浜市磯子区から市議選に挑戦した二井久美代さん(36)も、その一人。

国会議員の秘書として10年余り地域に密着して政治活動に関わってきた経験から、「有権者の身近な悩み事や相談事を、権限が多い横浜市であればスムーズに解決していける」と、県議ではなく政令指定都市の市議を希望したという。

雨笠さん自身、 9期目を目指す川崎市議。 これまで身近な有権者の陳情を受けてきた。道路の舗装が傷んでいる、ゴミが放置されている、学校のトイレを改修してほしいなど、毎月20件ほどの連絡が直接市民から入るという。

「跡継ぎがいない農家が、農地をどうしたらいいかとか、ありとあらゆるものが来ますね。以前はファイルに綴じていましたが、今はスマホにまとめて進捗状況を把握しながら対応しています。こういうことを頼むなら市議会議員だなという方は多いと思います」

雨笠さんは、県議会議員そのものの役割が薄れているのではないかと感じている。

「特に政令市の場合は、権限移譲が進む中で県議の存在意義が少ないような気がします。だからこそ、議員を志す人たちにとっても『県議』と言われてもイメージしにくいんでしょうね。そうなると、自分たちのやりたい仕事は政令市の中にあると思うんじゃないでしょうか」

アンケートにも、そんな声が

NHKが全国の地方議員3万人余りを対象に今年行ったアンケートでは、自由記述欄に政令指定都市から選出される県議のありかたについての意見が数多く寄せられた。
「政令市における県会議員のあり方、定数などについては一考が必要だ」
「政令市の県議だが、 ほとんどの仕事は市に移管されている。市議と県議の兼務など、法的な改善を行うべきだ」

県議と政令市議の役割が問題に

地方政治に詳しい法政大学大学院の白鳥浩教授は、県議会議員自身が市議会議員との違いを再確認する必要があると指摘する。

「無投票が多くなったということは、有権者にとって選択の機会がないという意味でも、選ばれる議員にとって正当性が問われるという意味でも、『民主主義の空洞化』と言えると思います。
有権者にしてみると自分の市や町のために、県議は一体何をしてくれたんだと思うでしょうが、県議が市議と同じことをしても意味がない。県議はより大きな視点で、政策的な争点を設定し、『ローカルマニフェスト』などを作ってアピールする必要があります。今回の選挙ではそうした政策争点がぼやけていて、有権者の関心を呼び込むことができなかったといえます。
今後は、県議と政令市の市議の役割や、選挙区の区割りの問題なども議論になってくると思います」

無投票当選は「うれしくないこと」

無投票は私たちの選択の機会が無くなることだと思っていたが、今回の取材で候補者にとっても不幸な側面があると感じた。

今回取材した議員は、「選挙で獲得する票数」をいつも気にしていると言っていた。議員にとっては「票数」で自分の過去4年間の政策が正しかったのかを測るのだという。無投票で当選すると有権者の声を聞けないまま、議員として税金の使い道や大事な決定をしなければならない。

それでも、議員として決めたことは私たちの生活に影響してくるわけなので、「政治に無関心でいられても、政治と無関係ではいられない」ということを改めて感じた。都市部と地方で無投票の背景は違うだろうが、どこであっても、“私の1票”が生かされる機会を失わないで欲しいと思った。

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議員の方だけでなく、読者の皆様にも、地方議会の課題についてのご意見をいただきたいと思います。下の画像をクリックしていただけると、「ニュースポスト」が開きます。そちらにぜひ、「議員アンケートについて」などと書いて、投稿をお願いします。

【全議員アンケートについて】
NHKは、今年1月から3月にかけて、全国1788の都道府県・市区町村の議会と、所属する約3万2000人の議員全てを対象とした、初めての大規模アンケートを行いました。議員のなり手不足など、厳しい状態に置かれている地方議会の現状を明らかにし、「最も身近な民主主義」である議会のあり方について、有権者一人一人に考えていただく材料にしてもらおうというのが趣旨です。
約60%にあたる1万9000人余りから回答が寄せられています。集計結果をもとに、テレビ番組や特設サイト、そして週刊WEBメディア「政治マガジン」などで、統一地方選が終わる4月末にかけて「議員2万人のホンネ」と題したキャンペーン報道を行っていきます。

アンケートの集計結果はこちらから。
全国各地からの現場リポートはこちらから。
統一地方選の候補者紹介や選挙結果はこちらから。

横浜局記者
山内 拓磨
平成19年入局。長崎局、福岡局を経て報道局社会部。検察担当など経て29年から横浜局で県警キャップ。
横浜局ディレクター
石原 智志
平成29年入局。報道局政経・国際番組部を経て30年から現職。県内のあらゆる問題を担当。