飛ぶ官邸 その内部は

白いボディに赤と金色のライン、そして日の丸がデザインされた政府専用機。
アメリカの大統領専用機「エアフォースワン」になぞらえて、空飛ぶ総理大臣官邸とも呼ばれ、26年にわたり日本の外交を支えてきた。この春、初代の機体が退役するのを前に、ふだんはうかがい知れないその内部を取材した。
(政治部・官邸クラブ 内田幸作)

初代はまもなく退役に

政府専用機の歴史は実はそれほど古くない。運航を開始したのは平成5年。それ以前は、天皇陛下、そして総理大臣も民間機を利用して外国に赴いていた。

機体はアメリカのボーイング社が開発した大型旅客機747-400型をベースにしている。全長70.7m、全幅64.9m、高さ19.06m。時速約900kmで飛行する、ジャンボジェットだ。

運航任務にあたるのは、航空自衛隊の特別航空輸送隊。20人ほどの乗組員は全員が航空自衛官だ。「専用」の格納庫が北海道の航空自衛隊千歳基地にあり、ここで整備も行われている。

政府専用機は、原則として2機同時に飛ぶことになっている。1号機に総理大臣らが搭乗し、2号機は予備機となる。運航中に故障などがあった際、すぐに乗り換えられるようにするためだ。ちなみにアメリカのエアフォースワンも同様に2機同時に運航されている。

平成28年には、安倍総理大臣がキューバから帰国する際、機体にトラブルが生じ、給油地のアメリカ・サンフランシスコで急きょ、予備機に乗り換えるということもあった。

政府専用機の導入は昭和62年に閣議で決定され、改装費を含めて、2機でおよそ360億円で購入された。その後、運用試験などを経て、平成5年2月に当時の渡辺副総理兼外務大臣のアメリカ訪問が最初の任務となった。

以降、これまでに訪れた国はちょうど100か国。寄港地は269か所にものぼる。飛行距離は1460万km。地球365周分にあたる。

去年4月以降では、安倍総理大臣の先月(1月)のロシア、スイス訪問を含めて14回の任務にあたった。しかし、導入から20年以上が経過し、整備の大部分を請け負ってきた日本航空が747型機をすべて退役させ、今後、整備に支障が出ることが予想されることなどから、3月にも退役し、後継機にその地位を譲ることが決まっている。

内部を公開!

機体の内部を紹介しよう。これが、1階席のおおまかな配置になる。

まずは最前部。総理大臣などの主寝室となる「貴賓室」がある。しかし、内部は公開されておらず、今回の取材でも中を垣間見ることはかなわなかった。

貴賓室の後部には総理大臣の秘書官らが控える「秘書官室」。

それに続いて、打ち合わせなどを行う「会議室」がある。

そして、地上とやりとりするための衛星電話などが備えられた「事務室」が連なる。

その後ろには、民間機のビジネスクラスの座席が備えられた「随行員室」が設置されている。

最後尾は、警備関係者や同行する記者が座るための一般客室だ。一般客室の座席は、民間機のエコノミークラスより少し広いが、フラットにはならない。

記者が座る座席の前方には、記者会見用の席も設けられている。総理大臣が飛行中に記者団の取材に応じることもあった。

2階の最前部は操縦席、その後ろには、機体の整備にあたる整備士や交代要員の座席があり、パイロットらが休憩するためのベッドも備えられている。

政府専用機で、客室乗務員として機内サービスを担うのは、研修を受けた航空自衛官だ。機内サービスと言えば食事。政府側から利用料はむろん請求されるが、同行する私たち記者団にとっては楽しみの1つだ。

民間機のビジネスクラスと同等の食事が行程に応じて提供される。メイン料理を肉にするか魚にするか選択できるようになっていることもある。食材は日本で搭載するものもあれば、現地で調達するものもあり、まちまちだそうだ。

搭乗者には航空自衛隊のロゴマークが入ったスリッパなど、アメニティーグッズも用意されている。

音楽や映画も楽しめるようになっているが、映画は前方の大画面に映し出されるため、途中でトイレに行ったりすれば、筋が分からなくなってしまう。

サービス提供を担当する空中輸送員の伊藤敬一郎3等空曹。政府専用機には30回以上も乗っているという岩田明子記者に、こんなものもあります。と持ってきたのは…

なんと、栄養ドリンク。どうして置いているのかというと、ハードワークになる総理大臣の警護官たちに大人気なのだとか。
「基本的には温かいものをお出しするので、皆さまに早くお届けするように心がけている」と話す伊藤さん。「最初の頃は、時差に体を慣らすのが一番大変だった」のだとか。

