あなたの金、彼らが決める

「税」、それは国家の根幹を支えるもの。
そしてわずか数%の動きでも、政局を揺るがすもの。
そのカギを握る組織、それが「自民党税制調査会」略して「税調」だ。そして3年にわたって会長を務めるのが、この男。
宮沢洋一、68歳。
絶大な権限を持つ「税調」の、最終的な決定権者である。
今回、消費税率引き上げなど課題山積の来年度に向けて、その存念を聞くとともに、一般にはあまり知られていない「税調」の姿を担当記者の視点からお伝えしたい。
(税調担当 政治部・川田浩気/経済部・影圭太)
※税制改正大綱の正式決定を受けて、内容を更新しました。

総理も口出しできぬ「聖域」

「安倍一強」と言われる昨今。
政府・与党の政策決定では「官邸主導」が強まり、「政高党低」と指摘される。

しかし例外がある。それが自民税調だ。総理大臣も口出しできない「聖域」とも言われてきたその組織は、今なお大きな権限を持つ。

「消費税率引き上げに伴う軽減税率の導入」
「年収850万円超のサラリーマンは原則増税となる所得税控除の見直し」
「第3のビール、チューハイ、たばこの増税」
これらはみな、自民税調が決めたことだ。

税に精通した議員が、複雑に絡み合った業界の利害調整を一手に担う。毎年11月下旬から12月10日前後までの約3週間、連日議論を行い、来年度の「税制改正大綱」を取りまとめる。

「政府税調?無視だ」

実はもう1つ「税調」は存在する。有識者がメンバーとなる「政府の税制調査会」だ。両者はどのような関係にあるのか。

かつて自民税調のドンと呼ばれたのが、山中貞則氏だ。

政府税調と方針が対立し、記者から「政府税調を軽視しているのではないか」と聞かれた際、「軽視ではない。無視しておる」と発言した。永田町では今も語り継がれる話だ。

自民税調の幹部は「政府税調は有識者がいろんな案をああだこうだと検討するが、好き勝手は言えど、実際に税をいじるのは我々だ」と胸を張る。

最高意思決定機関「インナー」

自民税調には、通称「インナー」と呼ばれるメンバーが9人いる。インナーは実質的な最高意思決定機関で、自民党の派閥の領袖クラスなどが務めている。特に力を持っているのは4人だ。

税調の会長である、宮沢洋一 元経済産業大臣。

税調の最高顧問、野田毅 元建設大臣。

税調小委員長、額賀福志郎 元財務大臣。

そして小委員長代理の、林芳正 前文部科学大臣。

この4人が「コアインナー」と呼ばれている。
われわれ記者は、多くの自民党議員が参加する税調の議論の中でも、非公式に行われるインナーやコアインナーの会合を必死に追いかける。

「電話帳」と呼ばれるリスト

税調ではまず、関係団体や各省庁からの税制改正の要望をリストアップし、「税制改正要望一覧表」をまとめる。あまりにも分厚いため、「電話帳」とも呼ばれている。

審議は、一覧表のリスト1つ1つに「○」や「×」などをつけて行われる。

「○」は「受け入れる」
「△」は「検討し、後日報告する」
「○政」は「政策的問題として検討する」
「二重△」は「長期検討とする」
「×」は「お断りする」

しかし、審議の序盤に出てくる紙には「○」は書き込まれず、「△」や「×」しか出てこない。2年前に初めて取材した際、税調幹部に「なぜ○が1つもないのか?」と質問をぶつけたことがある。

返ってきた答えは「最初から○があるわけないだろ。どんなに筋が良くても最初は△止まりなんだ。みんなでじっくり議論して、それで良しとなったら△から○に切り替える」だった。

この幹部はさらに「インナーの理解が得られないものは、どんなに頑張っても×か二重△だ」と話していた。インナーの権限の大きさが分かる。

「△」や「○政」「二重△」が、最終的に「○」になるのかどうかが焦点で、12月上旬の税調の議論には、議員だけでなく、多くの団体が要望のために押し寄せる。

「決定権」を握る男

現在の税調のトップを務める宮沢会長。

故・宮沢喜一元総理大臣のおいで、旧大蔵省の企画官などを務めた。2000年の衆議院選挙で初当選し、衆議院議員を3期務めた後、参議院議員となった。先に述べたように経済産業大臣も経験し、政界きっての財政・経済のプロだ。

税調では幹部を歴任し、3年前の2015年10月に会長に就任。トップの立場で税制改正大綱をとりまとめるのは今回で4回目になる。

宮沢氏は、自民党税調の役割や意義について次のように話す。
「政府が組む予算に比べ、税は国民の経済活動に与える影響が大きい。われわれが決定してからすぐに影響が出てくる。特に今のように、日本の財政が豊かでない時は税が政治的には大事になってくる。減税ばかり決めるのは楽な話だが、こういうご時世で、財政の健全化に向けて増税も必要だ」

「政府に比べて国民の意見をくみ取りやすい国会議員がいろいろなことを学び、さまざまな情報が入る中で、意見を言って議論し、丁寧なプロセスを経ながら、しかし最終的にはしっかり決めなきゃいけない」

