治家の私生活、
知りたいですか?

政治家をめぐる報道はどうあるべきか。政策や理念で政治家の手腕を問うのか。それとも、プライベートや人物像を含めて問うのか。現在のアメリカ大統領選挙では候補者は政策はもちろんのこと、私生活や家族関係、政治家になる以前の言動まで、その一挙手一投足が報じられます。
そのターニングポイントとなった出来事を描いた映画で主演したハリウッドスターのヒュー・ジャックマンさんに、政治家とスキャンダルについて聞きました。
(BSキャスター 山澤里奈 国際部記者 辻浩平)

ターニングポイント

政策や理念だけでなく、私生活も政治家の資質として問われる。 こうした報道の在り方のターニングポイントになったとされるのが、およそ30年前に行われた大統領選挙での政治スキャンダルです。

ヒュー・ジャックマンさんが主演した最新映画、「フロントランナー」では、実際に起きたこのスキャンダルが克明に描かれます。

舞台は大統領選挙を翌年に控えた1987年の民主党予備選挙。
ジャックマンさんが演じたのは、選挙戦でトップを走り、まさに「フロントランナー」だったゲイリー・ハート上院議員です。
ハンサムで知的なハート候補は「ジョン・F・ケネディの再来」として人気を集め大統領に最も近いと言われた候補でした。
しかし、女性との不倫疑惑が浮上し、わずか3週間で選挙戦からの撤退を余儀なくされます。

注目すべきは、この不倫疑惑がニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストといった主要メディアで報じられたことです。

それ以前は政治家の不倫などの私生活は本質的な話ではないとして報じられてこなかったからです。

様変わりする政治家報道

映画の役作りのために、ハート氏本人と数日間をともにしたジャックマンさん。 ハート氏は、自身の身に起きた出来事が、その後の政治家とメディアの関係を変えたと話していたと言います。

「この出来事までは大統領候補に『不倫をしたことがあるか』と聞くジャーナリストはいませんでした。誰も尋ねようとすらしなかったのです。政治家とメディア、「公」と「私」の関係がこの時をきっかけに完全に変わりました。この時代は24時間ニュースチャンネルやCNNが誕生し、物事がちょうど変化していた時期だったのです」

事実、それ以降の大統領や候補者などは私生活やスキャンダルが事細かに報道されるようになります。

クリントン元大統領は1998年、ホワイトハウスの研修生だった女性との不倫疑惑が明るみに出て大統領が弾劾裁判にかけられる一大スキャンダルに発展しました。

2008年に民主党の大統領選挙の予備選を戦っていたエドワーズ候補も不倫や隠し子の疑惑が指摘され、選挙戦からの撤退の一因になったとも言われています。

さらに大統領選挙ではありませんが、2012年にはCIA=中央情報局のペトレアス長官も不倫を理由に辞任に追い込まれるなど、政治家などのスキャンダル報道は枚挙にいとまがありません。

トランプとスキャンダルとメディア

スキャンダルで多くの政治家が失脚するようになった一方、トランプ大統領はその真逆をいっているようにも見えます。普通の政治家であれば有権者の信頼を失っているはずの売春疑惑や女性蔑視とも取れる発言などが取り沙汰されても、ものともしないからです。

トランプ大統領とスキャンダルの関係をどう見ているのか。
こう尋ねるとジャックマンさんは、オーストラリア人で投票権がない自分の意見は求められていないと思うと断ったうえで、こう答えました。

「多くの人が長年にわたって既存の政治システムに不満を抱えていたのだと思います。トランプ大統領に投票した多くの人は、大統領のすべてを肯定しているわけではないのでしょう。どちらの候補がよりましか、という基準で選んだのかもしれません。それだけ政治に対する本質的なうっぷんがたまっていたのではないでしょうか」

メディアはやじ馬?

自身もハリウッドのセレブとして、メディアに私生活を追われることもあるジャックマンさん。メディアはスキャンダルやゴシップなどを騒ぎすぎと感じるのでしょうか。

「それはニワトリと卵の関係でよくわかりません。メディアがゴシップを報じたいのか、それを欲する市民がいるから報じるのか。答えは簡単ではありません。ただ、人々が見たいものだけを見せるのが、メディアの存在意義ではないと思います。どういった記事ならアクセスしてもらえるのかを、メディアはわかっているでしょう。ただ、センセーショナルで人々が飛びつく記事 でなくても、時間がたってからその価値を理解してもらえるニュースもあります」

プライベートが人となりを示す

その一方で、私生活やスキャンダルは、その政治家の誠実さや正直さを図る指標にもなりうると考える人もいるかもしれません。これについてジャックマンさんは、次のように答えました。

「そのとおりだと思います。大事なのは私にとって大切なことと、他の人にとって大切なことは違うということです。もちろん私にとってもどういった人物なのかは重要です。政治家を選挙で選ぶ際に、教育改革が公約に掲げられていれば、公約通りに実行できる人物なのかを見極める必要があるからです。どういった人物なのかを見極める指標は人それぞれです。ただ、首相の下着がトランクスかブリーフなのかやどんな犬を飼っているかは私にとっては重要ではありません」

どこまで求める、私生活?

いずれにせよ、政治家の不倫やスキャンダルなど私生活までも含めて報じられることが当たり前のようになった今、どういった情報を選ぶかは、私たち有権者によるところが、かつてなく大きくなっているとジャックマンさんは指摘します。

「もしあなたが明日、心臓の手術を受けるとして、執刀医に結婚生活のことを尋ねますか? おそらく聞かないでしょう。ただ、政治家の結婚生活が大事だと思う人もいるし、私生活をどのように過ごしているかで、政治家の人となりを判断する人もいるかもしれません。ただ、多くの人にとってはそうではないのではないでしょうか。政治家の私生活は時に興味深いが、それが必ずしも重要なこととは限らないとハート氏自身も言っています。いずれにしても、どのような情報を選び取るかは私たち市民の責任にかかる時代になりました。そして情報の選択は年々難しくなっているように思います」

キャスター
山澤 里奈
BS報道番組
「キャッチ!世界のトップニュース」
国際部記者
辻 浩平
鳥取局、エルサレム特派員、
政治部をへて国際部