ここで決まったことも

政府専用機で総理大臣の外国訪問に同行した経験のある政府関係者によると、飛行中も現地での首脳会談に備えて打ち合わせが続けられる。しかし、飛行中は騒音で声が聞こえにくいため、必然的に大声で話さざるを得ないという。それでも出席者全員が聞き取るのはなかなか難しいそうだ。

この関係者は「実質的に総理大臣と1対1でやりとりしているような感じになるので、真剣勝負で気が抜けない」と話していた。

また機内で、総理大臣と閣僚が協議をすることもある。平成26年11月には、訪問先のオーストラリアからの帰国の途上、安倍総理大臣と麻生副総理兼財務大臣が、消費税率の10%への引き上げをめぐって協議。

引き上げを先送りすることを確認するなど、重要な意思決定の場ともなってきた。

こんなことにも使われた

政府専用機に外国の首脳らが乗ったこともある。平成14年、カナダでG8サミットが開催された際には、ドイツのシュレーダー首相が急きょ、小泉総理大臣と一緒に日本へ向かうことになり、政府専用機に同乗した。

サッカーの日韓ワールドカップの決勝戦ドイツ対ブラジル戦を観戦するためだった。機内では食事をともにしながら2時間懇談し、「ヒッチハイク外交」とも呼ばれ、話題を呼んだ。

平成14年、北朝鮮で行われた歴史的な日朝首脳会談、そしてそれに続く平成16年の小泉総理大臣の2度目の北朝鮮訪問の際にも、政府専用機が使われた。

平成14年の訪問の際、予備機の副操縦士を務めたのが、髙野彰彦2等空佐だ。

政府専用機のパイロットを13年にわたって務めているが、その時が一番印象的だったという。
「小泉総理大臣が初めて北朝鮮に行かれる時で、急な運航でもあり、なかなか行くようなところではないので、それは記憶として残っている」

2回目の北朝鮮訪問が行われた平成16年には、拉致被害者の家族が予備機に搭乗して帰国した。

このように、政府専用機には、必ずしも総理大臣や各国の首脳、国賓だけが乗るわけではない。
平成23年には、ニュージーランドの地震で被災した人たちの救援にあたる国際緊急援助隊が乗り、現地に向かった。

また、平成25年に、アルジェリアの天然ガス施設で日本人10人を含む多数の外国人が犠牲となった人質事件が発生した際には、被害にあった日本人の輸送にあたった。

自衛隊法84条「在外邦人の緊急輸送」に基づく、初めての派遣だった。

去年8月には、長崎での平和祈念式典に向かうため、国連のグテーレス事務総長が搭乗した。

国連の事務総長が平和祈念式典に出席するのは初めてで、長崎に向かう機内では、安倍総理大臣と国連改革などについて話をしたという。

新しい政府専用機は

新年度から運用される新しい専用機はこれまでと同様に2機。去年すでに受領されていて、運用開始に向けて訓練が続いている。

後継機はボーイングの777-300ER。

直線だった赤と金のラインが曲線になったが、尾翼の日の丸はこれまでと同じデザインが踏襲された。

機体は改装費含めて、2機でおよそ740億円。全長73.9m、全幅64.8m、高さが18.5mと機体のサイズは初代とほぼ同じだ。時速約900kmで飛行し、最大航続距離がおよそ1万4000kmと初代よりも1000kmほど延び、燃費は向上しているという。

先日、機内の一部が公開された。各省庁の職員が使用する随行員室は、民間機のビジネスクラスと同等の仕様になっている。

会議室は座席が増え、機能的になった。

機体後方の報道関係者などが利用する客室は、茶色から全体的に青い色調に変わっていた。

民間機と同様に各座席にモニターがついていて、個別に映画や音楽を楽しめるほか、無線通信「Wi-Fi」も導入され、機内でもメールの送受信が可能となる。

仕事がしやすくなるが、記者の間からは「機内で眠ることができなくなる」などと懸念する声も出ている。

後継機は4月から

いまの専用機が総理大臣の外国訪問で使われるのは、先月のロシア・スイス訪問が最後となるものと見られ、4月からは後継機の運用が始まる。

ことし春には皇位継承が行われ、平成は終わり新しい時代が幕を開ける。それと時をあわせたかのように退役する初代専用機。2機のうち1機の貴賓室の調度品は、航空自衛隊浜松広報館「エアーパーク」に展示され、機体は民間企業などに売却するため、入札が行われる予定だ。

政治部記者
内田 幸作
平成14年入局。北九州局を経て政治部へ。現在、官邸担当。