消費税対策「業界のおっしゃる通りには…」

今回の税制改正で、焦点となったのが「消費税対策」だ。

その一つとして、住宅市場が冷え込むのを防ぐため「住宅ローン減税」が受けられる期間を延長することが検討された。現在、減税が受けられる期間は10年。住宅業界などは、さらに5年延長するよう求め、延長幅が焦点となった。

ただ、宮沢氏、「住宅業界のおっしゃる通りにします、というわけには、なかなかいかない」という。

「1年延長するだけで数百億円減収になるという話ですから。相当これから慎重に検討しないといけない」

そして、検討の結果、消費税率が引き上げられる来年10月以降に購入した場合、「住宅ローン減税」を受けられる期間を3年延長し、その間は最大で建物価格の2%分を減税して、増税分の負担を実質的に無くすことを決めた。

自動車税「減税できるかどうかは…」

もう1つの大きな焦点が「自動車税」だった。
自動車税は車を持つ人が毎年払う地方税で、自家用乗用車の税額は、最低でも年間2万9500円に上る。

自動車業界や経済産業省は、これを一律1万800円の軽自動車税並みの水準にまで引き下げるよう要望。

一方、所管する総務省は、大幅減税を行えば、地方自治体の財政に大きな穴が空くとして、代わりの財源がないままでの減税には否定的だった。

自動車業界や経済産業省、総務省、そして、ユーザーの国民。その間で「自動車税」をどう裁くのか。

「自動車業界を中心に、自動車税が世界に比べると高いという意見があって、これをなんとか引き下げられないかというものだが、ことしも当然、議論をする。一方で地方の税収減となり、地方から大変大きな反対がある。財源がどう見つかってくるかということが、一番これからのポイントだ」

「自動車を持つとかかる税は大きく分けて3つあるが、自動車の取得時、保有時、そして保有にかかる燃料に対する課税、これを全体で見ると、日本はそんなに高い国ではなく、一般的な国だろうと思う」

「財源をどう見つけるのかがポイントで、自動車業界や経済産業省は減税だけ考えて要望してくるが、国の財政全般を預かっている身としては、それだけという訳にはいかず、いろいろ考えないといけない。関係者にも、いろんな良い知恵を出してもらわないといけない」

その結果、消費税率が引き上げられる来年10月以降に購入した人を対象に、最大で年4500円を恒久的に減税する方針を決めた。宮沢氏がポイントと話していた財源については、「エコカー減税」の対象を絞り込むことなどで、1300億円程度を捻出することにしたのだ。

「3000億円で済むのか」

宮沢氏が当初から強い意気込みを見せていたのが、「大都市圏と地方の税収格差の是正」だ。

企業が自治体に納める地方法人税は、東京都と、人口1人あたりの税収が最も少ない奈良県との間で、およそ6倍の格差がある。多くの地方は「税の構造に問題がある」として、格差解消を求めていた。

一方、東京都の小池知事は「パイの切り分けではなく、どうやって増やすのかを考えるべきだ」と反対している。

宮沢氏は、税収の格差をどう是正するか考えるのは「国の責務」と語った。

「政治的にはいろいろ意見がぶつかって分かれていて、議論する項目としては最後まで残るのかなあという気がする。ビジネスのやり方、社会構造の変化、経済構造の変化で、思っていたより、税源が偏在化してきているのを、どう是正していくか」

「規模感はまだ出ていない。東京都は『3000億の減収になれば多すぎる』と言っているようだが、正直言ってその程度で済むのかなあという気はしている」

東京一極集中を、税制面からも打破したい。3000億円以上の減収になる可能性もあると指摘していた宮沢氏。結果、東京都の税収から、新たにおよそ4200億円を地方に再配分することを決めた。

「インナー」たちの判断は

強い権限を持つ「自民税調」。ただ、「聞かぬ存ぜぬ」の山中会長の時代と比べると、いまは「決めるところは決め、官邸ともうまく調整」というようにも見える。

ことしも、「消費税対策を行う」という大きな方針では総理大臣官邸と歩調を合わせながら、インナーたちで次々と取りまとめていくという「宮沢流」を垣間見た。

税制改正大綱の取りまとめを終えた宮沢氏に、気が早いが、再来年度の見通しを聞いた。

「老後の備えに関する税制や、どこまで結論が出るかは別の話だが、相続税・贈与税についての議論をする。どこかで金融所得課税についても議論しなければいけない。さらには、再来年度になるかはわからないが、給与所得控除から基礎控除へという流れの議論をどこかで始めなければいけない」

次の「税」取材はすでに始まっている。

政治部記者
川田 浩気
平成18年入局。沖縄局、国際部を経て政治部。岸田派担当は、夏に富士吉田市で開かれる研修会の取材が恒例。
経済部記者
影 圭太
平成17年入局。山形局、仙台局を経て経済部。現在、財務省で税制を担当する主税局を取材。最も気になる税は「酒税」